第1羽 異能力【タイムマシン】と就職面接
神寺 柚子陽と申します。よろしくお願いいたします。今回、合計で1万7千字弱書きました。お暇潰しになれば幸いです。
【タイムマシン】に乗って、僕は過去へ飛ぶ。その為に先ず必要なのが機会だ。この現し世世界は異能力者であふれている。言葉を交わすのは一瞬。僕の異能力は【タイムマシン】。言葉を交わした者の過去や未来へ跳ぶ能力。この能力でターゲット、夜剣 真の過去と未来へ飛び、幼馴染の花房まきをの為に生きる。もう一人の幼馴染、鳴海 一葉を巻き込んで交わした約束を守る為に、僕は【タイムマシン】に乗る!!
2056年7月20日、僕を庇って花房まきをが交通事故で死んだ。僕はこの未来を無くしたい。
それまではまきをちゃんとゲームでめいいっぱい遊ぶのだ。
今日は2057年8月5日。まきをちゃんの1周忌のお墓参りを済ませて彼女が好きだった青い薔薇『ブルーヘブン』を手向ける。
彼女が好きだった花を手向けると、心がすぅっとした。
(これで会いに行けるね、まきをちゃん。)
ベルベットレッドの革製の鞄を背負って、Favoriteブランドのワンピースのスカートを揺らし、くすんだ青色の傘を手に雨の中を行く。
目指すは夜剣真が勤める会社、株式会社『夢現の華社』。これから社員面接の最終試験を受ける。服装は自由な服装でとあったから、これで行く。今どきリモートじゃないなんてと思うがありがたい。僕の異能力【タイムマシン】は、対面で言葉を交わさないと発動できないのだ!!!
さあ、行こう!! 芦屋市の面接会場へ!! そこで夜剣真さんが面接官として待っている!!!
電車に揺られながらこれからの事を脳内でリハーサルする。
まず、面接だ。就職面接だ。気が重い。何を問われるのだろう? 『夢現の華社』はゲーム会社だ。ゲーム歴を聞かれるだろう。『夢現の華社』から出ているゲームは全てプレイした! つまらないなんてことはない! 面白い!! 胸をはってそう言える。だからゲーム歴に関しては大丈夫だろう。大丈夫だと思いたい!!
(はぁ、憂鬱だよ……まきをちゃん……早く会いたいよ。会って抱きしめて、明るく冗談のひとつでもいってほしい……。)
じわりと涙がこぼれそうになる。
いけない、いけない!! 涙を拭いて笑顔を見せなきゃっ!!?!! まきをちゃんに叱られてしまう!!
ごしごしと目をこする。手鏡を開いて化粧が崩れたところを直す。女性専用車両に乗り込んでいて良かった。自分みたいな人が何人かいるもの!! 化粧を直し終えて手鏡と化粧道具をしまう。心は決戦に向かう武士だ!!!
(これからいざ参る!! 決戦へ!! ……なんて、いくら面接を重ねても就職面接は慣れない。緊張する。)
僕は神様とまきをちゃんにすがる気持ちで祈りを捧げる。
(まきをちゃん、まきをちゃん、まきをちゃん!! 力を貸して。お願い……!! まきをちゃんならきっと、『ったく、しょうがないわねぇ〜』って言って力を貸してくれると思うの。まきをちゃん、まきをちゃん、お願い、力を貸して………………ううっ、お腹が痛い。)
僕はお腹をさする。こうしていると痛みと緊張が和らぐとまきをちゃんが、僕たちの幼い頃に教えてくれたのだ。そうして僕は痛みが和らぐのを待った。電車は芦屋駅に着く。
(さあ、決戦だ! 見ててまきをちゃん!! いざ、参る!!)
駅を降りてバスを乗り継ぎ、面接会場へ急ぐ。14時半のお約束なのだ。今は13時10分。余裕はあるけれども急がなきゃ。交わした約束は守るものっ。時間に遅れてはいけない。
会場についた。『夢現の華社』が入っているビルの社屋だ。そこの3階が面接会場である。ビルに入る前に手鏡でもう一度自分の顔を確認する。丁寧に撫でつけた茶髪ボブカットの髪と、タレ目がちな黒い瞳が覗く自分の童顔が見返す。ナチュラルな薄化粧良し。マスカラもちゃんとのってる。頬紅も良し。
(相手は芸能人。就職面接の相手。失礼があってはいけない。――よしっ。まきをちゃん、行ってきます!!)
このまま就職面接に向かう。
社屋に入ると『社員面接会場3階』の文字の看板があり、受け付けでアポイントメントを済ませる。
「少々お待ち下さい」六幻協会
入館許可証を渡され、それを首にかけてエレベーターに乗り込む。緊張のまま3階にたどりつく。『面接会場はこちら→』の文字と『夢現の華社』の看板キャラクター、百合華ちゃんのイラストが出迎えてくれる。
僕は百合華ちゃんを見て嬉しくなった。百合華ちゃんはゲーム『六幻世界の物語』シリーズに登場する『六幻機関』という組織の特派員だ。公式ギルド『六幻協会』の情報屋でもある。シナリオを配給してくれる重要なキャラクターだ。六幻世界のアイドルである! 彼女から得た情報をもとにいくつもの依頼をこなした事がある。彼女がくれる情報はいつもどこか欠けていて、プレイヤーは頭を悩まされるのだ。彼女の特徴はなんといっても可愛いのである。ロリ巨乳だ。くるくるの青い髪は腰ほどまで長く、童顔にはまったぱっちり丸いお目々にばさばさまつ毛、つるつるの白い玉肌。愛くるしい動作でドジっ娘属性という愛されキャラの天狗である。ちまたでは百合華ちゃんを真似してコスプレが流行り、グッズも売り上げて、ライブも開かれるという人気ぶりである。その百合華ちゃんが笑顔で手を振っている。ゲームファンならこの感動を言葉に表せられようか。いやいられまい。
(百合華様〜♡ 百合華様もこの決戦を見守ってくださるのですね! ありがたいっ!!! 運営はこれを狙っているのですね!!!!!)
