第零章 第二幕 スイゲツ(五)
永遠は少し考えた後、「今は知らない」と簡潔に告げた。「今は」という言葉の意味はなんだろう。いづれ知るということか、それともまた別の含みがあるのか。
「私にわかるのは、貴方達がこの学園の生徒でも、怪異でもないということだけ」
「じゃあ、私達は何者なの」
「知らないわよ。今言ったこと以上は知らないし、分からないわ」
永遠と令織さんの会話は、一旦頭の片隅に置いておこう。頭がパンクしてしまう。
私がやっぱり気になるのは、突然現れた正体不明の二人組……雨絃君と令織さん。本人が自身のことを分からないなら、これ以上は詮索しても何も情報は出てこない。だから聞くだけ無駄だろうけど。
永遠も同じことを思ったのか、とりあえず交番にでも預ければいいという結論になった。私の帰り道にちょうど交番前を通るので、そこまで連れて行くということで話が落ち着く。私達は調理実習室に寄り、私の忘れ物を取って、職員室に鍵を戻し、昇降口へと向かった。昇降口からグラウンドに出れば、満月は雲に隠されてしまっていた。綺麗だったのに、と少しのショックを受けながらも前へと歩く。
「それじゃあ、交番まで頼んだわよ。叶向」
『うん。まかせて』
校門から一歩外に出た私は、ふと後ろを振り返る。雨絃君や令織さんが校門を抜けようとした時、その境界線上に青い閃光が走り、火花が散る。「痛っ」という声と共に、二人は腕を引っ込めた。慌てて二人に駆け寄ると、校門を通り抜けた時に閃光は走らず火花も散らない。もちろん、痛みも何もなかった。
『大丈夫!?』
二人は、未だパチパチと言っている自分の手元を見て呆然としている。私だってそう。どうして人が校門を通る時に、閃光が走り火花を散らすのか。今までこんな事は一度も起きたことは無い。ここは他の生徒や先生も使う門だ。だから、私だけが特殊だということは絶対にない。だとしたら、特殊なのはこの二人の方。
「貴方達、この学校から出られないのね」
永遠が静かに告げる。二人は理解が出来ずに、私同様、目を白黒させている。二人が特殊だったとしても、学校から出られないのはどういう事なのか。
「いろは学園の怪異は、この学校から出られない。それは、この学園に縛られているから。言い換えれば、この学園の怪異として存在しているから。だけど、貴方達は違う。……どうしてでしょうね」
「いろは学園の怪異は、この学校に縛られているから……学園の怪異だから出られない。でも、貴方達は違う。貴方達はここから出られるはずなのに、どうしてでしょうね」
「それはこっちが聞きたい事だよ」
雨絃君が永遠を睨みつける。永遠は「私のせいじゃないもの。睨まれても無理よ」と、その視線を軽くあしらった。そして、二人が痛みで引っ込めた方の腕を掴み、再び何かを考え始める永遠。痛みチェックを入れつつ、二人の何かを調べているようにも見える。
数分が経っただろうか。永遠は二人の手を放すと、今度は自分で学校と外の境界に触れる。すると、雨絃君と令織さん同様、閃光が走り火花を散らした。学園の怪異と同じ扱いを受けた二人。でも、彼らからは怪異の気配はしないから、人間のはず。
原因が分からずに悶々としていると、永遠は何かを決心したように雨絃君と令織さんに向き合った。
「雨絃、令織。貴方達二人には、いろいろと聞く必要がありそうね。貴方達の今後の立ち振る舞いも含めて」
雨絃と令織が返事をする前に、永遠は言い切り、今度は私に向き直る。
「今日はもう遅いから、続きはまた明日以降にしましょう。二人は私についてきなさい。叶向、気を付けて帰るのよ」
『え、あ、うん。またね……?』
永遠は言うだけ言って、二人の腕を掴み、校舎の中へと戻っていく。中途半端な挨拶だけして、街頭だけの暗い帰路にぽつんと立った。突然現れた雨絃君と令織さん。彼らは学園の生徒でも怪異でもなく、学園から出られない存在らしい。永遠の言葉が頭を巡り、意味を考えようとするたびに胸がざわつく。
たった二人。されど二人。彼らとの出会いは、世界の歯車の修復か狂いか。この夜の出来事が、いろは学園や私の周りの人達までもを大きく変えてしまうことになるとは、この時の私は気づいていなかった。