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「今の私に宴を完璧に開ける力はないと思うから、神仕の力を借りることになるけれど……私の神仕は解放したから、ザラムか他の誰かの神仕にお願いしたいわ」


 神仕の開く空中饗宴は完璧だ。

 華々しく典雅で、もちろん出される料理や酒も最高のものばかり。

 口うるさいキアリークでさえ文句のつけようのない宴なのだ。

 そんな完全無比な宴を見せつけられて、自分もやりたいなどと言える人間がいるはずがない!


 アイーシャの言葉を聞いたザラムは、ハア~と大きなため息をついた。


「人間を空中饗宴に招こうだなんて、やはりタドミールさまのお考えはぶっ飛んでいますね。……でもまあ、着眼点は悪くないと思います」

「そうでしょう!」


 不本意そうではあるものの褒めてくれたザラムに、アイーシャはグイッと迫――――ろうとして、キアリークとカフィに引き留められる。

 ザラムは残念そうに眉を下げた。続いて口を開く。


「しかし、私の神仕はお貸しできませんよ。もちろん他の神々の神仕も同様です」

「なんで!?」


 アイーシャは、ついつい大声で叫んだ。


「そんな意地悪を言うなんて、ちょっと酷いんじゃない!」


 アイーシャの左右にキアリークとカフィが陣取って、ザラムを近づけないことに怒っているのかもしれないが、それは彼女のせいではないのだ。

 文句を言うアイーシャの前に、ザラムは自分の両手を遮るように突き出した。


「言っておきますが、神仕をお貸しできないのは、私の事情じゃありませんよ」

「だったら誰の事情よ?」


 アイーシャの問いかけに、ザラムは右手の人差し指を立てて、他ならぬアイーシャの方を指さす。




「…………え? 私?」

「そうです。正確には、タドミールさまの神仕のせいです。――――タドミールさまの神仕は、誰一人解放されていませんから」



「……………………へ?」



 アイーシャは、ちょっと間抜けな声をあげた。


(――――解放されていない? ――――って、なんで?)


「私は、私が死んだ(・・・)とき、ちゃんとみんなとの繋がりを切ったわよ!」


 仕える神のいない神仕など、なんの意味もない存在だ。

 だからアイーシャは自分が死ぬとき、神仕との絆だけはまちがいなく切ったのだ。

 そうすれば彼らは全員自由。他の神に仕えるなり、己の気の向くままにどこへとも行くなり、自分の意思でできるのだ。


(もっとも、私は私が生きていたときも彼らの自由を制限したことなんてないけれど)


 自分の神仕たちが解放されていないなんて、悪い冗談にしか思えない。

 アイーシャが、ムッとしてザラムを睨めば、彼は長い黒髪を揺らして首を左右に振った。


「切ったのは、タドミールさまから彼らに伸びていた繋がりでしょう?」


 そんなもの当然だ。

 アイーシャが切れるのは、彼女からのものだけ。神仕から神へ差し出されたものを切ることは、神仕自身にしかできない。




「……え? って、まさか!」

「そのまさかですよ。タドミールさまの神仕は、自分からタドミールさまへ伸ばした繋がりを誰一人手放していないのです」

「…………私は、死んだのよ?」

「それでも彼らはタドミールさまの宮から離れようとはしませんでした。どれほどの時間がかかろうとも、必ずタドミールさまが復活されると信じて、交替で眠りながら宮を守り、命を繋いでいます」


 アイーシャは、呆然とした。

 神仕は人間などに比べればとても強い一族だ。寿命が長く、神の加護を必要としない魔法を使えるが、神に仕えることを存在意義としているため、神から離れると途端に弱く(・・)なる。

 神が彼らに向ける感謝の念だけを頼りに生きているような存在が、主不在の宮を守っているだなんて!