百合華、本名、立原 百合華が見守る中、いざ向かう。
ノックは3回。
「失礼します」
角を決めて椅子の前へ。
(居た。夜剣真。目の覚めるような美しい人だ。頑張れば象牙彫刻でも彫れそうな顔の良さである。彼のことを取材した雑誌をまきをちゃんに見せてもらった時、その雑誌は彼を評して『桜のようなひと』と云っていた。)
それを気にしているのだろうか。彼はハーフアップの黒髪に耳に桜のアクセサリーをして、涼しげな切れ長の目で僕を射抜く。
(美人は3日も見れば飽きるというけれども、15年見ても飽きなかったね、まきをちゃん。15年はさすがに飽きると思うけれど……というか、僕は見飽きている。この顔……)
一礼して所属と名前を述べる。
「甲南女子大学文学部メディア表現学科メディア表現コース、小田紫です。本日はお忙しい中、お時間をとってくださり、ありがとうございます!」
「かけなさい」
社長の黒田 慶喜がそう告げる。僕は「失礼します!」と頭を下げて着席した。
他に4人到着して入り、名乗りをあげる。その中に印象的な名前と格好の男が居た。
「関西大学文学部英文学科 朱音虹 朱羽です! 友達や仲間からはメフィストフェレスって呼ばれています!! 本日はお時間を創っていただき、感謝します!!!!!」
その男ははきはきと名乗りをあげた。赤い髪のドレッドヘアーにサングラス、唇に3連ピアス、浅黒い肌、鍛えた体、どこかのバンドマンのような風体でどう見ても受かる気がしない。おまけにメフィストフェレス!!! 悪魔じゃないか!!!
(メフィストフェレスって確か、創作の悪魔…………漫画とかでもたまに取り上げられるアレよね? それを面接の場で名乗るなんて度胸ある!!!!)
気がつけばこの男から目が離せなくなっていた。それはこの場にいる面々皆で、僕は直感的に(この男、受かる!!)と思っていた。
夜剣真が身を乗り出して朱音虹、メフィストフェレスを見ている!!
(ヤバい!! 僕も何かインパクトを出さなきゃ!! 何かないかな、まきをちゃんっ!!?)
就職面接は何事もなく進む。特に問題もなく社長の黒田さんからの質問に答えられたと思う。その質問を抜粋すると――
「うちのゲーム『六幻世界の物語』シリーズをどう思う?」
「とても面白いゲームだと思います!!! 全作プレイしました!!! 交わした約束を守る男、野田泉が秀逸ですよね!! 看板キャラクターの百合華ちゃんからのクエストがとても難問で、いつも頭を悩ませております! あとはそうですね、クエストのポップアップ時間がもう少し短いと良いでしょうか?」
「ほう。検討しよう。交わした約束を守る男、野田泉に着眼するとは面白い娘だ。貴方は交わした約束は守る娘かな?」
「はい!!! 守ります!!!!! 約束を破った事がありません!!! だから野田泉さんにとても共感しました! 《遠き日に交わした約束》クエストなどは、『あの約束を忘れるものか。妻と交わした約束を果たさん!』のセリフが心に染み渡って気に入っています!!!」
黒田さんは笑って問いかける。
「じゃあ貴方には約束を守って貰おう。今度出社する時はFavoriteの服でなく、スーツで来るように!」
僕は信じられない気持ちで問い返す。
「それって……」
「合格だ!! 内定を出そう。交わした約束を守る男は僕も好きな漢でね、その話が貴方とできて嬉しかったよ。来週の月曜から来てくれ。住んでいるところも近いようだからね。」
僕は喜色満面、涙を浮かべてほっと声を出す。
「はいっっ!! ……はい。ええ、これからよろしくお願いします!!!!!」
「これからっていうか、ずっとだよ。紫ちゃん。」
今まで黙っていた夜剣真が口を開く。
「ずっと、ですか?」
僕はきょとんとして問い返す。
「そ。シィナから活躍は聞いているよ。冒険者ギルド『財宝の鐘』の活躍を――。凄まじい戦いぶりだそうだね? リーダーの恵那ちゃんが俺を探しているとか。……悪いけれどゲームはしてないんだ。帰って。」
「リーダーの恵那は亡くなりました。1年前に、私を庇って交通事故で……――これは私の面接です。恵那は関係ありません!」
(嘘。バリバリ関係ある。)
夜剣真はけげんそうな表情で身を乗り出し、自身の桜のピアスをさわる。
「へぇ? バリバリ関係ありますってカオ、してるケド? 死んだっていうのは嘘じゃないの?」
「嘘じゃありません!!!! 恵那はっ……まきをちゃんはっ死んだんですっっっ!!!!!! 僕を、かばって!!!!!!!!」
思わずまなじりが釣り上がる。そして夜剣真がぴゅーっと口笛を吹き、「へぇ〜、どうだか」と呟いた。
僕は喧嘩腰になって食ってかかる。
「お望みとあらば死亡診断書も持ってきましょうか?」
「持ってきてくれるの? たすかる〜♡」
「クッ」
(こっっのっっ、スケコマシっっっっ!!!!!!!! 世の女性男性問わず誰もがお前に惚れていると思うなよ!!!)
