52 これから6
「遅いだろう! まったくどんくさいんだから。……ああ、別に俺はあんたを待っていたわけじゃないからな!」
「パーン、ボロボロ泣きながら言っても説得力ないよ」
「主さまぁ~! 主さまぁ~!」
「うわぁ~ん! ご無事でよかったですぅ~!!」
「あぁっ! 抜け駆けだ! 先に抱きつくんじゃない!」
「僕だって、僕だって!」
懐かしい声がいっぺんに弾けて、ドン! と誰かがアイーシャにぶつかってくる。
目を開ければ、自分に縋りつくナヌカと、それを必死に引き剥がそうとしているティンが見えた。
その後ろには呆れ顔のエングと、目を真っ赤にして泣きはらしているパーン、そして、そして、懐かしいタドミールの神仕たちが、みんながいる!
「…………みんな」
全員、ひとりも欠けることなく無事だった。
よく見れば、エングの顔色は青白く、パーンの目にはくまがある。元々痩せていたナヌカはさらに痩せ、他の者たちも万全の体調とは言い難い様子の者たちばかりだ。
――――こんなことにならないように、解放したのに! とか。
――――どうして他の神の下にいかなかったのか! とか。
――――誰が待っていろと言ったのだ! とか。
言いたいことは山のようにあったけど、……でも言えなかった。
だって、嬉しかったから。
いろいろ考えて、自分の中で最善と思える行動をして、それでよかったはずなのに……
アイーシャの心は、そんな彼女の思いを無にしても、待っていてくれた神仕たちを嬉しく思っている。
(こんなに心が震えるくらいに嬉しいのだもの、文句なんて言えるはずないわ)
「…………ありがとう」
気づけば、アイーシャはそう言っていた。
「待っていてくれて、ありがとう! また会えて嬉しいわ」
涙が溢れてくる。
その途端、エングが素早く近づいてきた。まだアイーシャにひっついていたナヌカをペリッと引き離し、ポイッと捨てると、アイーシャの前に跪き、いつの間にか取り出したハンカチを、そっと彼女の頬にあてる。
「エングさま……ヒドい」
背後で文句を言うナヌカを完全無視して、エングはアイーシャを見つめてきた。
「主さま。……再びお目にかかれたら奏上してやろうと思っていたことが、山のようにございますが……どうやら主さまもお言葉を胸に納められたご様子。ならば私もなにも申しますまい。ただ、ひとつだけ。……お帰りなさいませ。主さま。ご無事のご帰還、お待ち申しておりました」
そう言ってエングは深々と頭を下げる。
神から墜ち人間となってしまったアイーシャの現状を『無事の帰還』と言っていいのかどうかはわからない。
しかし、それでもエングがそう言って迎えてくれるのならばそれでいいと、アイーシャは思った。
エングに続いてパーンが、そして他の神仕たちも次々に頭を下げる。
タドミールの神仕は、全部で二十名。
全員の姿をもう一度確認して、アイーシャはホッと息を吐いた。
(……うん。これならなんとかなりそうだわ。神仕が少なくてよかった)
他の神々より数少ない自分の神仕を、ジッと見る。
心の中で安堵しながら、アイーシャは彼らに強い感謝の念を向けた。
――――神が神仕に向ける感謝の念には一種独特の力が宿り、彼らの力の源となる。
人間となったアイーシャの感謝の念が、神仕にどれほどの影響を及ぼせるのかはわからない。
(それでも、私のこの思いが彼らの糧となるならば、惜しみなく与えよう)
アイーシャがそう思った途端、神仕たちの体が、うっすらと光はじめた。
「――――これは?」
「タドミールさまの御力だ!」
「ああ、なんて心地いい!」
「体に力が漲ってくる!」
「…………温かい」
アイーシャの感謝の念が、乾いた大地を潤す慈雨のように、神仕たちの中に染みこんでいく。
それを見た神々は――――ドン退いた。
「うわっ! なんだ、あの半端ないエネルギー?」
「あの量を惜しげもなく放出するなんて――――」
「ああ! いいなぁ~、タドミールさまの御力! 私もほしい!」
「…………あれで人間だって言い張るとか、無理がありすぎだよね?」
フレイム、リャーフ、ゼリム、マーウィの言葉である。
「久々に見ましたが……悔しいですが圧巻ですね」
「……くぅぅぅっ!」
マナラはなんだか呆れた風で、ザラムはさっきまでエングが持っていたハンカチをひったくり、それを噛んで悔しがっている。
闇の神の威厳は、どこにやったのか?
「――――主のご慈悲。しかと受け取りました。これで我ら一同、万全の状態で主の命に従えます。どうぞなんでもご命令ください」
エングが顔を上げ、ひたとアイーシャを見つめてくる。
真面目な顔なのに、その後ろに命令を待つ犬の尻尾がブンブンと振られているように見えるのは……うん、幻覚だと思いたい。
アイーシャは、思わず苦笑した。
本当は、もう少し休んでほしいのだが、きっとエングたちはそれをよしとしないだろう。
だから、アイーシャは声を出す。
「空中饗宴を開きたいの。うんと華々しくお願いね」
「はい!」
ザッと膝を着き頭を下げた彼らは、次の瞬間その場から消え失せた。