「そんなこと、餓死を待つだけの緩慢な自殺と変わらないじゃない! なんで! なんで早くそれを私に教えてくれなかったの?」


 アイーシャはザラムに詰め寄る。


「タドミールさまは、ご自分を普通の『人間』なのだとおっしゃっておられましたから」


 静かな声で答えられたその言葉に……アイーシャは、ぐうの音も出なかった。

 たしかに普通の人間であるアイーシャが、神仕を必要とするはずもない。


「タドミールさまが人間だと主張しておられる限り、私からタドミールさまの神仕のことをお知らせするつもりはありませんでした。……ただ、今回タドミールさまは、人間でありながら空中饗宴を開催しようとなされています。その助力に我らの神仕の協力をお望みですが、いかに我らの命令とはいえ、この状況では、神仕の誰一人として『諾』と応える者はいないでしょう。タドミールさまの神仕を差し置いて、タドミールさまの感謝の念をいただくなど、できるはずがありませんから」


 淡々と説明するザラムの言葉の半分も、アイーシャの頭には入ってこなかった。



「――――私の神仕をここに呼んで!」



「タドミールさま?」

「いいから、呼びなさい! 早く! 急いで!!」


 怒鳴るアイーシャの肩に、キアが両手を置く。


「落ち着いて、ミール。そんなこと誰にもできるはずがないだろう?」

「キア!」

「僕だって無理だよ。ミールの神仕は、ミール以外の命令を聞くはずがないからね」


 アイーシャは、息をのんだ。

 絶望に顔を歪めて、首を左右に振る。


「そんな――――じゃあどうすればいいの? 私は『人間』なのに」


 人間に神仕が呼べるわけもない。

 キアリークは、困った顔で笑った。


「ミールはミールだろう? 普通に呼べると思うけど?」

「そんなはずはないわ!」


 アイーシャが即座に否定すると同時に、ザラムが「呼べますよ」と断言する。


「タドミールさまがタドミールさまである限り、人間だとか神だとかは、まったく些細なことでしかありませんから」

「……っていうか、この期に及んで、普通の『人間』? 人間が、どうやってキアリークさまと力比べをして引き分けにできるのですか?」


 心底呆れた声を出すのは、光の神マナラだ。


「そうそう。俺たちのことだって、顎で使っているくせに」


 口をとがらすのは、火の神フレイムで、他の神々も全員でうんうんと頷いている。


 いったい誰がいつ誰を顎で使ったと言うのか?

 いろいろ文句はあるが、今はそんな場合ではなかった。

 焦っていれば――――



「あのさ、アイーシャ。俺には神仕とかはさっぱりわからないけれど、でもアイーシャなら、なんとかできるんじゃないかって思うよ」


 なんとカフィまで、そう言った。


「でも!」

「俺は、タドミールなんていう神さまは知らない。俺が知っているのはアイーシャだけで、そのアイーシャならできるって思えるんだ。……俺の言葉は信じられないかな?」


 アイーシャは、目を見開いた。


「…………私が?」

「うん。アイーシャが」

「神仕を呼べるって、カフィさんは思うんですか?」

「できるさ! アイーシャは、俺の知る中で一番魅力的な女の子だからね。アイーシャに呼ばれたら、誰だって地の果てからでも駆けつけるに決まっている!」


 カフィは笑って「きっと」とつけ加えた。


 たしかに、カフィはタドミールだったときのアイーシャを知らない。

 出会ったときからずっと、カフィにとってアイーシャはアイーシャで――――そのアイーシャである彼女を、カフィは信じてくれるのだ。



(…………だったら、私は神仕を呼べるのかもしれないわ)



 自分では到底信じられないことだけど……でも、カフィの言うことなら、信じてみてもいいと、アイーシャは思う。

 見上げれば、カフィは、大きく「うん」と頷いた。


 一度頭を下げたアイーシャは、今度は真っ直ぐ前を向く。


「――――エング」


 エングは、タドミールに仕える一番古参の神仕だった。代々仕える一族の十代目で、他ならぬタドミール自身が名付け親になっている。


「――――パーン」


 パーンは、あまのじゃく。パーンの家系はマナラに仕える者ばかりで、当然彼もそうするだろうと思われていたのに、なんの気まぐれかタドミールに仕える道を選んだ。


「ティン、ジェル――――」


 ひとりひとり顔や性格を思い出しながら、アイーシャは名を呼び続ける。

 彼女に仕える者は、それほど多くなくて、だからこそ全員をハッキリと思い出せた。




「――――ナヌカ」


 最後に名前を呼んだのは、一番年若い神仕だ。毎日失敗ばかりして、みんなに怒られて、でもいつでも楽しそうに笑っていた。



「お願い! みんな、ここにきて!! 私の前に無事な顔を見せてちょうだい!」



 心の底から願った!

 目を閉じ、手を組み合わせ、祈っていれば――――



「我が主。お呼びをお待ちしておりました」



 声が、聞こえた。


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