「こっちは『六幻世界の物語』シリーズが好きで来てんだ!!!!!! なんでお前なんかに親友の死を疑わなければならないっっっっっ!!!!」
(本当に殺してやろうか???)
「まきをちゃんはなあっ、亡くなったんだよ!!!! 最期までアンタの事が好きだったさ!!!! ああ!!!!! それを僕は呆れながら見ていた!!! それでも応援してた!!!! まきをちゃんはミーハーだからすぐに飽きるだろうってっ!!!! それでもずっと応援してた!!! 15年だ!! 15年!! 8歳の頃にアンタを雑誌で知ってっ、それからずっとっっっ、ずっとずっとアンタに魅せられたまきをちゃんを見てきたっっっ!!!! 可愛かったよっっっ、まきをちゃんんっっ、それはもうとてつもなく可愛かったっ!!! ずっと、ずっと、あんたを観るまきをちゃんに恋してた。それをアンタ、言うに事欠いて『たすかる〜♡』だ!!???? とてもじゃねえがヒトの所業じゃない!! とてもじゃないが人でなしだ!!!! 可哀想だろう!!? まきをちゃんが!! 謝れ!! まきをちゃんに謝れっ!!!!」
僕はここが面接会場だという事も忘れていた。夜剣真は伏し目がちになって言う。
「悪かったよ。本当に死んでるとは思わなかったんだ。合格だね。友達想いの娘みたいだ」
「親友なっ!!!」
「親友」
夜剣真が言い直す。ここらで頭が冷えて(やらかした〜!!!?!! やっちゃったよ、まきをちゃんんんんっっっ!!!)とあせった。
「た、大変申し訳ありませんっっっっ!!!!!!」
夜剣真も黒田慶喜さんもコンセプトワーカーの西蓮寺蓮華さんも笑って首を横に振る。
「こちらこそ申し訳ありません。弊社の真がご気分を損ねるような物言いをしてしまい、まきをさんにお悔やみを申し上げます。」
西蓮寺さんが頭を下げてくれる。これで気持ちがスッとした。僕は首を横に振る。
「いえ、まきをちゃんも許してくれると思います。御社で働く事を誰よりも心待ちにしています。」
僕は涙を拭う。西蓮寺さんが笑顔で口を開く。
「合格です。一緒に働きたい!! いえ、一緒に働かせてください。よろしくお願いします!!!!」
(美人な人だ。春の精が居たらこんな姿をしているだろう。)
蓮華さんが手を差し出す。僕は「失礼します!」と頭を下げて歩み寄り、その手をぎゅっとかたく握った。柔らかいおんなのひとの手だった。
暫くして面接が終了する。
朱音虹メフィストフェレスが面接後、話しかけてきた。エレベーターの中での事である。
「紫ちゃん、だっけ?」
「はい、そうですよ」
彼も合格を貰っていた。決め手は「俺、絵とか描けるッス!! イラストレーター登録してるんスよ。メフィストフェレスって!!! 千枚は描いたかな……? 知りませんか? メフィストフェレス?」だったと思う。すごい食いつきだった。特に夜剣真が面白がってあれこれ質問していて、最後には「寿司、食える? 寿司食いに行こう」「ウッス!」と言葉を交わしていた。
「メフィストフェレスさん、僕もお世話になってます。」
「紫楽くんでしょう? 彼、かっこいいよね。特にキレッキレの時が……アイコンもピンナップも描かせてもらったよね?」
「はいっ!!! ファンです!!! 握手してください!!!!」
「うン」
握手をぎゅっと交わす。そこでエレベーターが1階に着いた。エレベーターから出るとメフィストフェレスさんはまごまごと何か言いたそうにする。
「あのっ、谷崎は好きですか?」
「谷崎?」
「谷崎潤一郎。記念館が芦屋にあるんです。そこで谷崎関連の品を見てお茶しませんか?」
メフィストフェレスさんはびっくりして問い返す。
「それってデート?」
「はい。親睦を深める為です。デートのひとつやふたつしましょう!」
「行く。行くよ。どうやって行けばいい?」
「一緒にバスに乗ってお喋りしながら――」
「いいよ。乗った!! あなたともっとお喋りしたい!!」
(まきをちゃん、ちょっとなら、いいよね?)
