41 神の祟り3
突如喋り出した馬に驚くカフィ。
しかし、今は説明している暇がなかった。
「そのつもりよ」
アイーシャの返事を聞いて、ザラムが焦る。
「ひぇぇぇっ~! お、お待ちください! 今! 今すぐに私以外の五柱を呼んで結界を張りますから!!」
「そんな必要はないわ」
「あります! タドミールさまとあの方が対峙して、世界に影響が出ないはずなどありませんから!」
ザラムはなにを言っているのだろう?
アイーシャが神だった昔ならともかく、今の彼女は間違いなく人間だ。
(たしかにあの子は規格外だけど、人間の私に対して大きな力なんて使うはずないわ)
せいぜい『メテオ』か『ハザード』くらいのものだろう。
どちらも多少強めの攻撃魔法だが、その程度のものなら余裕で封じられる。
それに、アイーシャはあの子――――創造神と、ケンカするつもりなんて毛頭なかった。
ちょっと叱ってカフィの祖父への影響をなくさせるだけ。
(たいしたことじゃないわよね?)
本当にいらないと思っているのに、いざという時に実行力のあるザラムは、あっという間に馬から本体の神の姿になり大声を張り上げた。
カフィと彼の祖父、そしてゼンが目を瞠る。
「ゼリム! マーウィ!」
ゼリムは大地の神でマーウィは水の神。どちらも闇の神ザラムの配下だ。
「マナラ! リャーフ! フレイム!」
マナラは光の神で創造神の眷属。リャーフは風の神でフレイムは火の神、どちらも光の神の配下だ。
「呆れた。本当に全員集合させるのね?」
「当たり前です!」
アイーシャが肩をすくめれば、ザラムは目をつり上げて怒鳴った。
「早く来い!!!!!」
あまりの大声に耳を塞げば、その場に五つの光が弾ける。
「タドミールさま! タドミールさま! タドミールさまぁ!」
「へ? タ、タドミールさま!! ハハァ~!」
最初にアイーシャの名を連呼したのはゼリムで、マーウィは一声叫んだきり地面に土下座した。
「うるさい! ザラム、軽々しく私の名を呼ぶな――――へっ!」
「なんで闇の神が俺を呼ぶんだ――――え?」
「…………ム?」
不機嫌そうに現れたのはマナラとリャーフとフレイムで、しかし三柱の神はアイーシャを見た途端、これでもかと目を見開く。
直後、バッ! と同時に後ろに飛び退いて、同じタイミングで跪いた。
「ご、御前とは存じ上げず、申し訳ございません!」
「ど、どうか、お許しを!!」
「…………グ、グゥェッ!」
ブルブルと震えながら顔を伏せてしまう。
――――なぜかひどく怯えられていた。
(出会い頭に謝られるなんて、いったい彼らは私をなんだと思っているのかしら?)
ムッとしながらアイーシャは、口を開いた。
「失礼ね。取って食べたりしないわよ」
「ど、どうか、食べるのだけはご勘弁を!!」
三柱の神は声を揃えてそう叫ぶ。
食べないと言っているのに失礼な奴らである。
「謝罪は後です! これからタドミールさまはあのお方をここに呼ばれるのだそうです! 全員一致団結! 世界を滅亡から救いますよ!!」
ザラムがキリリとして命令した。
(…………いや、世界滅亡とか、わけがわからないから)
なんでそんな話になっているのだろう?
首をひねるアイーシャとは違い、あうんの呼吸で理解し合った神々は即座に臨戦態勢に入った。
「非常事態だ! 仕方ない指揮はザラムに譲る!」
マナラの言葉に、リャーフもフレイムも頷く。
「当然だ! ――――マナラ、お前はそこの人間たちの守護をしろ! 甚だ不本意だが、その若い男はタドミールさまのお気に入りだ。他の二人もその男の縁者だから、絶対怪我させるなよ!」
カフィと祖父、ゼンを指さしてザラムは命令する。
「ゲッ! タドミールさまのお気に入りのお守りだなんて、一番面倒な仕事じゃないか!」
「だからお前に頼むんだ! 失敗するなよ!!」
ザラムにそう言われたマナラは、顔をしかめながらもカフィたちの前に立ち、複雑な結界を張りはじめた。
「いったい? これは……どうなっているんだ?」
急に様々なことが起こり、状況についていけないのだろう。カフィは混乱しきった声をあげる。
しかし、無情にもマナラはその声ごとカフィたちを結界に閉じこめた。
透明な結界のため姿は見えるのだが、音は全て遮断されている。
結界内で慌てたカフィが、ドンドンと見えない壁を叩いた。
口が『アイーシャ』と動いて、呼んでいるのがわかる。
「カフィさん、ごめんなさい。少しの間そこにいてください」
それが一番いい方法だ。
アイーシャ的には、ここまで大事にする必要性を感じないのだが……たしかに転ばぬ先の杖、用心に越したことはないのかもしれない。
「他の神々は私と一緒にこの場を世界から隔離します! 中でなにが起こっても大丈夫なように全力で当たりなさい!」
ザラムの言葉を聞いた神々の体が眩い光を発しはじめた。
みな、全身全霊の力を振り絞っているのがよくわかる。
(……でも、いくらなんでもやり過ぎじゃないかしら?)
ザラムの心配性にも困ったものである。
しかし、おかげで舞台は整った。
ここまでしてくれたなら、多少強引な手段をとってもよさそうだ。
アイーシャの口角が、ニヤリと上がる。
「タ、タドミールさま! 怖い! 怖い! 怖い!! お顔が怖くなっています!」
ザラムが情けない悲鳴を上げた。
十五歳の可憐な乙女に対し、なんとも失礼な指摘である。
「お願いですから、抑えてください! 私たちの力にも限度がありますから!」
「神のくせになに情けないことを言っているのよ。私は人間なのよ」
「どの口がそれを言いますか!?」
もちろんアイーシャの口である。
いろいろ言ってやりたいが、今はそれよりやらなければならないことがある。
アイーシャは、静かに目を瞑った。
まぶたの裏に、懐かしいあの子の姿を思い浮かべる。
最後に見た泣き出しそうな顔でアイーシャを睨むあの子に手を差し伸べた。
「バカね。あなたは私に勝ったのに、なんでそんな顔をしているのよ。――――さっさと会いにきなさい、キア!」
キアとは、『創造神キアリーク』の愛称で、アイーシャだけの呼び名である。
アイーシャの声は、空気を震わせ、音となって……消えた。