第2羽 神寺さんの家
元町にある由貴の家は館というべき西洋風の一軒家だ。青い屋根の2階建ての建物に車が3台停まっている。玄関の黒い柵を神寺さんが開けて、するすると入り、玄関扉を開けて手招きする。その後ろを勝手知ったる自宅という感じで真さんが続く。
「入りなよ」
「「おじゃまします!!」」
朱音虹さんが先に入って、その後に僕が続き、柵を閉めて玄関の中に入るとそこはファンシーな空間が広がっていた。星降る絵画やぬいぐるみ、カンデラ、アジアンランプ、提灯なんかがかざってあって、真さんとシィナさんと神寺さんの家族写真も犬のフレームの写真立てに飾ってある。異国情緒漂う玄関の様子に紫は魅入られる。朱音虹さんは揺れる月の揺りかごと人形の置物を指でちょんと触って楽しむ。神寺さんはそれをほがらかににこにこと見て、奥へ行き、麦茶とスポーツドリンクの用意をする。
「すっごい豪邸ですね」
「そう? まあね。由貴ちゃんは資産家なんだよ。色んなところに投資してお金を溜め込んでるんだ。元手は半分は俺が作って渡したお金だけど、半分は由貴ちゃんが小説で儲けたお金で悠々自適に暮らしている。『夢現の華社』のお給料も渡しているから、うちは終身雇用だし、生活の心配はないね。」
「すっごいね」
「ああ」
「じゃあ、あがってあがって。バームクーヘン食べよう。積もる話はそれから」
朱音虹さんは脱いだ靴をそのままに。僕は脱いだ靴を揃えてあがる。壁にはタペストリーやお面がかかっており、絵画など、それらを眺めてまわるのも目に楽しい。
朱音虹さんがそれらを見て言い出す。
「時価いくらぐらいなんだろう?」
「さあ。わかりません」
「50万前後ですよ、その湖の女の人の絵。絵画を売ってくれる画商さんのところで気に入って購入したんです。お金として持っておくより、こうした資産として持っておくことが好きなんですよ。メフィストフェレスさんがメフィストフェレスさんを描いてくださった絵も印刷して額縁に入れて居間に飾ってありますよ。」
神寺さんが指し示した方を見て、朱音虹さんがどたばたと急ぎ足でそちらに向かう。僕も続いて見ると朱音虹さんが壁にかかった作品を手にとり眺めていた。
僕は知らなかったが、それは朱音虹さんが最初に手掛けたメフィストフェレスの一枚絵だ。縦の長方形の絵で、西洋人らしい長身で筋肉質の悪魔が、聖印をペイントした顔でシルクハットをまぶかに被り、怪しく笑っている。白スーツの悪魔がそこに居た。グリザイユ調でイケメンな男ぶりが迫力とともに伝わるタッチである。その絵を朱音虹さんが優しく懐かしそうに撫でる。
「飾ってくれているとは……懐かしいものを見た」
神寺さんがリビングに麦茶とスポーツドリンクを運んで座りながら言う。
「お気に入りの一枚ですからね。株券があたって嬉しくなって自腹で発注したんですよ」
僕からは見えなかったが、朱音虹さんが愛情深い目をして絵を撫でる。
僕は居間に獅子玉さんと百合華ちゃんもイラストと人形が飾られているのを見つけた。鬼の里と童子たちのミニチュアもある。ファン心をくすぐられる。
「触っていいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
ミニチュアは足の裏までしっかり形作られている。
「その人形はCGを創る時の参考資料に発注したんですよ。童子たちは真とStarsの方々が遊びながら真剣に創ってくれて、色塗りは私もしたんです。他の模型も2階にありますよ」
「仕事だよ。遊んでたけれど仕事だよ。かぁさん、ひとを遊ばせるのが上手いんだから」
「ふふふ〜♪ 真、バームクーヘンお皿に盛って」
「はいはい。まったく、ひとを使うのも上手いんだから」
「ありがとう」
「……ありがとうで動く俺も俺だね。」
朱音虹さんが目を丸くする。
「真さんが普通のひとしている」
「君、ちょいちょい失礼だね。僕も人だよ。一応はだけど、まだ人なのっ!!」
「あ、いや、ごめんなさい」
「まったく……」
「ね? かわいいところあるでしょう?」
僕はぷっと噴き出す。
(ほんとうに親子してる……)
「で、計画はどういうの?」
「悪魔から聞いていないんですか?」
僕はびっくり目を丸くする。真さんが頷く。
「ぜんぶ聞いたら、面白くないだろう??」
僕は目を見開く。
(そんなこと考えるんだ……!)