二人で会社を出ると雨はやんでいて、二人で笑いあった。バスに乗る。
「ここまで来るのに何使った?」
「電車とバス」
「オレ、飛行機」
「え!!?」
「実家が埼玉で、実家暮らししていんの。それで実家からここまで飛行機で。すっげー悩んだよ。交通費にそこまでかけるのかって。それでも『六幻世界の物語』は好きな作品だし、会社の雰囲気も知って、ここしかないって、――そう思ってさ。だからここに決めたんだ。」
「へぇ〜」
「きみは? 何か理由とかあるよね?」
「僕は『六幻世界の物語』が好きだからですよ。特に語る事はそれだけで、実は夜剣真を追いかけて来たんです。彼と会うにはここしかない!! 芸能界に行ける度胸もないし、行ったとしても会えるとは限らない。年末年始に彼の妻、シィナさんに会うんですが、お忙しい、お忙しいと会うのを先送りされていて……まきをちゃんが亡くなってからは、遠巻きにご活躍を聞いてました。」
「結局、夜剣真が要因か。それでよくあんな嘘を言ったね」
僕は首を横に振る。
「嘘じゃないんですよ、半分は。夜剣真は要因の一つで、まきをちゃんの為で、本当は……『六幻世界の物語』が好きだからです」
(まきをちゃんが僕の世界の中心だったんです。だから応募したんです。本当は。)
メフィストフェレスさんは薄く笑う。夜剣真と同系統の人種のニオイがした。そら寿司も食うわ。
「まきをちゃんはさぁ、本当に死んだの? 恵那ちゃん、――そういえば1年前から依頼が来なくなったけれど……」
(来た。こいつは容易にヒトの地雷を踏み抜くタイプだ。)
「死にました。交通事故で。それ僕の地雷ですから容易に踏み抜かないでくれますか?」
メフィストフェレスは慌てて手を横に振る。
「ごめんごめん。特に深い意味はなくて、疑問だっただけで…………………………ごめん。」
「はい。――楽しい話をしましょう。」
それからとりとめのない雑談に興じ、谷崎の品々を見て、カフェに行ってお茶を呑んでいる時、奴はコーヒーカップを手に唐突に話しだした。
「ねえ、紫ちゃんは悪魔って信じる?」
「は?」
僕は紅茶を手にハトが豆鉄砲を食らったような表情をする。
「なんですか? 唐突に。」
「悪魔が言うんだ。紫ちゃんは異能力【タイムマシン】があるって――」
(何故バレてる!!? まきをちゃん、こういう時っ、どうすればっっ!!)
「……………異能力って? 漫画か何かの読みすぎじゃないですか?」
メフィストフェレスは吹き出す。
「異能力協会から申し付けられている通りの反応だね」
(異能力協会も知っているとは!!? こいつ、何者!!?)
異能力協会とは、異能力者を保護し、援助する互助組織のようなものだ。本部は神戸にある。異人街の方だ。異能力者には異人も多い。シィナさんも異能力者だという。僕の異能力について語った事はない。それなのに、なぜ知ってやがる!!? こいつ…………。
「もしかして、異能力者……????」
メフィストフェレスがうっすらとにまり笑う。ビンゴ! 当てたぞ!! と言いたげな表情だ。
「そういうきみも能力者でしょう?」
僕は身を乗り出して声のトーンを落とす。
「【タイムマシン】の事をどこで……???」
「だから悪魔が言ったって言ったでしょう? オレの異能力は【悪魔事典】、悪魔の事を知ったり、悪魔と交信する異能力なんだ。それによると――夜剣真、相当ヤバいよ???」
「ヤバいって?」
僕はメフィストフェレスさんの事を信じ始めた。メフィストフェレスさんが苦笑する。
「オレの事はメフィストフェレスではなく、朱音虹って呼んでね。心の中でも呼び名でもずっとメフィストフェレスって呼んでいるでしょう? それ、イラストレーター名だから。これから同僚になるなら朱音虹って呼んで欲しい。」
「はい、メフィ……朱音虹さん」
「ん。合格。真さんから本物の小田紫ちゃんを知ってこいって送り出されたからオレ、ここにいるけれど、今、真さんから悪魔を通して連絡があって、紫ちゃん、本採用だって。」
「え??」
(勝手に採用面接されてる……??)
「そのカオ見た真さんが笑ってる。悪魔を通じて言うよ。真さんから『おまえの【タイムマシン】に俺達も乗せろ。採用してやる。手伝ってやる。代わりに俺の目的に付き合え。俺は姉さんを探している。俺の過去なら本物の俺の姉さんに会えるだろう。俺の過去を覗くというなら、おまえの過去も覗かせろ。まきをちゃんが死んだ過去をなかったことにしてやる!!! 能力拡張にも付き合ってやるから、俺達におまえの異能力使わせろ!!!』だって。どうする? まきをちゃんを助けたいんだよね????」
ゴクリと生つばを飲み込む。
(助けたい。助けたいよ……!! でも……)
「その表情は信じられないって表情だね。だけど『信じてもらおうかな』?」
唐突に朱音虹さんの声が真さんの中低音ボイスの美声に変わる。
(まきをちゃんに付き合ってライブとかでよく聞いた美声だ。夜剣真の声だ。)
朱音虹さんが笑っている。
「悪魔が言うんだ。紫ちゃん、真さんのことを心の中ではフルネームで呼び捨てにしてるって。それじゃあいけない。『俺の事は真ってさん付けで呼んでね♡ 仮にも上司だよ?』」
また夜剣真、真さんの声がする。僕は疑問に思って問いかける。
「あの……」
「何かな、紫ちゃん」
「それ、どうやってるんですか?」
「声のこと? 悪魔の力を借りて行っているんだ。真さんも悪魔憑きだよ。相当な量の悪魔が憑いてる。20や30じゃ利かないくらい……」
「あの、それ、信じろと?」
僕は半信半疑で問い返す。
「それだけ荒唐無稽な話ってことさ。問わず語りの悪魔が聞いてる。『まきをちゃんを助けた後はどうするの?』って。」
また別人の声が朱音虹さんから出る。
(創作の悪魔だから声の悪魔、声優もできるのかな?)
