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二口目 このか―③

 残りの人生の半分を懸ける想い?


 30年分の時間をましろさんに捧げるほどの愛?


 大層な話っすね、まあ、実際大層なことだからそう仰々しく聞くんでしょうけど。


 それにしても、想いに愛ときましたか。


 んなもん、



 「あるわけないじゃないっすか―――」



 私の言葉を医者は、目を細めて聞いていた。







 初めてのデートを終えて、独り家路に帰り着いてふと想ったんすよ。


 実際、私、なんでこんなことしようとしたんだっけって。


 いや、だって話をすんなり信じるのなら、現実的に、私の寿命はキス2回分減っちゃったわけなんでしょ。いうて大事な自分の人生っすよ、自殺願望も特にないし、他人にわけてあげれるほど寿命が有り余ってるかなんてわかんないし。


 一回で数日、仮に5日だとしたら、もうとっくに10日分。


 それだけの時間をましろさんにあげちゃってるってことでしょ。


 約束通りキスするなら1ヶ月弱、最低でもあの人に命をあげることになるじゃないっすか。


 そこまでする意味あるのかな。そこまでするほどの思い入れあるのかなって考えて。


 ま、ないんすよね、実際のところ。


 だって、私とましろさんはただの常連と店のバイトで。


 会うのだって、ましろさんが飲みにくる間だけ。いや、あの人結構飲みにくるから、頻度自体はそこそこかもですけど。


 でも、言うなればビジネスライクな関係っすわ、店員と客っていう関係性がなかったら、多分出会ってないし。仮に出会ってても喋りもしなかったんじゃないっすかね。


 だから、こんな深入りするのはどう考えたって、変なんすけど―――。


 …………。


 でも思うところがまったくないっていうのも、ちょっとだけ違うんです。


 まだ店に入ったばっかりの頃、半年前くらいかな、それくらいにたまたま開店前にましろさんと二人きりになる時間があって。


 その時、お悩み相談というか、ちょっと私の泣き言聞いてもらって。


 そんな大したことじゃないっすよ、よくある痴情のもつれっす。


 その時に、ましろさんピアノ弾いて、色々と話してくれて。


 それで、ちょっと―――、ちょっとだけ楽になったんです。


 別に大したことじゃないっす、どこにでもあるありふれた話です。


 命をかけるようなことなんて、間違ってもないです。でも―――。






 ※





 確かその日は、早めにバイト先に着いて、店を開ける準備をしてたら、店長が急に酒の仕入れに出かけてしまった。


 まだ入って二週間くらいしか経ってないバイトに留守まかせるなんて、非常識というか人が良すぎるっすねえなんて想いながら、私は掃除をしながら適当に時間を潰してた。


 都会の隅っこ、穴倉のような薄暗いバーの中で、たった独り。


 掃除機に頬杖を突きながら、少しだけ寂しい気持ちになる。


 そしたら、ほんの少し嫌な気持ちが顔を出して、気が滅入ったから首をぶんぶんと振り払う。


 今、想い出しても仕方がないって、そう自分に言い聞かせて。


 そうやっていると、入り口から入店を知らせるベルがカランカランと鳴った。


 あ、店長帰ってきたかなーって入り口を覗いたら、ちょっと意外な姿があった。


 さらっとした黒髪に、真っ白な肌……は今赤く染まってる。まだ開店前だって言うのに出来上がってる、私より少し上の女のお客さん。


 「へーい、てんちょー!! ましろもうできあがってますよー!!」


 自己申告もばっちりでなによりですわ。まだこの店に入って二週間だけど、そこそこの頻度で見る人だ。店長とか、他の常連さんにも名前が知られているみたいで、よく酔っぱらいながらピアノを弾いてる。店の奥にある小さなピアノの主のような人だ。


 ただ、残念ながら今は開店前。


 「えーと、ましろさん。まだ店長すらいませんよ」


 「あ、このかちゃーん、そうなの?! じゃあ、ねー、このまま! かいてんまでまつ! えへへー一番乗りだー!!」


 意外と私の名前を憶えていた常連さんはそう言って、ふらふらと指定席であるピアノの方まで行ってしまった。


 正直、ちょと対応に迷う。


 本当は開店まで店の外で待ってもらっといたほうがいいんだけど。じゃあ、この人を追い出すかって話になる。この酔っぱらいを、あと一時間弱、店の前で放置する。

 

 いやあ、ちょっと怖いでしょ。一応、若い女の人だし、繁華街は正直、何が起こってもおかしくない。


 しばらく熟考の末、無害ならまあいいかということになった。怒られるときは、潔く私が怒られよう。これを外に放り出して、悪い奴にホテルにでも連れ込まれたかもなんて考えるのも寝覚めが悪いし。