朱音虹さんは鼻白んだ様子。そして考えている。
「紫ちゃんの計画では、もう一人、鳴海一葉という男を引き入れる予定だったと思う。」
「OK。その男、ここに呼ぼう。」
「えっ!!?」
(一葉を……? ここに??)
「良いですよ。1人増えても。電話して呼んでごらんなさい。話は早い方が良い」
いただきます、と神寺さんが言ってバームクーヘンにフォークを刺してかぶりつく。
(早い方がいいって……簡単に言う)
「異能力を打ち明けて、まきをさんを救う為に手伝って欲しいと言って、ここに連れてくる。それとも何か計画を立ててその男を巻き込む方がいいか。どう思います?」
「すっげーかぁさんの言い方だと簡単に聞こえるよね。それ考えて実行するの俺たちなのにさ」
「すっげー他人ごとみたいですよね」
「他人ごとですもの。その男を巻き込むと決めたのは紫さんですし、巻き込もうが巻き込まないでおこうが、その男、ナルハさんは渦中の人。いづれ関わるなら早い段階の方が動きやすいのではと考えたまでのこと。どっちにしても私達は【タイムマシン】に乗って過去へ飛ぶのは確定事項です。やるなら支援しますよ? 特に金銭面をね」
「金銭面って……」
「投資してやろうと言うのですよ。最高の遊べる環境をあなた方に。」
「すっげー最高なことのように聞こえるけれども、すっげー最悪な事に裏で悪魔が絡んでるんだ」
「メフィストフェレスが言うんです。紫さんと朱音虹さんに投資して、ストレスフリーな環境で自由な創作活動をしてもらえば、我が社は儲けが出る上に私の道楽になると」
ガタッと朱音虹さんが席を揺らす。
「メフィストフェレス、本物がいるんですか??」
「ええ、います。居間にかざっている絵のような素敵な紳士な悪魔さんがね」
朱音虹さんが言葉にならない感情をこじらせている様子の横で、僕が問い返す。
「紫楽くんもいますか?」
「うん? うーん……居ますね。解釈違いを起こすといけないから呼びませんが、皆様が創られたキャラクター、全員、異世界『六幻』に存在しますよ。まあ、なってほしければなりますが、オススメはしませんね」
僕はしゅんとする。
「解釈違いでもいいからなってほしいです」
自分の創った子と対面したい。話したい。触りたい。その心理は神寺さんも理解できたのだろう、神寺さんは心の中で苦笑した。目が優しい。
「それなら、あなたが鳴海さんをここに呼べたら、報酬に紫楽くんを呼んでさしあげましょう。いいですね? 真」
「俺はかまわないけれど、朱音虹さんは帰りの飛行機、いいの?」
「このバームクーヘン食べたら出ていきます。」
「朱音虹さんはこの計画にどこまで関わるんですか?」
「そもそもの質問だねえ」
「やぁっと聞いてくれた。聞いてよ神寺さん!! オレ、脅されて入社したんだよ!!! 本当は紫ちゃんだってウエディングプランナーになる夢があって、まきをちゃんと2人でウエディングプランナーになるんだって息巻いてて、すっげーショックなことがあって今に至ってるんだよ!!!! オレだって埼玉で実家暮らしがいい!! ここ来たら家賃、光熱費だって、ちょっと待って。投資するって言った? オレにぃ???」
「はい、言いましたよ。飛行機代も手始めに出しましょうか? 引越し費用も出しますよ。住むところの希望だって聞きましょう。うちの会社に本当に就職してくれるならですけれども、お家賃の面倒もみましょう。うちに住むなら食事だって面倒見ます」
「何その好条件!!」
「その代わり、しっかり働いてもらいます。週休2日制ですよ。どうですか?」
「やりますやりますっ!! うっわ、飛行機代出んのマジで嬉しいんだけどっ!! ていうか引っ越し代も? あざーっす!!!!!」
