5 旅は道連れ2
――――本当は違う。
破落戸の半分は、アイーシャが叩きのめしたのだ。
(だって、イライラしていたんだもの、仕方ないじゃない)
「そういえば、そっちのおじさんたちも、馬をいただくとかなんとか言っていたような気がしたけど?」
アイーシャが首を傾げれば、二人組の男は乗っている馬ごと後退った。
「ハハハ、やだな坊ちゃん。冗談ですよ、冗談」
「そうそう。……あ、そうだ! こうしちゃいられねぇ。俺たち用があったんだ」
「坊ちゃんも無事兄ちゃんに会えたようだし、俺たちゃこれで!」
男二人は一方的にまくしたてると、あっという間に去っていった。
ザラムがブルルと鼻息を荒くすれば、逃げるスピードはますます上がる。
呆れ果てて見送っていれば、赤髪の青年が困ったように話しかけてきた。
「あ~、その、いらぬお節介だったかな?」
彼は、苦笑でさえ爽やかだ。
「いえ。助かりました。正直逃げたり叩きのめしたりするのが、面倒くさくなってきたなと思っていましたから」
青年は、ガシガシと赤い髪をかく。
「まいったなぁ。そうか本当に俺のお節介だったんだな。ごめんね」
すまなそうに頭を下げてきた。その後、顔を上げて見つめてくる。
「ああ、でもここまできたらお節介ついでだ。……ねぇ君、俺と一緒に行かないか? 俺が君といれば、さっきみたいな輩は近寄ってこないと思うんだよね。もちろん、ずっとなんて言わないよ。とりあえず次の町までどうかな?」
どうやら彼は、最初の印象通り『お人好し』と呼ばれる人種らしい。お節介と思いながらも、アイーシャのような子どもがひとりで旅するのを見過ごせないのだろう。
くもりのない澄んだ緑の瞳がアイーシャを見てくる。
下心もなにも見えない緑に、アイーシャはかえって心配になった。
「……それって、お兄さんの方になにかメリットがあるんですか?」
とてもそうは思えない。
なのに彼は間髪を入れず「あるある!」と答えた。
「もちろんだよ! ……実は俺、ひとり旅に嫌気がさしてきたところなのさ。誰でもいいから話し相手になってほしいと思っていたんだよ。その話し相手がこんなに可愛い子なら最高だろう? メリット以外のなにものでもないよ!」
ニコニコと笑う顔は純真で、もしもこの笑顔が演技なら彼はたいした役者だと思う。
「お兄さんなら、一声かければ僕じゃなくても誰でも話し相手になってくれるんじゃないかな?」
「うぅ~ん? どうだろうなぁ。でも、俺は君に話し相手になってもらいたいと思ったんだ」
「なんで?」
「うん。なんでかなぁ? なんとなくなんだけど……ダメかな?」
どちらが子どもかわからないような笑顔で聞かれたら、断ることなんてできなかった。
アイーシャは、早々に白旗をあげる。
『タドミールさま、私は反対です』
彼女の気持ちを察したのだろう、ザラムが思念で自分の意思を伝えてきた。イライラと馬の足が地面を蹴る。
アイーシャは、ポンポンと宥めるように首を叩いた。
『それは、彼が人間だから?』
『…………それもあります』
かつて、ザラムはひとりの人間のために彼の主を喪った。ザラムの心情を思えば、得体のしれない人間がアイーシャに近づくのを嫌っても無理はない。
『そう。……でも、我慢してもらうしかないわね。だって、今の私は人間なのだから。人間は人間と関わらずに生きていけないものなのよ』
『しかし!』
『しかしもかかしもないでしょう? あなたに我慢ができないのなら、私から離れるのはあなたの方よ』
ザラムは、ブルルと体を震わせた。
『離れるのは、嫌です』
『なら、我慢ね』
それきり黙りこんでしまう。
本当にザラムは、アイーシャに関してだけは嫉妬深い。
内心呆れながら、待たせてしまっている青年の方を向いた。
普通であれば背の低いアイーシャが見上げることになるのだが、ザラムが彼の馬より体高が高いため、目線はほぼ同じだ。
「ダメじゃないわ。そうしてもらえると私もすごくたすかるもの。ありがとうお兄さん。私の名前はアイーシャよ」
急に女性言葉になったアイーシャに、青年は口をポカンとあけた。
アイーシャはクスクス笑いながらハンチング帽をとる。
長い銀髪がフワリと舞って肩から背中に落ちた。
「……え?」
「旅は物騒だもの。男の子のふりをしているの。……まあ、男の子でも物騒だったけど」
これには苦笑しかできない。
「アイーシャ? 女の子?」
「そうよ。一緒に旅するなら教えておいた方がいいでしょう? それともお兄さんは、女の子の私に不埒な真似をするような悪者なの?」
聞きながら再び帽子をかぶり、手際よく髪をしまう。
青年はブンブンと勢いよく首を横に振った。
「いやいや、そんなことしないよ! ただ驚いただけ。そっか。女の子だったんだね。どうりでものすごく可愛いと思った。……俺はカフィ。あらためてよろしくね」
青年――――カフィは馬上から手を差し伸べてきた。
ものすごく可愛いなんて言われたら、ちょっと照れてしまう。
はにかみながらも握手をしようと手を伸ばしたのだが、ザラムが一歩前に進んだため届かず落ちた。
「ザラム!」
『出会って早々タドミールさまの御手に触れようだなんて、ずうずうしい!』
「あはは、俺はザラムには嫌われているのかな?」
「ごめんなさい。わがままな馬で」
「いやいや。突然現れた俺を警戒するのは当然だよ。賢い馬だな」
嫌味でもなんでもなく、本気で感心するカフィは、人間ができている。
『少しは見習いなさい!』
『そんな! タドミールさま!!』
こうしてカフィは、アイーシャたちの旅の道連れになった。