 一応、ピアノの横の専用の台に、お冷だけ置いておく。よっぱらい常連お姉さんは、すっかり出来上がった顔で、朗らかに笑ってお礼を言ってくれた。


 「うへへ~、このかちゃんは優しいねえ~」


 「どーも、優しい『だけ』には定評のある、このかちゃんっすよ」


 ついこの前、そうを言われたばかりだし。


 「え~? 『だけ』? なんで? もっといいとこいっぱいあるよ?」


 疲れで思わず漏れた愚痴に、常連さんは律儀に反応してくれる。ははっと乾いた笑いを浮かべながら、軽く首を横に振った。


 「冗談っす、やさしいやさしいこのかちゃんっすよ。まあ、でも、自分でやさしいっていうやつほど、当てになんないっすけどね」


 「わかる~、ほんとにやさしい人は、自分のことやさしいっていわないよねー」


 「そーなんすよねー、自覚してる時点で優しさの押し付けになってるって言うか。そうなるとやさしいって褒められるのって、どう返すのが正解なんっすかねー」


 「あー、やさしいって褒められることに、そうですよーって返すと、自覚してるから優しくなくて……そうじゃないよーって言うと、その返しが優しくなくて……うむ、うむむ?」


 適当に軽口を叩いていたら、お手本のようなお悩み顔を頂戴した。そうやって適当に言っている間に、下ごしらえで使った食器を洗って、乾燥機に入れていく。こうやって手を動かしてる間は、あまりものを考えなくていいから楽だ。


 「つまり、このかちゃんの返しは百点ってこと?!」


 「いや、多分違うんじゃないっすかね……」


 酔っぱらいとのコミュニケーションは、まあお互い適当だ。楽しくなっちゃってる子どもの相手をしてるのと変わらない。


 「あはは、このかちゃんと話してるとたーのーし」


 「そういつはどうも、何よりっす」 


 こういう軽くて、ふわふわして、益体のない話は幸い得意だ。これくらいしかできないとも言うんだけれど。




 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 すっと。


 笑顔で、わき腹に小さな針を刺されたような、そんな錯覚を覚えた。


 「…………そんなこと言いましたっけ、私」


 「うん、言ったー、ましろさんは耳がいいから聞き逃さないのだ~。なんか言い方がちょっと悲しそうだったし、ましろさん気になるな~」


 酔っぱらいだから、適当にけむに巻いたら誤魔化せると想ったけど。ピアノ椅子で足を組んで真っ赤な顔で笑う常連さんは、火照って緩んだ頬のまま、じっと私の方を向いていた。


 なんで、酔ってるのにそういうとこだけ変にしっかりしてるのか。


 「うーん、……あんま聞いて面白い話じゃないっすよ?」

 

 そんな私の言葉に常連さんは、にんまりと笑みを浮かべた。


 「ふふふ、人生の先輩だぜ? どんとこいだぜ? それにねー」


 常連さんは、ゆらゆらと指を揺らしながら、一緒に酔った身体も揺らしてた。


 「ほんとはね、喋りたくないことを聞くのはよくなーい! でも、今日の私は聴いちゃいまーす! なぜなら老い先短いから!! 仲良くなりたい子へのアプローチは惜しまないぜ!!」


 そう言って、ご機嫌に何かの決めポーズをしながらピアノ椅子の上で器用にくるくる回ってる。愉快な人だと言うのは認識してたけど、想ってる倍は愉快な人だったらしい。


 てか老い先短いって、あんた私のいくつ年上だっていうんすか。まあ、突っ込む気も起きないので、ふうと軽く息を吐いて、洗っていたグラスをゆっくり乾燥機に置いた。


 「そこまで推してもらえるとは、店員冥利につきるっすよ」


 「ふふふ、このかちゃん可愛いもん。可愛すぎて、ほんとは今日は、ポイント貯めたら一緒にチェキをとれるサービスを作れないか、店長と交渉しにきたんだよね」


 「はは、うちはメイド喫茶じゃないっすよ。まあ、写真くらいスマホでいくらでも撮れるので、こんな安い顔でよければ」


 「やった! 言質とったからね~? …………じゃ、できたらお話聞きたいな?」


 「………………っす」


 これは、けむに巻くのは無理そうだ……。


 …………。


 いや、でも、想った以上に自分でも溜まってたのかも。


 でなきゃ、こんなくらいで、まあ、話してもいいかーなんて想ってしまうような話じゃなくない?


 色々と、プライベートで、情けない、とても人にお出しできない話なんだし。


 ………………。


 カウンターに頬杖をついて、しばらく思案しながら話を今か今かと待っている常連さんを少し観察する。


 ほんとに物好きだね、この人も。


 まあ、酔っぱらいだし、子どもとそう変わらんし。


 酔いが醒めて覚えてるかもわからんし、推しとかなんとかもその場の気分で言ってるだけだろうし。


 もしかすると、気楽に喋っちゃっていいのかも。


 どうせ、夜の街のどこにでも転がってる、そんなありふれた話なんだから。


 多分、ね。

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