45 神の祟り7
これでもう、カフィの祖父は大丈夫だろう。
今のキアリークならば、他に影響が出るほど感情を揺らすことはないはずだ。
「キア、またこの場所を元通りにしてくれる?」
「お安いご用だよ。……あと、僕のせいで死にかけた人にも謝りたいな」
(ああ! 私の半神ったら、なんていい子なの!)
キアリークの言葉を素直に受け取ったアイーシャは、満面の笑みを浮かべた。
「もちろん、今紹介するわね!」
キアリークが周囲を元に戻す間に、アイーシャはカフィたちのところへ駆けつける。
「アイーシャ!」
神々が彼らを守っていた結界を解くと同時に、カフィもアイーシャの方へ走ってきた。
両肩に手を置かれ、顔を覗きこまれる。
「アイーシャ、今いったい何があったんだ? ――――ザラムが喋ったかと思ったら急に人の姿になって、他にも次々に人が現れて、透明な壁に閉じこめられたと思ったら、ものすごい力が爆発した。そのうちに何も見えなくなって――――まるで白昼夢でも見ているようだったよ! ああ、でもアイーシャ、君が無事でよかった!」
次から次へと疑問を溢れさせたカフィは、最後にはそう言ってアイーシャをギュッと抱きしめた。
(ああ、やっぱりカフィさんは優しい人だわ)
そう思ったアイーシャは、心から安堵する。
「心配かけてすみません。でも、もう大丈夫です。おじいさまも、もう心配いりませんよ。これからは急に容態が悪化するなんてことはなくなるはずです」
アイーシャの言葉を聞いたカフィは、目を見開いた。
「本当かい?」
「はい」
「そうか。理由はあとでゆっくり聞かせてもらいたいけど、とりあえずよかったよ。……じいさん、聞いたかい?」
喜色満面で背後の祖父を振り返ったカフィは、ポカンと口を開ける。
「…………じいさん。なにをしているんだ?」
そこには、地面に膝をつき深く頭を下げている祖父と、その使用人のゼンがいた。
「八柱の神々とお見受けいたします。ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」
カフィの祖父は、顔を上げないままでそう話す。
さすが年の功と言うべきなのだろうか、彼は目の前の存在が神々だと気がついたようだった。
(え? でも、今『八柱』って言ったわよね?)
現在、人間の世界で信じられている神は全部で七柱。破壊神は、忘れ去られているはずだ。
「じいさん? なにを言っているんだ? 神々って、そりゃあすごい力の爆発だったけど、いくらなんでも神はないだろう? 神なんて、一生に一度会えればラッキーって存在なんだぞ。…………それに八柱って、神は七柱じゃないのか?」
「カフィ、お前も旅に出てなかなかしっかりしてきたと思っていたが、やはり、まだまだ若いな。これだけの力を見せられて、その本質に気がつかないとは。それに神々は、はるか昔から八柱と決まっている。他の誰が忘れても、『我が一族』だけは彼の神を忘れることは許されんのだ」
カフィの祖父は、顔を上げ厳しい表情で孫を見つめる。
「――――やはり、イーヴァ帝国はあの男の一族の国だったんだな」
その瞬間、低い声が聞こえてきた。
「キア?」
声の主はキアリークで、可愛らしい少年の顔が、険しく顰められている。
「創造神さま!」
キアリークを間近でみたカフィの祖父は、すぐに地面に平伏した。
「え?」
カフィは呆気にとられる。
「お前は――――そうか。僕の加護を少し多めに受けたのだな。ミールが僕に感情を揺らすなと言ったのはそのせいか……すまなかったな」
キアリークの言葉を聞いたカフィの祖父は、弾かれたように顔を上げた。
「そんな! 私などに創造神さまがお謝りになられることなどありません!」
「迷惑をかけたのだから謝るのは当然だろう。――――そうしなければ、ミールに怒られてしまうしね」
(キアったら、やっぱりとってもいい子だわ)
アイーシャは、内心鼻高々になった。
「さすが、私の半神ね」
「ありがとう。ミール、もっと褒めて」
そう言いながら差し出してくるキアリークの頭を、アイーシャはヨシヨシと撫でてやる。
「…………これが創造神?」
カフィの言葉は、思いっきり疑い深そうだった。心の中で『嘘だろう?』とか呟いているに違いない。
「カフィ! お前はなにを突っ立っている! 早く頭を下げんか!」
そんな孫の態度を祖父が咎めた。
「別にかまわないよ。――――彼はミールの友人のようだしね」
妙に「友人」という言葉に力を入れたキアリークが、カフィの祖父を窘める。
(うんうん。心も広いとか最高よね)
アイーシャは、撫でる手を止めないままキアリークに微笑んだ。
「キアは優しい、いい子ね」
「僕は、ミールに撫でてもらえていれば、大概のことは我慢できるよ」
だったら、もっとたくさん撫でてやろう。
そう思ったアイーシャは、ガシガシガシとキアの頭を撫でる。
カフィの祖父は、そんなアイーシャに尊敬の目を向けてきた。
「…………やはり、あなたさまが喪われた神――――破壊神さまなのですね」
「え?」
カフィがポカンと口を開ける。
祖父のアイーシャを見る目は揺るぎなく、彼女はそれを少し小気味よく思った。
しかし、首は横に振る。
「私は、普通の人間です」
「普通の人間に、創造神さまを撫で回すなんてことができるはずがありません」
別にそうとも限らないだろうと、アイーシャは思う。なのに――――、
「そうですとも! 普通の神にだって、不可能ですよ!」
なぜかザラムまでそんなことを言いだした。
「それはあなたがヘタレなせいでしょう?」
「グッ! ……違います! その証拠に、マナラだって他の神々だって誰ひとりできませんから!」
できないことをそんなに偉そうに言うのはいかがなものだろう?
「本当なの?」
チラリと目をやれば、五柱の神々はみんな一緒に首を縦に振った。
揃いも揃ってヘタレ揃いである。
「こんなに手触りがよくて、気持ちいいのにね?」
「僕も最高に気持ちいいよ。……まあ、ミール以外に撫でられても、こんな気持ちには絶対ならないと思うけどね」
(それは、私の撫で方が特別に上手いということかしら?)
そう思えば気分がいい。アイーシャは、フフフと笑った。
「もう、キアは褒め上手ね」
「僕は、ミールしか褒めないよ」
なんだか、はるか昔に帰ったような気がした。
永遠に続く時の流れの中で、タドミールとキアリークはこんな風に穏やかに語り合っていた。
すごく懐かしくて、ちょっとだけ切ない。
「申し訳ございませんでした!」
感傷に浸っていれば、カフィの祖父の大きな声がした。
びっくりして視線を向ければ、地面に膝を着いていた彼は、いつの間にか両手を揃えて着いて、額まで土にこすりつけている。
「いったいどうしたんですか?」
呆気にとられて質問すれば、カフィの祖父は頭を下げたままで答えた。
「我が一族は、神殺しの子孫なのです」
「え?」
「はるかな昔、至高の神の一柱である破壊神さまが喪われる原因となったのは、我々の祖先のせいなのです!」
そう言った。