8 盗賊退治1
その夜は、次の町の宿に泊まった。
タヌモのダンジョン行きの船が出る場所からほど近い宿場町で、つまり明日でカフィとはお別れだ。
「またどこかで会えるといいですね」
「うん。もちろんそれはそうなんだけど……ああ、やっぱり心配だな。俺もシャルディまで一緒に行こうか?」
「そんな! いいですよ。だって今を逃したらタヌモのダンジョンの最深部には半年先まで入れなくなってしまうんでしょう? 私のためにカフィさんの計画が狂うなんて、絶対にダメです!」
アイーシャとカフィは出会ったばかりの赤の他人と言っていい間柄。そんな自分のために前々からの計画を変更させるなんて申し訳なさ過ぎると、アイーシャは思う。
「しかし――――」
「大丈夫です! なんと言っても私にはザラムがいますから。危なくなったら拍車を入れてとっとと逃げ出します!」
「うん。それはそうなんだけど……」
カフィの眉間には深いしわが刻まれている。
優しい人なんだなと、アイーシャは感嘆した。なかなかここまでのお人好しはいないのではなかろうか?
「いいかい、誰かに声をかけられてもついて行っちゃダメだぞ。ザラムからもできるだけ降りずにいるんだ。どうしても降りなくてはいけなくなったら手綱を長くして離さないこと。そうそう、それに――――」
カフィの話は終わらない。次から次へとアイーシャへの忠告が出てくる。
なんとも心配性である。
今は夕食時で、アイーシャはカフィの話を右から左へ聞き流しながら、宿の女将が作ってくれたこの地方の郷土料理に舌鼓をうっている。
「やっぱり心配だ! 一緒に――――」
「行きませんからね!」
キッパリ断って、夕食を終えた。
しかし、結局アイーシャはカフィと一緒にシャルディに向かうことになった。
この夜、宿が盗賊に襲われてしまったからだ。
なんとも間の悪い盗賊たちは、この辺りの街道を縄張りにしている五十人ほどの一味。
これは後でわかったことだが、その仲間には昼間アイーシャに声をかけ逃げ出した兄弟もいた。
真夜中、異変にいち早く気づいたカフィは眠っているふりをしていたアイーシャを起こし「危険だから絶対部屋から出るな」と言い含めて出て行った。宿の主人をはじめとした町の住人たちと協力して盗賊を迎え撃つためだ。
『……ザラム、外はどんな感じ?』
部屋でひとりになったアイーシャは、目を閉じて思念を飛ばす。
『そうですね。盗賊は、数は多いですがハッキリ言って烏合の衆です。一応高ランクの冒険者だというカフィの敵ではないでしょう』
カフィは町の中に入りこんだ先兵の盗賊数名を素早く取り押さえ、今は町の自警団を率いて南側にある門で盗賊の本隊数十名と交戦中だという。他にも後発部隊の盗賊がいるらしいが、地の利もあるし負ける心配はないようだ。
『ふ~ん。こっちは手出し無用みたいね。だったら大元を叩きに行くわよ』
アイーシャは、立ち上がると窓に近寄り大きく開け放った。
とたん、夜の冷たい空気が部屋の中に流れ込む。湿気が多いように感じるのは、タヌモのダンジョンのある湖が近いせいか。
二階の窓から下を見れば、既にそこにはザラムがいた。
ピョンと窓から飛び降りたアイーシャは、ザラムの背にストンと跨がる。
目指すは盗賊一味のアジトだ。
ザラムが烏合の衆と言うからには、町には盗賊の頭はいないだろう。どうやら一味を率いる人物は、安全な場所から指示だけ行う策士タイプらしい。
(まあ、こんなお粗末な襲撃を企てるくらいだから、策士策に溺れるタイプだと思うけど)
「場所はわかるの?」
迷う素振りも見せず一直線に走るザラムに、アイーシャは声をかけた。
「湖の北側が崖になっていてそこにある洞窟を利用しているようです。盗賊どもは隠れる様子もなく町に向かってきましたから、足取りを辿るのは造作もありませんでした。……しかし、この程度の輩、わざわざタドミールさまのお手を煩わされなくとも、ご命令とあれば私が潰してきますのに」
お使いに行く子どものような気軽さで、ザラムは言ってくる。
「あらダメよ。あなたは神なのだから簡単に力を振るわない方がいいわ。それに私は人間になってから実戦の経験がまったくないの。自分に力がないのはわかるけど、どれくらいないのか確認したいわ」
聞いたザラムは馬の首を不思議そうにひねった。
「たしかにタドミールさまから明確なお力は感じませんが……しかし、あなたさまのお力は元々が卑小な我が身では捉えることも不可能なほど別次元のお力。感じないのは今さらですし、たかが人間になったくらいでなくなったりしていないのではないですか?」
それは楽観がすぎるだろう。
「いくら私だって、自分の力があるかないかくらいはわかるわよ」
「そうなのですか? 空を飛んだり、念話ができたりされているようですが?」
「そんなできて当たり前のことは力とは言えないでしょう?」
ドッドッと大地を蹴り、ザラムはしばらく黙って夜道を疾駆する。
「……ザラム?」
「ああ、いえ。やはりタドミールさまは相変わらずタドミールさまなのだと実感しておりました」
ザラムは感慨深げにそう言った。
……なんとなくだが、呆れられているように感じるのは気のせいだろうか?
問いただそうと思ったのだが、そのタイミングでザラムは目的地の崖に着く。
わかりにくく偽装されているが、大きな岩の影に通じる道があるのが見て取れた。きっとその裏が洞窟の入り口になっているのだろう。
「どうされますか?」
「そうね。ここは正攻法で、剣で攻め込むわ」
「剣……ですか?」
ザラムは不思議そうに馬の頭を下げて、アイーシャの腰を見た。
当然そこに剣はない。
そういう意味では、彼女は丸腰なのだ。
「グランを呼ぶわ。あれが一番穏やかだから」
アイーシャの言葉を聞いたザラムは、今度はたてがみをプルプルと振った。