「いくらあれば足りますかねえ?」
「ちょっと待って。計算するぅっ!!! ひゃっほーい!!! 夢の職場だぜー!!!!」
朱音虹さんさんがスマホを取り出して、はたと。
「そういえばここに住むなら、食事も出してくれるって言った?」
「言いましたよ。ここでいいのならですが、毎食シィナちゃんか私か真が作りますよ」
「かぁさんの料理おいしいよ?」
「うーわー、魅力的なお誘い」
「紫ちゃんもここに住めばいいのに。会社から近いよ」
「ううっ、考えます」
(これは真剣に考えないと…………ちょっと待って。ここに住めばまきをちゃんと3日に1回会える?? 神寺さんと真さんとシィナさんと朱音虹さんと共同生活! 3食給料つき!! 良いのでは?? デメリットさしひいても良いのでは???)
「それで異能力【タイムマシン】とは、どのようなものなのですか?」
(来た!! 切り替えが早い。きっと頭の回転が早いのだ)
真さんがバームクーヘンを食べる手を止めて笑う。
「俺もそれが聞きたかった。能力拡張はできそう?」
「能力拡張って何ですか?」
「そもそもそこからか。」
「真」
「はいはい、説明するよ。朱音虹さんも聞いてね?」
「ウス。」
真さんは席に座った全員の顔を見渡すと話し始める。
「異能力っていうのは、そもそも拡張できるものとできないものがある。」
「そうなんですか?」
真は頷く。由貴が手を合わせてすかさず言う。
「うーん……紫さんの異能力は拡張できるタイプですね。願いが強い。願いが強ければ強いほど異能力の力は強くなる。そして死にかければ死にかけるほど能力は、拡張される。願いの強さに応じて――」
「それはかぁさんで試したからね。よくわかったよ。」
「鬼ですよ、真。異世界旅行に連れ出して自力である一定のところまで戻ってこいって、私の体にあうとろーな傷ができたんですよ? 異能師のヒーラーに治してもらいましたが、あぶなかった」
「とうとうと語るね」
「私はこういう役割です。紫さんにも死ぬ目にあっていただこうということですよね? 真の人生を通して、紫さんがまきをさんの代わりに事故にあって、それを生き返らせて、また事故にあってもらって、何回でもトライして、まきをさんを生き返らせようという計画ですよね? これ」
「本当にとうとうと語られますね。話が早い。要するに本来は紫ちゃん1人で行う任務というわけか」
「紫さんと真、2人居たら事足りる任務ですねえ。なんで鳴海さんを巻き込もうと思ったんですか?」
「お? それ聞いちゃう?」
「紫さんの口から聞きたいですねえ」
(就職面接みたいだ。胸がどきどきする。これは話さなければ帰してくれないだろう。)
僕は高鳴る胸を抑え、すーっ、はーっ、と息を吐いた。そして麦茶を飲み干すと、性根を据える。
「僕が一葉を連れていこうと思ったのは、彼がギルド『財宝の鐘』のサブリーダーだからです。彼がいれば物事が早くまわる。そう思って彼を連れていくことにしました。」
真さんが先を促す。神寺さんの視線が話せといっている気がした。
「理由は他にもあります。――彼が幼馴染で親友だからです」
「【タイムマシン】ってどのような能力なのですか? 詳細を教えてください」
(神寺さんが面接官みたいだな)
「詳細って言っても……行って帰って来るだけですよ?」
「体が行くんですか? 意識が行くんですか? それともその両方ですか?」
「両方です」
「当時の自分が居たとして、入れ替わるんですか? 入れ替わらないんですか?」
「入れ替わりますっ!! 当時の自分になります!!」
「よしっ!! 真、私が行きます。真の異能力で連れてってください」
