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一口目 ましろ—③

 たまに私達に隠れて、キスをするお母さんとお父さんを見つけては、妹と二人取り憑かれたように魅入っていた。


 他のどんなドキドキするシーンよりキスや、口づけが私の心の奥を動かしてた。


 今にして思えば、多分、雪女の習性のようなものに近いのかな。


 命を受け渡す行為、自分の身体に誰かの愛を文字通り受け取る行為。


 実際したらどんな気分になるんだろうって、幼心に想像はたくさんしたものだけど。


 今にして思えば、どの想像も全部稚拙に想えてくる。



 熱い。



 溶ける。



 なのに溢れるほどに気持ちがいい。



 快楽と高揚をそのままトロトロな蜜にして喉から流し込まれているような。



 触れる唇の先から足のつま先まで、全部溢れた愛で埋め尽くされているような。



 ―――なに、これ。



 頭の中で散乱した光が明滅する。



 快感で脳がそのまま破裂しそう。



 立っていられないから、腰は抱きかかえられて、頭も綺麗に逃げられないように抑えられてる。



 お、おかしくなる。私の頭、身体、全部こんなの―――。



 このかちゃんの唇の隙間から唾液が零れて、私の口に入ってくる。それすら熱くて甘くて、まるで蕩ける蜜のよう。


 

 身体が明らかに感じたことない悦びで震えてる、独りでシてる時だって、こんな気持ちよさ感じたこともない。



 いつかの妹の言葉が、頭の中で反響する。



 『キスの味? うーん、死ぬほど気持ちいいけど?』



 『食欲ってさ、当たり前だけど、すんごい快楽じゃん。脳に直接響いて、大概の人間は食べることを止められない。でもそれって別に当たり前のことで、だって食べないと生きていけない。だから、自分からたくさん食べる様に、たくさん食べたら気持ちよくなるように、人間の身体って出来てるわけじゃん? 性欲とか、睡眠欲もベクトル違うけど同じような理由で気持ちいいように身体が出来てる』




 『でさ、雪女にとってキス……っていうか、命の受け渡しって、生死に直接かかわる行為じゃん? しかも愛する人限定。そりゃとんでもなく気持ちいいよね。性欲の気持ちよさと、食欲の気持ちよさを混ぜ合わせたみたいなもんだから。多分、私たちがキスするときって普通の人にとってのそういう行為の倍は気持ちいいんじゃないかなあ』




 『姉さんは拗らせてるから、むしろドはまりするかもよ? 吸い過ぎないように気を付けてねー』



 ああ、確かにこれは――――。



 おかしくなりそう。



 



 「         」





 時間にすればきっとほんの一瞬で。


 それでも私にとっては多分人生で一番長い数秒間だった。


 ていうか、私、寝てる時に初めてしたから、起きてる時これが初めてで。


 ああ、きっと今、人に見せられないような顔してる……。


 このかちゃんは、どこかいたずらっぽい表情で私を見てから、にっと小さく笑みを浮かべた。


 「とりあえず逃げましょっか?」


 そう言って、私の身体をそっと抱き寄せて、さっきみたいなお姫様抱っこに持ち替えると、そそくさと歩き出してその場を離れだしていた。


 …………逃げる? 何から?


 ぼやけてふやけた頭で、そんなことを考えて、ふと周りをみてからようやく想い出す。


 今は、ストリートピアノの演奏をしたその直後、子どもからお花の折り紙を受け取ったばかりなわけで。


 周りには演奏を見ていた沢山の人がいて。


 あ………………そっか。


 その、真ん中で、私たちは堂々とキスをしていたんだ。


 あの折り紙をくれた子にも当然だけど見られれてて。


 周囲の視線が恥ずかしくて見れなくて、このかちゃんの胸に顔をうずめることしか出来なかった。



 「つ…………」


 「…………ましろさん?」


 「次からは……人の見てないところでお願いします……」


 「ふふ、はーい」



 こんなのが続いたら、気持ちも身体もちそうにないよ……。


 

 「で、お疲れの分の充電はできましたか?」


 「…………お陰様で」



 そう返すとこのかちゃんは、にっこりと楽しそうに笑ってた。


 私の身体は、緊張と興奮で震えてて、今はうまく立てないけれど、身体には確かに熱く血が巡ってて。……うん、人生で二番目くらいには元気そう。


 ぐるぐるとお腹の奥で、今日のご飯のパスタたちが消化される音を聴きながら、ショッピングモールのなかをこのかちゃんに抱えられて小走りで駆けていく。


 いやはや、とんでもない、人生初デートだったよこれ。


 「…………今日、楽しかったですか? ましろさん」


 「…………お陰様で、楽しかったよ。うん、ドキドキしっぱなしだったけど」


 ほんとにもういろんな意味でずっとドキドキしてたけれど。


 まあ、悪くなかったかな、なんて想ってしまうのは、きっと身体が妙に熱いせいだと思う。


 はあ、ほんとにもう。


 「じゃあ、あと三回、よろしくお願いしますね?」


 「そっか、あと三回もあるのか……」


 ほんとに持つかな、私の身体。

 

 …………ただ、そうやって浮かれてるばかりでもやっぱりいけない。


 どれだけドキドキして、どれだけ快感を感じても、これは結局、このかちゃんの命を奪う行為に他ならない。


 彼女の身体への影響も真剣に考えないといけないし。


 …………あの人に頼るのは正直嫌だけど、背に腹は代えられないかな。


 一つ息を吐いて、君の頬をそっと撫でた。


 ね、このかちゃん、なんでそこまでしてくれるの?


 あなたの命はさっきみたいに、キスするだけで、少しずつ削れていくのに。


 なんで―――。


 なんて問いを、私はうまく紡げなくって。


 ただ震える身体を抱えながら、君に抱きかかえられていることしか出来なかった。


 ああ、本当は君の命なんて吸っていなければいいのに。


 ―――なんてありもしないことを考えながら。

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