「できるよ。だから採用されたんだ。一緒に『六幻世界の物語』を盛り上げて行こうなって、真さんから悪魔を通じて脅しをかけられて埼玉から出てきたんだ。あのヒト、借金があるんだよ。それも多額の。芸能界にも怨まれてる。4年前のβテスト、あれ、参加したでしょう? 芸能人がいっぱい居たやつ」
「真さんの友人方のアイドルグループ『Stars』が握手会と人整理をするって話題になったやつですよね?」
「そう。あの後、るんるん気分でオレらは帰ったけれど、アレ、本当の歴史では社屋が地震火事で燃えてオレも紫ちゃんも白銀くんも、蓮華さんも慶喜さんも亡くなっているんだ。本当の歴史なら、オレ達はここにいない。」
白銀くんは僕の友達だ。一緒にギルド『財宝の鐘』をやっているメンバーだ。僕の紫楽の義兄弟でもある。本名、古田 大輝という。高校生の少年だ。ゲームの中では僕の兄である。弟が居たらこんなかなという少年だ。
僕も含めて本当の歴史にはいない?? どういうことだ???
「本当の歴史って……僕たちはここに居ますよね???」
「βテスト、1日ずらされたでしょう? 会場も東京渋谷から今日行った芦屋の社屋になって、Starsも来た。」
それは僕が知っている歴史だ。こくんと頷く。
「それは改変された歴史で、それをやったのが真さん。」
「ウソ!?」
「ホント。交わした約束は守るんだよね?」
「はい」
僕は神妙に頷く。
「刀剣男士じゃないけれど、『刀剣乱舞』じゃないけれど、歴史遡行軍と検非違使は実在する。『六幻機関』、それがこの世界の審神者方だ。」
こくんと頷く。
刀剣乱舞は知っている。審神者と呼ばれる者になり、刀剣男士と呼ばれる刀剣の付喪神が美麗な男のひとに擬人化したものを率いて、本丸と呼ばれる拠点から、歴史遡行軍と歴史修正主義者と呼ばれる歴史を変えたい敵と戦う有名なゲームだ。映画やアニメ、漫画や小説などメディアミックス展開もされている。僕もゲームユーザーでファンだ。LINE本丸や審神者の集いに入り浸っている。異能力【タイムマシン】を持っているから、こういう創作物はよく嗜む。
これになぞらえるなら、僕達は歴史修正者側という事になる。朱音虹さんもそれがわかっているのだろう。僕の創作視聴歴を含めてわかって言っているのだろう。
「いや、悪魔はそこまでは教えてくれない。真さんなら事細かに悪魔に要求して調べ上げているけれど、オレはそこまで暇じゃない。真さん怒らないでください。今調べます。」
朱音虹さんが僕の手を握る。そして目を合わせてきた。それで調べられるのだろう。
「これとこれは使える。」
暫くして、朱音虹さんがそう呟いて僕の手を離した。
「真さんはCLAMPの『ツバサ・クロニクル』してるんだ。『ホリック xxxHOLiC』のような『願いのお店』に入り浸っている。」
CLAMPの『ツバサ・クロニクル』は桜という女の子の記憶の欠片の羽を探す旅物語だ。あらゆる異世界を願いを叶える為に旅してまわる。
同じくCLAMPの『ホリック xxxHOLiC』は、願いを叶える為にお店を訪れるお客さんの願いを叶えていくお話だ。連作短編のようなお話が多い。
どちらも好きなお話だ。
(真さんが『ツバサ・クロニクル』と『ホリックxxxHOLiC』してる? どういうこと? あの人も異能力者なのだろうか?)
朱音虹さんの口がもごもごと動く。誰かと会話しているみたいに。そして開く。
「真さんから許可が出た。社屋に戻るよ。詳しい話はそこで」
「スーツ」
「出社じゃないから良いって」
「でも」
「時間がもったいない」
「買ってきます」
「お金あるの?」
「ううっ」
(正直ない)
「ん? 真さんがこっち来るって。約束を破らせるには忍びないからって。待つよりはこっち来た方が早い。場所選び、最高だねって笑ってる。」
朱音虹さんがコーヒーを呑みながら静かにそう語る。
「本当に来るんですか?」
「さあね。悪魔によると今バス乗ったって。谷崎潤一郎記念館で落ち合おうってさ。会わせたい人がいるってよ」
「会わせたい人??」
「神寺 由貴さんていう作家さん。異能力者なんだ。異能力名は【審神者】、モノの声を聞く異能力だよ。その異能力でまきをちゃんと話せるんだ。」
「まきをちゃんっっ!!? まきをちゃんと話せるの!!?」
「オレみたいに声を変えて、なんなら姿も見せられるらしい。オレに指示してくるのは悪魔ディアボロだ。夢と現の悪魔で神寺さんに憑いているらしい。ディアボロが何か言っている。『おい、オレもまぜろ。【タイムマシン】とやらにオレ達も乗せろ。』――人数増えちゃった。どうする? やめとく? やめとくならオレ、ここで帰るよ。真さんにも中止を伝えとく。あのヒトしつこそうだけど……――」
僕は逡巡して悩む。
異能力【タイムマシン】は今のところ1人しか同行者を連れ出せない。1度行ったら帰ってくるまで相当な時間が必要なのだ。
朱音虹さんが薄く笑って首を横に振る。
「それに関してはこちらで対応策があるよ。真さんの異能力【三千界ノ渡リ鴉】があるから、人数面は気にしなくていい。あなたはただ、真さんを連れて行けばいいんだ。死ぬ目にあっても――」
「え……?」
