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42 神の祟り4

 それからしばらくして――――。

 小さな嗚咽が聞こえてきた。


「うっ…………うっ…………ミール」


 相変わらず泣き虫な半神である。

 ミールというのは、タドミールの愛称で、キアリークだけが呼んでいたかつてのアイーシャの呼び名だ。


「どうしてあなたが泣いているのよ?」

「だって、だって…………ミールがいない」


 自分で殺しておいて、勝手な言い草である。

 アイーシャは、大きなため息をついた。


「う、うっ、うぇっっく! …………」


 泣き声が大きくなる。

 やがて、アイーシャの前に小さな光が輝きはじめた。


(来る!)


 そう思ったアイーシャは、ザラムとマナラに目配せする。

 二神は、顔色を悪くしながらもコクリと頷いた。

 その間にも、光は徐々に輝きを増してくる。どんどんどんどん、際限なく光度は上がった。

 マナラが光を抑えようとし、ザラムが闇を放とうとするが、二神の力は膨れ上がる光に到底及ばない。


「……くっ、タドミールさま!」


 ついにザラムが悲鳴を上げた。


「お願いします!」


 マナラまで必死の視線を向けてくる。

 ザラムはともかくマナラは創造神の眷属のくせに、なんとも情けない有り様である。

 ちょっと放って鍛え直してやろうかと思ったが……そう言えばマナラはカフィたちを守っていたのだなと気がついて、止めにした。


(仕方ないわねぇ)


「キア、それ以上光ったら、私があなたを見られなくなるわ」


 本当は余裕で見えるのだが、アイーシャはそんなことを言ってみる。

 とたん、光度がガクンと下がった。

 直前までの眩しさのせいで薄暗く見える世界の中で、光がカチカチと点滅する。

 次の瞬間、ドン! と、空気が爆発した!

 衝撃波が光を中心に広がって、その波がザラムたち六柱の神の結界にぶつかりはじき返される!

 渦を巻いた衝撃波は、滅茶苦茶に荒れ狂った。

 ゴォ~ゴォ~と吹き荒れる風の中で、アイーシャの髪が空を舞う。


「ああ、もう滅茶苦茶じゃない。櫛はある? 髪をとかしたいんだけど」


 アイーシャがそう言って手を差し伸べれば、強風がパタリと止まった。

 いつの間にか眩い光は消えていて、そこにはアイーシャと同じくらいの歳の少年がいる。

 白い髪に黒い瞳。

 すんなり伸びた手足と少し細い体。

 子どもから大人へ変わる少年期特有の雰囲気を纏わせたものすごい美少年が、ボロボロと泣きながらアイーシャを見ていた。


「なに? その姿」


 呆れながらアイーシャは問う。

 そう言えばキアリークは、タドミールの姿に自分を合わせて変えるのが好きだった。

 タドミールが妙齢な女性になれば、美青年に。

 老婆になれば老紳士に。

 幼児になれば可愛いショタにと、クルクルと姿を変えていたものだ。


(鳳凰になって一緒に空を飛んだこともあったし、海竜になって海中散歩を楽しんだこともあったわね)


 であれば、この美少年の姿も今のアイーシャに合わせたということなのか。

 相変わらず彼の中心は『タドミール』なのだ。

 その事実を、思い知る。


「ミール」


 少年が呟いた。

 アイーシャは、きっと困ったような笑みを浮かべているだろう。


「あなたがそう呼んでいた『私』は死んだのよ」


 キアリークの可愛い顔が、絶望に歪む。


「今の私は、アイーシャという名の平凡な人間なの。それでもいいなら櫛を貸してくれる?」


 創造神は、キョトンとした顔をした。




「……平凡」

「…………平凡?」

「平凡ってなんだ?」


 似たような呟きが、六柱の神々から次々に漏れる。

 ギロリと睨みつければ、彼らはピタリと口を閉じた。

 視線を外した隙に、どこからか赤い櫛を取り出したキアリークが、アイーシャの背後に立っている。


「僕が梳かしてあげる」


 それは手間が省けた。


「ありがとう。椅子と鏡もほしいわね」


 たちまち頼んだ二つが現れる。

 トンと腰かけたアイーシャは、鏡越しに後ろのキアリークを見つめた。


「こうして髪を梳かしてもらうのは久しぶりだわ」

「……前の黒髪の方がよかったのに」

「そう? 私はこの銀髪も好きよ。あなたの白に近いもの」


 アイーシャの言葉を聞いたキアリークは、頬をほんのり赤く染める。


「あ、風で倒れた植物もちゃんと元通りにしてね」


 アイーシャが言い終わらないうちに、果樹園はいきいきと蘇った。

 ところどころめくれ上がった大地も平らになり、吹き飛んで跡形もなくなっていた岩石も元の場所に戻っている。

 なんなら雑草や苔まで元通りに生えていて、なにごともなかったかのような風景がそこには広がっていた。


 相変わらず創造神の力は素晴らしい。

 無から有を生み出すことも、生み出したものをさらに成長させることも、全ては彼の思いのまま。

 アイーシャの髪も、みるみるうちに綺麗に整えられていった。

 もっともこちらは神の力でもなんでもなく、単純にキアリークが器用なだけだ。


「ありがとう。あと、極度に怒ったり泣いたりするのは止めなさいね」


 何気なく言ったつもりだったが、キアリークの綺麗な顔からは表情がストンと抜けおちる。

 アイーシャは立ち上がり、クルリと後ろを振り返った。


「あなたが感情を大きく揺らせば、あなたの加護を多く受けた者は、その度に死にかけてしまうのよ。普通の感情の変化くらいならそこまで影響はないはずだから、泣くなとは言わないけれど、ギャン泣きは止めなさい」


 腰に手を当て言い聞かせれば、キアリークはギュッと拳を握った。


「僕が感情を揺らすのは、誰のせいだと――――」

「あなたのせいよ!」


 キッパリ言ってやる。

 キアリークは、アイーシャを睨みつけてきた。

 せっかく元通りになった大地がグラグラと揺らいで、ボコボコと土が盛り上がる。

 ザラムたちが焦るが、アイーシャはビクともしなかった。




「あなたが『私』を殺したのでしょう?」


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