7 旅は道連れ4
「いいですよね、冒険者。私も冒険者になろうと思っているんです」
アイーシャは、ニッコリ笑ってそう話す。
「へぇ? ってことは、目的地はシャルディかな?」
「はい!」
「そうか。俺はタヌモのダンジョンに行くところだから、もう少し一緒に行けるね。本当ならシャルディまで送っていきたいところだけど……タヌモのダンジョンの最深部は入れる期間が限られているからなぁ」
タヌモは、ここからシャルディに行く途中にある大きな湖の中の島だ。島の中央部にダンジョンがあって、攻略を目指す冒険者やその冒険者を相手にする商売人たちで大きな町が形成されている。ダンジョンの最深部は湖底にあり、季節によっては出入りができなくなるのだという。
(タヌモのダンジョンは、たしか水の神の空き家だったわよね?)
ダンジョンは迷宮だ。神々が人間に与えし試練で、その謎を解き跋扈する魔獣を倒した者には多大な報酬がドロップ品として下される。
(でも、実際は単なる神の空き家なのよね。しかも別荘みたいなものだし。適当に作ってちょっと居ついて飽きたら捨てるって感じ?)
それでも神の力は膨大で、その場所に染みついた神力を有効活用したいと願った神仕がいたためダンジョンができた。――――神仕とは、神に使える者。自分の配下の神仕に「いらないならください」と頼まれて断るほど神はケチじゃない。
(実際、本当にいらなかったし。神仕はダンジョンを作れば、人間の方から自分たちの元にきてくれるようになって助かるのよね)
――――この世界には、神と人間の他に神仕と呼ばれる種族がいる。
人間よりは神に近く、しかし神にとっては人間と大して変わらない生き物だ。
彼らは人間より寿命が長く、魔法に長けている。力を使うために神の加護を必要としないところも人間との相違点だろう。
彼らの存在意義は、ひとえに神に仕えること。生きるも死ぬも神のため。神からもらえる「ご苦労さま」の一言で、天にも昇れる心地になるそうだ。
(それもどうなの? って思うけど、まあ種族の特質だっていうから仕方ないことなのよね?)
実際、神が向ける感謝の念には一種独特の力が宿るのだそうで、気持ちの問題だけでなく実利的な面もあると神仕たちは力説する。あんまり必死で言ってくるので、アイーシャは深く考えないことにしていた。
神仕の総数はおよそ二百人前後。八柱――――いや、今は七柱の神に仕えるには十分な人数に思えるけれど、神仕にとってはとても足りないらしい。
このため、その人数不足を補うことを目的に彼らはダンジョンを作った。
人間にとって魅力のある報酬を多く用意して、優秀な人間を集めその中から神仕の仲間に成り得る者を選ぶのだそうだ。
(ダンジョンで品定めされているなんて知ったら、人間は面白くないんでしょうけれど)
神仕はダンジョンを作っても、その中の出来事に手出しをしない。
ただ人間がダンジョンを攻略する力と知恵、そして行動を通して見えてくる性質を観察するのだという。
そして、これは! という人間がダンジョンの中で命を落とした場合のみ、その命を拾い上げ、自分たちの仲間にならないかと勧誘するのだ。
(なかなかそんな人間いないようだけど)
ちなみに無理強いはしてしないそうだ。断られれば拾った命をそっと捨てるだけ。
しかし、その場合人間はもれなく死ぬのだから無理強いに限りなく近いのではないかと思っている。
(ダンジョン、ダンジョンね。……神だったときには気にもしなかったけど、今の私なら楽しめるんじゃない?)
なんといっても、今のアイーシャは、以前に比べれば吹けば飛ぶような力しか持っていないのだ。しかも、どの神の加護ももらえなかったのだから、人間としても最底辺の力しかないはず。
(きっとそうに決まっているわ! だとしたら、ダンジョンって今の私が全力を出して遊び尽くせる場所なんじゃないかしら?)
……思えば、今までアイーシャは全力を出すということがなかった。
創造神との戦いのときでさえ、力をかなり加減して戦ったのだ。
(だって、私たちが全力を出したりしたら間違いなく世界が滅ぶもの)
滅べばもう一度作り直せばいいと簡単に思うかもしれないが、ことはそう簡単ではない。
世界の創造は、創造神と破壊神との共同作業。一度で全てがうまくいくはずもなく、創造しては破壊しを繰り返し、長い年月をかけて練り上げて創るのだ。
創世初期のころならまだしも、生命が多く根付きここまで育ったこの世界を、ケンカの余波などで壊したら泣きたくても泣けないではないか!
だから、どんなときでもアイーシャは決して全力を出さなかった。
たとえそのせいで神でなくなったとしても、世界を壊すよりはよほどいいと思っていたのだ。
(でも、それはもう過去の話。今の私は全力を尽くすことができるんだわ!)
感動でジ~ン! と胸が震える。
そうとわかれば、我慢なんてとてもできなかった。
(うん、行こう! 絶対行こう! ……ダンジョン!!)
「タヌモのダンジョンって面白そうですね。私もシャルディで冒険者登録をしたら行ってみようかな」
アイーシャの言葉を聞いたカフィは、困ったように笑った。
「うぅ~ん。冒険者登録をしたばかりだと、いきなりタヌモのダンジョンは難しいかな。ダンジョンに入るには制限があってね、規定のランクを満たしていない冒険者は入ることができないんだよ」
冒険者にはランクがある。
登録したてはFランクで、依頼を達成しポイントを貯め昇級試験を受けることで上のランクにいける。たしか最高ランクはSランクだったはず。
ランクの存在自体はアイーシャも知っていたけれど、ダンジョンに入るのにランクの制限があることは知らなかった。
上がったテンションが少し下がってしまう。
「そうなんですね。タヌモのダンジョンに入れるランクはどれくらいからですか?」
「時期によって入れなくなる最深部以外はCランク。最深部に入るにはBランクは必要だね」
ということは、カフィはBランク以上なのだろう。
『フン。たかが水の神の空き家ごときに制限をかけるとは、人間とはかくも弱き生き物なのだな』
ザラムはバカにしたように鼻を鳴らす。
『仕方ないわ。神と比べる方が間違いよ』
人間は弱いからこそ自衛のための決まりごとが多いのだろう。
そして、今はアイーシャもその弱い人間のひとりなのだ。
ザラムの首をポンポンと叩いて宥めたアイーシャは、手綱をギュッと握った。
「なにはともあれ冒険者登録をしないとはじまりませんよね。早くシャルディに行きたいです」
「ああ、そうだな」
はやるアイーシャに、カフィは優しい笑みを向けてくる。まるっきり小さな子どもに向けるみたいな笑顔になんだか複雑な気分になるアイーシャだが――――いや、今の自分は正真正銘小さな子どもなのだと、思い直す。
(私は子ども、私は子ども……)
心で繰り返しつつ、アイーシャたちは先を急いだ。