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「なにかすみません。急に大勢で泊まることになってしまって、……大丈夫ですか?」
おそるおそるアイーシャが確認すれば、カフィの祖父は呆然としている。
「……神々が、八柱の神々が、私の家に泊まるだと?」
「いったいなにをどうすれば――――」
使用人のゼンもオロオロするばかりだった。
「あのっ! 特になにもする必要はありませんから!」
アイーシャは焦ってそう話す。
(そうよ。むしろなにもしてくれない方がずっといいわ。頼むからジッとしていてくださいってお願いしたら、聞いてもらえるかしら?)
心配しながら見ていれば、カフィが大きなため息をついた。
「落ち着けよ、じいさん。……たしかに、アイーシャも他のみんなも規格外の力を持っているけれど……だからこそ、特別なにかをしようなんて思う必要はないんじゃないかな? そんなものがいるような相手じゃないに決まっているだろう。だったら普通のもてなしで全然かまわないさ」
その通り! である。
さすが、カフィはわかっている。
なんなら、もてなし自体まったく必要ない。
神々は自分でほしいと思ったものは、自力で手に入れられる者ばかりなのだから。
「そうは言っても――――」
カフィの祖父は、まだ納得できないようだ。
どうしたらわかってもらえるのかと、アイーシャは考える。
「あ、そうだわ!」
ポン! と手を打った。
途端、周囲――――具体的には、キアリークを除いた神々に緊張が走る!
それには気づかぬアイーシャが、いい方法を思いつき早速実行に移そうと思ったのに――――、
「タドミールさま! なにを思いつかれたかわかりませんが、それはきっと止めた方がいいに違いありません!」
何故か、焦った様子でザラムが止めてきた。
アイーシャがなにをするのかわからないのに『止めた方がいい』というのは、どういうことだ?
「私もそう思います!」
「うんうん! タドミールさまの思いつきが平穏無事に終わった事なんてないもんな」
ザラムに賛成するのは、闇の神の配下である、ゼリムとマーウィ。彼らがザラムに賛成するのは当然の流れなので、あまり気にしなくてもいいと思うのだが。
「私も! 非常に不本意ですが、ザラムに賛成です。――――過去の例において、タドミールさまの『ポン』が出たときの被害は、目に余りますから」
そう言ってきたのは光の神マナラだった。
『ポン』ってなんだ? 『ポン』って!
アイーシャは、ムッとする。
(人を歩く破壊兵器みたいに言わないでほしいわ。…………まあ、たしかに歩く破壊神ではあったのだけど)
「そうそう、そのとおりです! タドミールさまのような最終兵器は、『ポンポン』でてきちゃいけません!」
――――リャーフの中でのアイーシャは、破壊兵器ではなく最終兵器だったらしかった。
しかも今度は『ポンポン』だ。
(ポンだとか、ポンポンだとか…………こいつらの私への印象、おかしくない?)
半眼になって、アイーシャはザラムたちを睨みつける。
「え~? 俺は好きだぜ、タドミールさまのハチャメチャな思いつき! こう『うぉぉっ!』ってなって『ひぇぇぇっ!!』ってなって『うわぁぁぁぁ~』ってなる感じが最高だよな!」
「フレイム――――あなたは、文章表現をもう一度勉強し直しなさい!」
思わずアイーシャは、怒鳴った。
(だいたい、ハチャメチャってなによ? …………ハチャメチャって)
アイーシャは、そこはかとなく傷ついてしまう。
(私だって落ちこむときは落ちこむのに)
ちょっと黄昏れていれば、体の左右から両方向に腕を引っ張られた。
「え?」
右腕を引いているのはキアリークで、左腕を引いているのはカフィだ。
「僕は好きだよ。ミールの『ポン』」
「そんなに気にする必要はないんじゃないのかな? アイーシャが規格外なのはよく知っているけれど、その根底にあるのはいつだって善意だ。そんなに悪い結果にはならないだろう」
二人は同時にそう言うと、ちょっと不機嫌そうに睨み合った。
そこに、もっと不機嫌な声がかかる。
「無責任な発言はお止めください! 私だって、好きでタドミールさまをお止めしているわけではありません!」
ザラムが眉間に青筋を立てていた。
「今回ばかりはザラムの言うとおりです。何か起こってからでは手遅れですから」
マナラも必死にそう言ってくる。
仲の悪いザラムをキアリークに逆らってまで庇うなんて、マナラの覚悟は相当だ。
(私って、そこまでのことをしていたの? 全然まったく身に覚えが無いんだけど)
「ザラムもマナラも酷いわ! そりゃあ、ちょっと力加減を間違えて、魔獣や神獣を全滅させかけたり、なんなら世界そのものを壊しかけちゃったりしたことも何度かあるけれど……みんなその程度で済んでいるでしょう? 失敗して『私』の力でも取り返しがつかなくなるようなことは、していなかったはずよ!」
アイーシャが断固として抗議すれば、全員から残念な子を見るような視線を向けられた。
キアリークやカフィの顔も、なんだか引き攣っている。
「…………とりあえず、何をするつもりなのかミールに聞いてみてからでいいんじゃないのかな?」
キアリークはそう言いだした。
どことなく自信なさそうな言い方なのが、アイーシャは気に入らない。
「そ、そうだよな! 確認は大切だよな」
カフィも、どうしてどもっているのだろう?
アイーシャが二人をジトッと睨めば、二人共に視線を逸らせた。
(まあでも、考えを説明するくらいはいいのかもしれないわ)
そう思ったアイーシャは、口を開く。
「あのね、まず断っておくけれど――――私は、そんなに特別なことをしようとしているわけじゃないわよ? 私は普通の人間なんですもの。しかも加護なしで大したことはできないんだから、そもそも私のやることを警戒すること自体がおかしいでしょう?」
これだけは、言っておかなければならない。
以前に比べ取るに足らないくらいの力しか無いアイーシャを、ザラムもマナラも他の神々も警戒しすぎである。
その点を強く主張してから、アイーシャは自分が何をしようとしているのか説明した。
「――――とりあえず、今問題になっているのは、カフィさんのおじいさまが、私たちを過剰にもてなそうとしていることよね? だったら、そんなことを考えることが、どんなに不毛なことかわかってもらえばいいのよ。一生懸命頑張ってもてなしても、到底敵わないってレベルのおもてなしを見せてあげれば、カフィさんのおじいさまは諦めると思うわ」
「…………到底敵わないレベルのおもてなしって?」
キアがコテンと首を傾げて聞いてくる。
相変わらずの可愛らしさに、思わず笑みがこぼれた。
「空中饗宴を開いてみせたらいいんじゃないかしら?」
アイーシャは、自信満々にそう言った。