「かぁさん、まだ纏まってないでしょう? その思考」
「ちっ。やっぱり真を連れて行って、その先で私が使われるのが最善ですね。面白そうだったのに。」
真さんと朱音虹さんが噴き出すように笑う。
(自分で答え出せるんだ……? それも3秒で)
僕は神寺さんの頭の良さに舌を巻く。
(面白そうって言った、このひと。ひとの危機を他人事のように…………それだから、こんな仕事してられるんだろうなあ)
僕はちくりと神寺さんに対する不信感がささった。
「鳴海さんにも話さず、あちらで巻き込んでいくのが最善でしょう。たいていのことは真を連れて行けばなんとかなる。まきをさんも喜ぶでしょう。……ええ、そうねって言ってます」
「まきをちゃんと話せるんですか?」
「死んだら暇するらしいんですよ。意識を向ければ会話くらいはいつだってできます。顕現が3日に1回なだけですね」
(この嫌味ったらしい話し方にも慣れてきた。まきをちゃん、まきをちゃんと話せるなら、このひとと暮らすのもいいかもしれない。)
「大学の学費とかも面倒みてくれるんですか?」
「悪魔が言うんですよ。それは歴史の正史通り親に払ってもらいなさいって」
神寺さんがバームクーヘンを食べ終えて麦茶をすする。
「バイト代くらいは払えると思いますけれども、ウエディングバイトは続けた方がよろしい。今のあなたには投資できますけれども、過去のあなたには仕事の報酬以上は投資できませんね」
(すごくまともな事を云われた……)
「で、結局鳴海一葉を巻き込むの?」
真さんがバームクーヘンを食べ終わってスポーツドリンクを飲み、言う。
「巻き込みません。神寺さんの言う通りにします……」
(よく考えたらそれが最善なのだ。まきをちゃんを助ける為に真さんを連れて行く。それが最善の道!!)
「残るは過去を覗くだけですね」
「それなんだけど、俺の過去を覗く話、無しにして」
「なんで!!?」
「俺が行くのは過去の自分。かぁさんとの押し問答から意識も肉体も過去の自分と入れ替わるんでしょ? 過去を覗いた対象を連れて行く事はできるの?」
「でき……ます。でもそれには制約が……」
「ぜんぶ話して♡」
僕はぜんぶ話した。
「制約はぜんぶで3つ。過去を覗いた対象が覗かれた事を他者に話してはならない。過去を覗く対象が死んでいてはならない。過去に連れていく対象が過去にいる事を話してはならない」
「つまり……?」
「ここにいる人達はアウトです」
「鳴海さんを呼ぶ話は最初からなかったわけだ」
「はい」
「能力の発動条件は対話でしたよね?」
「はい」
「じゃあちゃちゃっと拡張しちゃいましょう」
神寺さんが腕まくりする。
「何する気?」
「異能力の契約内容を書き換えて、制約内容を書き換えるのです。異能力はこの世界の神の管理化にあるもの。神との対話は私の異能力【審神者】の最も得意とするところです。ちゃちゃっとぱぱっとやっちゃいましょう。」
「かぁさん、それ他人にもできるの?」
「はい、できますよ」
「ほんならやって。制約内容を書き換えて」
話がどんどん進んでいく。神寺さんはパンッと柏手を打つと、パンパンと拍手して「できました」と言った。早いな。
「能力の確認の為に言います。制約は過去を覗いた人が覗かれた事を知っていてもいい。他者に話しても良い。ただしその事を10人以上に知られてはならない。書き換えれたのは1つ目だけですね。」
僕は能力の確認をする。うわの空を向いてこの世界の神と交信するのだ。虚空にメニュー画面が開かれる。そこから異能力の項目を探して読むと、本当に神寺さんが言った通りに異能力の制約が切り替わっていた。
「うわ」
(本当に書き換えられている!!!)
