三口目 ましろ—③
「まあ、がっつりお邪魔しちゃったみたいだし、私ら帰るわ」
「え、えへへ。パフェとっても美味しかったです……。あ、お、お金どうすれば。私、急いできたから持ってきてないかも……」
「……会計払っとくから気にしないで。ほんとはもっと、そっちのパートナーさんと喋りたかったけど、今はそれどころじゃないだろうしね」
「わ……わたしのせいですかね。わたしのせいですね……。ふ、ふふふ、自己嫌悪で死にそうです……」
「ま、それはそうと。姉さんがどんな決断するにせよ、もっとちゃんと話し合った方がいいんじゃないとは想うけどね。まだ色々と大事なこと言ってないんでしょ?」
「あ、そ、そうだ。えと、パートナーさん、れ、連絡先交換しませんか……。ぱ、パートナートークとかしてみたくって…………」
「ぬくみ、ほら、さっさといくよ。じゃあね、ばいばい」
「あはは……では、ほんとに失礼いたしました……」
※
というわけで、嵐のように二人が過ぎ去ったあとに、私とこのかちゃんは取り残された。
いや、通り過ぎないで欲しかった。あそこまで荒らしたんなら、最後まで一緒に居て欲しかった。いやでもデートの場に居られるのもいやだけど、なんかもうそれどころの話じゃないのも確かだった。
…………恥ずかしくてとてもじゃないけど顔があげれません。
誰に言われずとも顔が真っ赤になっているのがわかります。この瞬間だけは、このかちゃんによって身体に熱が満ちているのが恨めしく思うほどには。
ど、ど、どんな顔してこの後過ごせばいいんですか。
冗談っぽく流す? 素知らぬ顔で会話を続ける?
いっそ開き直って素直になってみる?
いやいやさすがにそれは無理があるでしょ。
じゃあ……えっと、何をどうすれば、私はこの場を乗り切れるのでしょう。
眼を少しだけあげて、ちらっとこのかちゃんの顔を見ました。
このかちゃんはゆっくりと去っていくまふゆたちを見送っていて、それを見終えてこっちに視線が戻ってきたので、慌てて視線を下に逸らします。
ど、ど、どうすればいいんでしょう。
いやよいやよも好きの内、なんていうのは、既に廃れた概念で。今のご時世、いやよって言ったら普通に嫌なのです。嫌よっていいながら、実は内心では……なんて想ってる奴の方がどうかしてるのです。
つ、つまり、私はもうとっくにどうかしてるのです。口では色々言っても身体の方は素直じゃのう、なんて今更時代劇でもなかなか聞かないのです。まあ、実際、私は身体の方が素直なんですが。ていうかよくよく考えたら、いやいやいいつつ、キスを拒んだことないな、私。なんだ、痴女か? そうか痴女か。
「じゃあ、死にます」
色々あって、ほとんど手を付けてなかったパンケーキ用のナイフをすっと自分に向ける。雪女としての寿命で死ぬとばかり想い込んでいたけど、まさか死因が切腹とは。介錯は必要ありません、このかちゃんの手を汚したくないのです。
「え? ちょっとまっ! ストップ!! ストップです!! ましろさん!!!」
このかちゃんが慌てて身を乗り出して止めに来るけど、だめです止めないでください。ましろは恥をかきすぎてもう生きていけません。
「やだ―――!! 死なせて―――!! もういっそ死なせて―!!」
結局、おかわりの紅茶を運んでくる店員さんに白い眼で見られるまでおおよそ十分、半泣きのアラサー女が切腹するのをとめる女子大生というわけわからん構図が展開されておりました。
まあ、うん、さすがにあれ以上騒ぎすぎると、お店の迷惑になるのでやめますが……。
「…………はは、落ち着きました? ましろさん?」
「…………うん、落ち着けば落ち着くほどに、死にたさが増してくるよう」
あまりに騒ぎ過ぎたから、身体から変な汗まで流れてる。今、私の頬はどうなってるんだ、耳から首まで全部が熱い。
「それで—――」
このかちゃんは、ちょっと困ったように笑みを浮かべる。
「お話聞いても大丈夫です?」
…………本当は何も大丈夫ではないのですが。
これ以上、みっともなく喚いても仕方がないので断腸の想いで頷いた。
「いかようにも処分をお下しください……」
「なんで、ましろさんは恥ずかしくなると武士になるんですかねえ……」
それから、このかちゃんはこほんと軽く咳払い。その咳払いだけで、私の胃がきゅうっと締め付けられるぞ。
「それで、なんとなくは知ってたんですけど……さっきのって……本当なんですか? その……雪女にとって、キスさせるのって……その『特別』だってことは……」
………顔が真っ赤になってちょっと涙ぐむのを必死に堪えて、私はゆっくりうなずいた。
「本当です……。普通……しません。というか、好きでもない相手とやると、普通にその人から命を奪いすぎて、低体温症とかになるので、とても危ないです」
なんかちょっとカタコト調になるのを自覚しながら、ただ粛々と、質問に答えることだけに集中する。
「なる……ほど。じゃあ、私だいぶ無茶なお願いしてたってことですね……」
「う……うむ」
このかちゃんもどうしてか少し困ったように、というか若干照れたような笑みを浮かべてた。
「その……じゃあ、えっちと同等っていうのも……」
「え、えっちでの吸収と、キスでの吸収がほぼおんなじだから、い、意味合い的にはそうなる……かな。どっちが気持ちいいとかは……私したことないから……そのわかんなくて」