(聞き間違いか? 死ぬ目にあってもと言ったぞこいつ……)
「聞き間違いじゃないよ。心の声には注意してね。こいつ呼ばわりはクるから。」
はっとする。
「すみません」
頭を下げる。
朱音虹はコーヒーを飲み干したようだ。
「で? やるの? やらないの??」
異能力【タイムマシン】の難点は、滞在時間の長さと人数制限だ。それさえ改善できるなら…………やらない手はない。
僕は頷く。
「やります」
「よしっ、決まりだね。真さんも谷崎潤一郎記念館に着くみたいだ。神寺さんの方は既にいるらしい。織田信長の妹のお市さんの絵の前で集合だって。あそこは人通りも少ないし、ちょうどいいだろうってさ」
僕は考え込む。これで本当に神寺さんとあの真さんが来るなら、この話は本当という事になる。ここまで携帯を使っている様子は朱音虹さんにはなかった。
「まだ疑っているんだね。異能力関連の事象はまゆつばが多いから。公にはされていない異能力の事を話したんだから、こっちを信じて欲しいな……」
「疑っているわけでがありません。ですが、まだ………半信半疑です」
朱音虹さんは首をすくめる。
「むりもないよ。すぐには信じられないだろうからね。とりあえずさ、お会計して谷崎潤一郎記念館に行こうよ。そこで結果はわかるから――」
「はい。」
僕達はお会計して、歩いて谷崎記念館へ戻った。チケットを買い、お市さんの絵の前まで無言で行く。
例の絵の前に年齢がわからない女性が1人立ってぼうっとしていた。絵を熱心に見ているわけでも、並んでいる品々を見ているわけでもない。口が動いている。何かを誰かと喋っているみたいだ。その口が喋る。
「いつ着くんですか、真くん」
名を呼んだ。真と。
「え? 待ち人はもう来ている? 先に会っとけ? ちゃんと来てくださいよ。バームクーヘン食べに寄るんじゃありまへん。待ち人来ているならすぐに来て。証人でしょう??……はい。来てね」
その女性はくるりと僕たちに向き合う。
「朱音虹さんですか?」
「神寺さんですね?」
「あたってくれて良かったです。ここがオフ会場です」
「オフ会って事は当たりですね。あなたも『六幻世界の物語』のプレイヤー?」
「社員ですよ。来週から同僚です。夜剣真くんの親戚なんです。母方のね。」
「あのヒトもちゃんと親戚いるんですね……」
(妙なところに感心してる。朱音虹さん)
「ええ。妙なところに関心してますね。」
(このヒトも心が読めるの?)
「ええ。読むというよりは感じる感じですが読めますよ。それも私の異能力【審神者】の力です。真くんは私の養子なんですよねえ。彼は少し特殊で、親も困惑してサジを投げて、14歳からは私の元で育ったんです。放任主義ですケドね、私は。」
「あのヒトも親がいるんですね」
「いますよ。普通に夜剣家の両親から産まれて、普通に12歳まで育って、12歳の時に双子の姉の舞と別れて、それから人生ぐちゃぐちゃに。芸能活動は彼が世界旅行というか双子の姉探しする為の足がかりですよ。あれで子役で双子とも芸能事務所に入っていたんですよ。姉さんの舞がいなくなってからは荒れてね、一時不良だったんですよ。煙草もその頃覚えて煙たいのなんの。可愛いところもあるんですけどね。――ま、それは今回関係ない。」
神寺さんは喋りに喋って、手をぱんと打ち鳴らす。
「【タイムマシン】とまきをちゃんの事は真とそこの朱音虹さんを通して、あなたの口から聞いております。私の事は霊能者とでも思って下さい。死者と交信したいのでしょう? あなたの為にイタコしてあげます。さっそくまきをちゃんの霊をここに呼びましょう」
驚くことばかりだ。神寺さんはそう言うと柏手を2つ打って、すぅっと息を吸い、吐いた。
するとみるみるうちに神寺さんの姿がまきをちゃんが死んだ日の姿になる。
神寺さんの子供みたいな手が長くすらっとした手になり、身長が伸びてまきをちゃんの背丈になる。黒髪ストレートショートカットが栗色の巻いたロング髪になり、黒い瞳のタレ目が薄茶色い栗色の懐かしいまきをちゃんの目になり、童顔のかわいい顔がほっそり細面のモデルのようなきりりとした美人さんになる。服が最後に見たFavoriteの新選組モチーフのだんだら衣装になり、神寺さんが消えた。代わりにまきをちゃんが現れる。まきをちゃんは目をぱちくりして言う。
「神寺さん、唐突すぎぃ! ユカちゃん困ってる。ユカちゃん、まきをだよ。あんたが散々心のなかで呼んでたまきを。今日1日は神寺さんに体を借りてこの世に顕現できるよ。何したい??」
「まき、まきを……ちゃん」
彼女はにかっと笑う。
「うん。まきを。オッス!!」
顔の横でピースした姿はまきをちゃんだった。僕は嬉しくなって頷く。
「抱きついてもいい?」
まきをちゃんはひとつ頷いた。
「いいよ! こい!! 我が親友!! フォーエバー!!」
僕は涙ながらに抱きつく。
「まきをちゃん!! まきをちゃん!!!」
抱きしめられて頭を撫でられる。
「知らないおばさんの体でごめんな? 我慢してね」
僕は首を横に振る。
「うううん!! 僕、まきをちゃんに会えるだけでいい!!! 行かないで、まきをちゃん」
まきをちゃんは虚空を見て「あー……」とうめく。