「どうでしたか?」
「本当に書き換わっていました」
「これで私の過去を覗いてみてください。協力したいです」
「結局それが目的?」
「冗談ですよ。鳴海くんの過去を覗くのでしょう? 真くんを連れて行って、鳴海くんに会って、それから……どうするのでしょうね?」
「ちょいちょい横道に逸れるのは、かぁさんが紫ちゃんを知らないからだよね?」
「はい。まあ、後は真と紫さんでこの計画を練ればいいでしょう。朱音虹さん、いくらか出ましたか?」
朱音虹がばっと顔をあげる。「こんだけ」と言って神寺さんに携帯画面を見せる。
「キャッシュで出しましょう」
「30万あるけれど大丈夫?」
「問題ありません。軽い投資です」
神寺さんは居間の戸棚から缶々を取り出して、その中から封筒にお金を詰めて、朱音虹さんに手渡す。朱音虹さんはありがたそうにその封筒を掲げ持ち、鞄にしまった。
「それではついたら連絡をください」
「オレも帰るよ。新生活の準備しなきゃ」
「朱音虹さんは真を通じて協力しますか?」
「う、う〜ん? 過去だろう?? 悪魔に云われたら協力すると思うな。異能力【悪魔事典】を手に入れたの4年前にメフィストフェレスの依頼を受けてからだし。あの居間に飾られてあるやつ」
「そうですか。メフィの使徒ですか。だそうです。」
神寺さんがこっちを見てにこりと笑う。朱音虹さんが苦笑する。
(このひと、使えるものなら猫でも使えというタイプだ。正直苦手だ)
「朱音虹さんはこっちで使うから、かぁさんは使わないでね」
「使う用事はないですよ。イラストレーターさんとして、また役の演じ手として仕事を頼むくらいです。」
「それは……よろしくお願いします。」
「あい。こちらこそ」
朱音虹さんと神寺さんが頭を下げ合う。そうか。就職面接に受かったから、そういう付き合いもあるのか。盲点だった。過去へ行って未来を変えれば僕はウエディングプランナーの道へ進む予定だったからだ。
「悪いけれど、その道は諦めてもらう。こっちも人手不足でね、こんな身内でも使わなきゃやってられない零細企業なんだ。過去へ行ったら即採用するからね。朱音虹さんも!」
「ひゃい」
「ウス」
「あらあら」
「かぁさんには全面的にバックアップしてもらうからそのつもりで」
「はぁ〜い」
「返事はいいね、いつも。」
この二人の親子関係が見えるような気がした。神寺さんに真さんが手玉にとられているようで手玉にとられているのは神寺さんだ。真さんも神寺さんの操縦は苦労されているみたい。
「苦労なんてしてないさ。好きでやってるからね、二人共」
「ウス」
朱音虹さんが頷く。似たような事を考えていたのかな。朱音虹さんが苦笑する。それが答えだ。
「それで鳴海くん、ナルハちゃんとはどこで落ち合うのかな?」
「ナルハをご存知なのですか?」
「『財宝の鐘』のサブリーダーでしょ? 知ってるよ。交わした約束を守る男をよく尋ねている」
「ファンなんです」
「そのナルハちゃんとどこで落ち合うの?」
「芦屋の、公園で、待ち合わせしてます。今、何時ですか?」
「午後5時20分。」
「そろそろここを出ないとまずいです。バームクーヘン、ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様。じゃ、かぁさん、俺、出てくるから鍵はしっかりかけるように!」
「ええ。気をつけてね真くん。朱音虹さんも紫さんも気をつけて」
「はい」
「ウス」
「問わず語りの男が言っているわ。荷物はちゃんと持ったかって」
「ウス」
「はい」
「それならよし。またね」
神寺さんは食器を片付ける。お別れの挨拶はそれで終わりなのだろう。真さんに続いて玄関を出ようとすると神寺さんが見送りに来て、「過去の私によろしくね」と言って、僕達が出ると玄関に鍵がしまった。
「じゃ。オレここで」
朱音虹さんがぺこりと頭を下げて歩き出す。
「真さん、行きましょう」
「うん」
僕と真さんは朱音虹さんを追いかける形で歩き出す。芦屋まで電車にのる為だ。