4 旅は道連れ1
翌日アイーシャは、命令通り馬に変じたザラムに乗って、一路シャルディを目指した。
幸いにして天候にも恵まれ、馬上の気分は爽快だ。
「――――おいおい坊主、ずいぶん立派な馬だな。そんな小さいのに親御さんはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「子供のひとり旅は危険だぞ。そうだ! よければ俺が一緒に行ってやろう」
「……お断りします」
先ほどから払っても払っても湧いてくる有象無象がいなければの話だが。
今日のアイーシャは、貴族令嬢として手入れを欠かさなかった艶やかな長い銀髪を無造作にハンチング帽に隠し、カジュアルなシャツと乗馬ズボン、革のロングブーツという出で立ちだ。十五歳にしては小柄で発達途上の体型もあって、性別を間違えられるのは仕方ない。
(っていうか、むしろ間違ってもらえるようにわざとこの格好なんだけど)
貴族はともかく庶民では、加護をもらえる=成人ととらえる傾向が強く、神事を終えたアイーシャくらいの年齢の少年が、ひとり旅をすることは特に珍しいことではない……はずだ。
なのに、どうしてこんなに話しかけられているのだろう?
しかも胡散臭い人間ばかりに。
『……その「ひとり旅が珍しくない」という、いかにもな嘘情報はどこから得たものなのですか?』
馬に変化しているザラムが、失礼な思念を送ってきた。
『嘘情報ではないわよ。少なくとも伯爵家の図書室で読んだ冒険小説のヒーローは、みんな加護をもらえると同時にひとりで旅立っていたもの』
当然アイーシャも思念で返事をする。
ひとり言を呟くおかしな人間だと思われたくないのだから仕方ない。
カポカポとリズムよく歩いていたザラムの歩調が、ちょっと乱れた。
『冒険小説のヒーローは、普通の人間ではないのではないですか?』
言われてみれば、そうかもしれない。
しかし、物語として普及しているからには、そうそう変わった行動でもないだろう。
『大丈夫よ。少し普通ではないとしても、まったくないことでもないと思うから』
『……はあ』
返事なのか、ため息なのか、わからない思念が返ってきた。
「おい! 小僧、無視するんじゃねぇ。この俺がさっきから親切に話しかけてやっているってのに」
「そうだそうだ。兄貴が優しいからって図に乗っているんじゃねぇぞ!」
誰もそんなこと頼んでいないし、図に乗っているわけでもない。
無視していたら、先ほどからしつこくアイーシャに話しかけてきていた二人組が、キャンキャンと騒ぎ出した。
どうやら二人は兄弟らしい。
「私、さっきお断りしますと、はっきり言いましたよね?」
「なんだぁ? 俺の好意を無下にするってのか?」
「兄貴、こんな恩知らずちょっと懲らしめてやりましょうぜ。そんでもって、この見るからに立派そうな黒馬をいただきやしょう!」
兄弟はそんなことまで言いだした。
……やはり彼らの目的は、ザラムの変じた黒馬のようだ。
『ザラムったら、もう少しみすぼらしい馬に変化すればよかったのに。いらないトラブルを呼んでいるじゃない』
毛並みはつやつや、体格も立派な黒馬に文句を言う。
『そんな! ただでさえ馬などに身をやつしていますのに、この上、もっとみすぼらしいなどと、いくらなんでもあんまりです!』
ザラムはヒヒンと鳴いて抗議した。
それでもいいからとついてきたのは誰だと問い詰めたい。
(仕方ないわ。うっとうしい男たちから離れるために少しスピードをあげようかしら?)
もちろん走るのはザラムだ。彼が本気を出して走れば、二人組の乗っている貧相な駄馬がついてこられるはずがない。
そんなことをせずに、アイーシャ自身の力で叩きのめしてもいいのだが……ちょっとイライラが溜まっているためやりすぎないという自信がなかった。
「ザラム――――」
そう思い、『走れ』という指示を出そうとしたところで、横から声がかかる。
「やあ、俺の弟に何か用かな?」
振り向けばそこにはひとりの青年がいた。
彼は、ザラムより少し体格は劣るものの立派な芦毛の馬に乗っている。少し癖のある肩までの赤髪に深い緑の瞳。ものすごく整った顔をしているのに、人の好さそうな笑顔を浮かべているため、ずいぶん親しみやすく感じる若者だ。
年のころは二十歳前後。騎士や聖職者というには軽装なので旅の商人だろうか?
馬には大きな荷物が括りつけてあり、腰には長剣を佩いている。
(なんだか、とらえどころのない男ね)
アイーシャは、そう思う。
青年は、笑いながら馬を寄せてきた。
「まったくお前は、いくら自分の馬の方が速いからって兄貴をおいて先に行くなよな。追いつくのに苦労したぞ」
目配せをしてくるのは、さしずめ「話を合わせろ」というところか?
特に必要性も感じなかったのだが、面白そうだったのでその設定に乗ることにした。
「ごめん、兄さん。ザラムの乗り心地があんまりよかったものだから、つい、ね」
てへっという感じで舌を出す。ついでに可愛さ全開の笑顔もつけてやった。
青年の緑の目が少し見開かれ、言いがかりをつけてきた男二人の顔がなぜか赤くなる。
「そ、そうか。ともかく無事でよかった。この辺りには親切そうに近づいてきて馬や荷物を奪うという、質の悪い盗賊が出るそうだから心配したんだぞ」
青年の言葉を聞いた男二人が、ギクリと体を震わせた。
アイーシャはクスリと笑ってザラムの首をポンポンと叩く。
「へぇ? でも僕なら大丈夫だよ。そういう悪い奴らはこのザラムがみんな蹴飛ばしてくれるからね。こいつは本当に賢いんだ。悪人かどうかなんてすぐにわかるんだよ」
ザラムは馬らしく「ヒヒン!」と鳴いてみせた。次いでジロリと二人組の男を睨みつける。
赤髪の青年は、考えこむように首を傾げた。
「……ひょっとして、ここにくるまでの街道に点々と転がっていた破落戸どもは、その馬――――ザラムの仕業なのか? 情け容赦のない痛めつけっぷりだったけど」
二人組の男は、今度は顔色を青くする。
「うん。そうだよ」
アイーシャは、あっけらかんと頷いた。