「そうしたいのはやまやまだけど、霊界にも規則があって、会えるのは3日に1度なんだ。ごめん。でも神寺さんの都合がつく日なら手伝えるよ。神寺さん、すごく自由に仕事してるんだ。ほとんど真さんの慈善事業みたいなものみたい。」
「慈善事業?」
「何かね、昼来てゲームやってデバックして帰るだけで、あとはGM業をやって、クエスト創って、キャラクター操作して、アタシ達が相手してた百合華ちゃん、アレの中の人も神寺さんがやってたらしいよ?」
「重労働じゃない?」
「すごく楽しそうにやってるから問題ないって悪魔が言ってる。朱音虹です。まきをさん、まきをさんはどこまで事態を把握していますか?」
朱音虹さんが名乗り出て問いかける。僕もそれは気になっていた。まきをちゃんが答える。
「神寺、真さんからチラと死んでから。真さんのところに化けて出たら、その日のうちに神寺さんを呼ばれて、憑いて出て、夢の真さんと話して、思いの丈を打ち明けて、その後は神寺さんのご厚意で、3日に1度真さんと暮らして、デバックして、百合華ちゃんの中の人して、獅子玉さんの中の人して、交わした約束を守る男、野田泉の中の人して、色々やったわ。」
「獅子玉さんと野田泉さんも?」
獅子玉さんは百合華ちゃんが勤める公式ギルド『六幻協会』のギルドマスターだ。百合華ちゃんと並ぶ『六幻世界の物語』の顔役である。いぶし銀でカッコいい男の中の男だ。モテモテである。ファンからも求婚状が届く程だ。
「ええ。神寺さんの担当よ。神寺柚子陽、知っているでしょう?」
「SWの!!?」
数多くのキャラクターを抱えるGMである。僕も小説でお世話になった事がある!! エモーショナルな文章を書くのだ、神寺さんは。
「そ。それがこの人。蓮華さんが全体シナリオを考えて、この人が演じるの。真さんもちょこちょこ色んな役をやっているわ。メフィストフェレスとかはこの朱音虹さんが引き継ぐみたい」
朱音虹さんが慌てる。
「メフィストフェレスを!!? オレが!!!???」
「メフィストフェレスですーって名乗ったでしょう? あれで決まったみたい。イラストレーターも続けてやれって。メフィストフェレスのまま。」
「ドッヒャー!!??!!!!!!!」
「館内に響くわよ」
「かまうもんか。メフィストフェレスは一番好きなキャラだ!!!」
「真さんが中の人やってたみたい。あとはStarsの面々が演技やってるのもあるって。何でもやるわね、Stars」
「TOKIOみたいだよね。」
「古い世代よね。今も観るわ。TOKIO。アタシもDASHはファン。」
「芸能人が中の人やってんの?? 誰?? 誰???」
「サトリとカワズ、小烏丸、交わした約束を守る男・野田泉、酒呑童子、茨木童子、猪熊童子、星熊童子、鬼の里は全部Starsがやってるって。表にクレジットも出してるわよ。あとで検索してみてみたら?」
「後で見てみるよ。」
「――ということはつまり、知らない間にStarsと話してたってこと!!?」
「いえ、アタシは知ってて話したわ。Starsですか? って聞いたら、そうだけど今は違う。猪熊童子だ、星熊童子だってメタなことを言ってくれたわ。」
「猪熊さんと星熊さん、あとで会いに行ってきます!!!」
「今はいないわ。Starsは音楽活動で長期遠征中だから。AIプログラムが答えてくれるわよ」
「そういえばそうだった! 『夢現の華社』のAI、高性能だから人と見分けがつかないんだ!!!」
「あれ、異世界人が中の人やってるらしいわ。『夢現の華社』の人脈、謎だけど、全部真さんが引っ張って来たらしいわよ?」
「真さん……優秀」
朱音虹さんが崩れ落ちる。真さんもこういう感じだろうか。
「安心していいわ、ユカちゃん。真さんはもっとカッコいい。オフの時はおバカもやるけれど、顔がいいから問題無し!!!! 少なくともこんなおバカではないわ」
まきをちゃんは朱音虹さんを虫けらを見るような目で見る。朱音虹さんはへなへなと力なく笑う。
「ともかくっ、時間がないわ!! 神寺さんのお家に行きましょう!! ここよりは話せるわ」
まきをちゃんはそう言って、僕の体を離す。
真さんが到着する。
「やあ、揃ってるね。」
真さんがビニール袋を掲げ持つ。『エッセルバームクーヘン』とロゴが刻まれたビニール袋だ。
「バームクーヘン買ってきたんだけど食べるかな?」
「バスに乗ったのと違うんスか?」
「時間跳躍して三ノ宮まで買い物に行ってた。由貴ちゃんがバームクーヘン食べるなって言ってたでしょ? あれ」
「まるで見てきたように言うわね」
まきをちゃんが腰に手をあてて言う。
「見てたもん。ずっと。かぁさんを通してずっと聞こえてる。かぁさんの暮らしはこっちに筒抜けだよん♡」
「筒抜けって嫌ね」
「それがかぁさんの暮らし。王侯貴族みたいな生活に慣れているからこの人。俺だって嫌。俺の生活もかぁさんに筒抜け。お互い必要以上は干渉しないの。それがかぁさんの良さ♡」
「それも何か嫌ね」
まきをちゃんはサブイボを撫でる。僕はまきをちゃんにもう1回抱きつく。
(真さんの方を見ないで。まきをちゃん!! 僕を見て!!!)
まきをちゃんが頭を撫でてくれる。
(まきをちゃんが普段より優しい。死んで、顕現しているから?)