「あー…………」
い、言ってて、恥ずかしさが余計に増してくる。だって処女宣言してるだけだよこれ。
「で、でも、その……このかちゃんとのキスはその気持ちよかった……です。すごく……」
「そか、……よかったです。無理矢理してるみたいじゃなくって。いくら約束っていってもやっぱりましろさんが嫌がってるじゃないかって、ちょっと不安だったんで」
そう言ってこのかちゃんは、へらっとどことなく自信なさげに笑っていた。う、うう、無理矢理、いやたしかに無理矢理ではあるんだけど、えーとその。
「そ、それは心配してないかな。ゆ、雪女の体温上昇って、そのパートナーに貰ってる愛の量で決まるんだよね……。だからいっぱい愛してもらってるほど、体温一杯上がって、36度ってもう限界値くらいの愛なんだよね…………」
いつか、たかはな先生に教えてもらった話を想い出しながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
このかちゃんは、へーって言いながらも、ちょっと顔が赤くなってきてる。て、ていうか、さっきから二人して真っ赤になって、な、何言い合ってるんだろ私達。うぐぐ、自覚しても顔の熱さは全然引かない。
「それで、あの、雪女側がどれくらい……その……す、好きかで、パートナー側の体温低下が決まるの。だから知らない人とか嫌いな人にキスされたら、奪いすぎて大変なことになるんだけど……」
「あー…………え?」
口にしてて、自分で恥ずかしい。でも、もう逃げることはできなさそうで。
「こ、このかちゃん、キスして体温どれくらい下がった?」
「ほぼ……下がってないです。下がってて0.2~0.3度くらい……かな」
「えと、だから、それも……その……ほぼ限界値で。普通はパートナー相手でも、1度とか平気で下がるので」
「じゃあ…………」
「えと…………」
「つまり…………」
顔が熱い。
息が荒れる。
眼が上手く見れない。
でも、ああ、もう、結局バレてるんだし。
ど、どうせ、言わなきゃいけないことだし。
い、言っちゃえ、言っちゃえ私。
「そ、その、私、このかちゃんのこと、結構、その、だ……大好きなので…………」
「………………」
「い……今更何だけど、そのキスとか、全然いやでは……ないです。その……むしろ嬉しいです…………」
「……………………」
「あ……あと、このかちゃんの想いも……そのいっぱい伝わっているので。そのキスもとってもき、きもちがよくて…………。というか、普通、一回のキスで一週間も体温もたないので…………」
「…………………………」
「だ、だから。こ、このかちゃんの想いは、いっぱい伝わって……ます」
「………………………………」
み、耳が痛いほどの沈黙。
ざわざわとカフェ内の喧騒が響いてるはずなのに、なんでかさっぱり耳に入った気がしない。それよりもちょっと俯いて、じっと何かを考えてるこのかちゃんのしっとりとした視線に吸い込まれてしまう。
ど、ど、どうしよう。言っちゃった。
す、好きとか人にちゃんと言ったの初めてじゃない?
し、しかも相手が思ってくれてるなんて、前提で。い、いや雪女のキスの法則的には何も間違ってることは言ってないんだけれど。
そ、それでも、相手の想いを勝手に決めつけるのは如何な物って感じだし、っていうかこのかちゃんに想いの重さの話とかってもしかしたら地雷だったんじゃ。昔、そういうことで悩んで相談してくれたこともあったのに。
や、や、やっぱりやっちゃったかな。
ここがカフェじゃなかったら、ここがこのかちゃんの目の前じゃなかったら、そのまま悶えて転がって、頭を抱えそうなくらいに恥ずかしい。胸が痛くてはち切れそう。ぐるぐると苦しいはずなのに、身体は熱くて熱くて仕方がない。
て、ていうかこれ、ほとんど告白じゃないかなあ??!!
い、今更だけど、な、何やってんの私。
ど、どどど、どうしよう。こ、これでもし、勝手に気持ち決めないでとか言われたら、ほ、ほんとに死んじゃうかも。切腹なんかしなくても、そのまま心臓が張り裂けて死んじゃいそう。
息が漏れる。
表情が言うことを聞いてくれない。
心臓がばくばくと脈を打つ。
耳の奥まで血管が慌てふためいているのが聞こえてくる。
口が渇いて、喉の奥まで全部水分がなくなっちゃったみたい。
なのに、気を抜くと泣いちゃいそうで、もうどうしたいいのかわかんない。
目の前のこのかちゃんは、気付けばじっと何かを考えこむように少し俯いてる。え、え、やっぱりやっぱり迷惑だったかなあ。す、すぐ勘違いするやつだって想われたらどうしよう。体温上昇も何かの間違いで、このかちゃんの身体がちょっと特別だったとかのオチだったら、私。わたし――――。
そんな、息すら止まってしまいそうな時間のなか。
ゆっくりと、静かに、でも確かに。
このかちゃんは、ゆっくりと口を開いた。
「ましろさん―――」
「は、はい―――」
「―――とりあえず、一回、店、出ましょっか?」
「え、あえと」それって、どういう――――。
「とりあえず、二人きりになれそうなとこに行きましょう?」
そう言って腰を上げたこのかちゃんの顔は、どうしてかまだほんの少し紅いような気がして。
私は何も言えないまま、その言葉に頷くことしか出来なかった。