「まきをちゃんが優しいのはね、かぁさんがまきをちゃんに紫ちゃんの心の声を伝えているから。ここも筒抜け。」
「なんか嫌ね。でも得よ。ユカちゃんをこんな近くで感じられるもの。」
「まきをちゃん」
「はいはい、愁嘆場はここまで!! 続きは神寺さんの家で行いましょう!」
朱音虹さんが僕とまきをちゃんを引き離す。
「まきをちゃんっ」
「ユカちゃんっ」
僕とまきをちゃんはひしりと抱き合い、離れる。するとまきをちゃんから力が抜け、髪が視界の端で消えて、神寺さんになった。
神寺さんは僕の背中を2回、ぽんぽんと叩く。
「続きは3日後にお願いします」
「はい。」
僕は神寺さんから離れて、涙を拭う。
朱音虹さんが近づいてきて、ハンカチを差し出すのを断り、自分のハンカチとティッシュを出す。
「持ってます」
「じゃ、続きはかぁさんのうちで。いいよね? かぁさん。」
「仕方ないですねぇ。茶請けは真くんのバームクーヘンがありますから、紅茶かお茶かスポーツドリンクか選んでください」
「俺、スポドリ。」
真さんが挙手して言う。
朱音虹さんと目を合わせる。朱音虹さんが挙手して。
「お茶って麦茶?」
「ありますよ。麦茶ですね」
「僕、も麦茶で」
「じゃ、私も麦茶にしますか」
そう言って神寺さんはお市の絵をしげしげと眺め、あたりをぐるりと一周見渡すと歩き出した。出口へ向かって。
(切り替えが早い人だな〜)
朱音虹さんがついていく。真さんが僕に近寄り言う。
「ようこそ我が家へ。紫ちゃんを招待するの悩んだけれども、かぁさんが良いっていうなら良いかなって。」
「かぁさんって呼ぶんですね、神寺さんのこと。さっきは由貴ちゃんって呼んでましたけれど……」
真さんは苦笑する。
「俺の実年齢1万歳超えだよ?? 本当言うとこんな小娘ヒトヒネリで伸しちゃう実力もある。口には気をつけてね、紫ちゃん。かぁさんに何かあったら、容赦しない。」
冷やりとする視線を感じる。映画やドラマでよく見る表情だ。だけど殺気が段違いである。僕は口をもごもごさせて言い淀む。
「……肝に銘じます」
殺気が消えた。
「朱音虹も肝に銘じてね♡」
朱音虹が振り返り、青い表情で答える。
「ウス。」
どんな表情しているんだろうって真さんの表情を見たら、愛情深い表情して神寺さんを見ている。話が聞こえていたであろう神寺さんを見たら、こちらは見守るような表情をして僕達を待っていた。
「かぁさんの頭の中には麦茶とスポドリしかないの?」
真さんが苦笑いする。神寺さんも笑って。
「大事でしょう? 覚えているうちに帰らなきゃ」
真さんが吹き出して。
「帰ったら言うよ。だから一旦忘れてまきをちゃん出して」
「唇奪うのは無しですよ?」
「しないよ、そんなの!! 中身は63歳の婆さんに!!!」
「ふふふ〜♪ まきをちゃんになってる時は真くんとたくさん話せるから約得だね〜。」
「かぁさんの推しだものね。ありがとう!! じゃあ行こうか」
「はい。神戸の元町の方まで行きますよ」
「「はい」」
(元町か〜。思い出の地だなぁ…………)
僕たちは谷崎潤一郎記念館を後にして、電車に揺られ、由貴さんの自宅に行きました。
●登場人物
まきをちゃん:死んでる。幽霊。
紫ちゃん:就活生。紫楽のプレイヤー。タイムマシンを使える。
真くん:芸能人。歌手。俳優。ヤバいひと。『夢現の華社』社員。借金持ち。双子の姉の舞を探してる旅人。
朱音虹 朱羽:就活生。悪魔と交信できる。
由貴:霊能者。審神者。真のかぁさん(養母)。『夢現の華社』社員。
百合華ちゃん:『六幻世界の物語』の看板キャラ。かわいい。ドジっ娘ロリ巨乳の天狗。
●おまけ
由貴「刀剣乱舞は私も好きです。ファンです。髭切、膝丸、山姥切国広、山姥切長義、鶴丸国永、三日月宗近が特に好きです。箱推しです。」
真「かぁさん好きだよね。俺も好きでプレイヤーしてるの。ちまちまちょこちょこやれるから助かってる。あとはCLAMPも好きだよねー」
由貴「レイアースもいいですよ。ツバサ・クロニクルが一番好きですけれども、カードキャプターさくらのユエさんが初恋です」
紫「なんかこんなオタク話ができると思わなかった!」
朱羽「オレもだ。銀魂もいいぞ」
由貴「好きです。銀ちゃん神楽ちゃん新八くん桂さんの4人の掛け合いが特に好きです。」
真「時々俺に真似してって掛け合い頼んでくるよね」
由貴「楽しんでやってくれるからついつい、『六幻世界』の掛け合いも楽しいです。」
真「あれはお仕事だよ」
由貴「僕にとっては半分遊びでーす。楽しくお給料もらえるからお得ですよね」
紫「わかりますわかります。それはすっごくわかります!!」
朱羽「電車ついたよ」
由貴「はい、じゃあ行きましょう」
紫「はーい」
真:さりげなく由貴をかばい、降りる。
〜電車の中での一幕〜
おわり。
●予告
お次は由貴の家へ行く一行。ぜひ見てくださいね。つづく。