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34 イーヴァ帝国1

 北の大国イーヴァ帝国は自然豊かな国だ。

 長い海岸線と高い山脈から滔々と流れるふたつの大河に添って広がる大平野。

 山脈の麓には深い森と大きな湖が点在し、海の幸にも山の幸にも恵まれている。

 国土の十分の一は永久凍土で人は住めないが、それを補って余り有る豊かな大地が十分にあるため国民の満足度は高かった。


(人々の表情が総じて明るいもの。いい国なんだわ)


 キョロキョロと周囲を見回しながらアイーシャは、イーヴァ帝国の雰囲気を感じとっている。


 この国の国境を越えたのは五日前。

 順調に旅を続けた彼女たちは、カフィの祖父が住むというイーヴァ帝国の首都ミナモに着いたところだ。道中の街道も整備されていたし、宿屋も清潔で気持ちのいい宿ばかり。生活水準の高さがうかがわれるこの国をアイーシャはすっかり気に入った。


「ステキなところですね」

「気に入ってもらえたなら嬉しいよ。ノーティス王国の首都のような華やかさはないけれど、その分おおらかで気のいい住人が多いんだよ。物価だってノーティスの半分くらいさ」


 それは重要ポイントだ。

 アイーシャは、ますますミナモが好きになる。


 とはいえ、アイーシャは特にお金に困っているわけではなかった。ここにくるまでの道中で冒険者としての依頼を順調に達成してきた彼女の懐は、多少豪遊しても大丈夫なくらいには潤っている。

 ちなみに達成手段も、今では限りなく普通(・・)の冒険者っぽくなっていた。


 あれからアイーシャは、鳳凰ではなく極楽鳥を呼び寄せる()をマスターしたし、魚を捕る際も湖全体ではなく一匹の魚だけを小さな雷魔法でピンポイントに感電(・・)させられるようになったのだ。



「……どうしてそっちの方に努力したのかな?」


 なぜかカフィは、頭を抱えて唸っていたが。

 …………努力したことは認めてもらえたので、まあいいだろう。


 最近の依頼で注意されたのは、(ツノ)ネズミの角の収集くらい。

 その際、運悪く出会った魔狼の群れを「お座り(・・・)」の一言で従えてしまったのが、いけなかったらしい。

 ついでだったので、魔狼に命じて角ネズミも狩ってもらった。

 我も我もと貢ごうとしてくるので叱りつけた(・・・・・)ら、それもダメだと言われてしまったのには…………ちょっと納得いかない。


(本当に普通(・・)の人間って難しいわね)


 まあこれは一歩一歩努力していくしかないのだろう。

 そうすれば、いつかきっと常識(・・)を弁えた普通(・・)の人間になれるはず!


 同意を求めたザラムには目を逸らされてしまったのだが、元々アイーシャは人間なのだ! きっといずれは完璧な普通(・・)の人間になれるに違いない!


 思い出しながら歩いていたアイーシャとカフィは、いつの間にかミナモの中心街にさしかかっていた。

 目の前に開けた広い街路の両脇には大きく立派な建物が建ち並び、馬車や騎馬、徒歩の人通りが多くなっている。


 以前カフィが自分の赤髪と緑の目をイーヴァ人っぽいと言っていたが、本当にそのとおりで道行く人々の七割ほどは赤髪緑目だった。

 あとは獣人やエルフ、ドワーフなどの人間以外の種族も普通に混じっている。


 肩を並べ、胸をはり、笑いながら会話する姿を見れば、この国に獣人などの亜人を蔑む風習がないことがよくわかる。


(やっぱりいい国だわ)


 改めて感じていれば、カフィが話しかけてきた。


「そこの(かど)を曲がると俺の()が見えてくるんだ。祖父の家はそこから一キロくらい先なんだけど、先に実家で帰国の挨拶だけしてもかまわないかな?」

「はい、大丈夫です。……でも、帰国の挨拶だけでいいんですか?」


 カフィは三年半前に旅立ったきり実家には一度も帰っていなかったのだそうだ。それだけ長く家を空けていれば積もる話もあるのではないだろうか?


「かまわないさ。今回俺が顔を出すのは予定外で、元々当分帰るつもりはなかったんだ。誰も俺が長居するなんて思っていないさ」


 そんなものなのだろうか?

 首をひねっている間に、先ほどカフィが指さした角を曲がる。


 目の前に飛びこんできたのは、高い城壁に囲まれたいくつもの建造物だった。

 いくつあるのか数えるのも嫌になるほど延々と窓が続く大きな建物や、天を突くかのごとき高い尖塔、かと思えば樹木の立ち並ぶ小さな森までが壁の中に見える。



「あれが俺の()だよ」



 カフィは、なんでもなさそうにそう言った。

 指さす先は間違いなく壁に囲まれた建物だ。


「たしかに無駄に広そうですね。……あ、広いって言ったのはおじいさまの家でしたでしょうか?」


 アイーシャは、記憶を辿って首を傾げる。


「…………うん。祖父の家はこの倍くらいはあるかな?」


 たしかにそれは広そうだ。

 まあ、人間の家にしては……ということだが。


『フン、人が住むにしてはまあまあの広さというところでしょうか』


 ザラムの感想も、アイーシャと似たり寄ったりだ。

 神々の家と比べちゃダメよねと思いながら眺めていれば、突如カフィが笑い出した。



「ハハハ、やっぱり全然動じないね。思ったとおりだ。……ようこそアイーシャ俺の家――――イーヴァ帝国王城(・・)へ」


 カフィは、とても嬉しそう。


「…………王城?」


 王城といえば、その国の王さまが住むところだ。

 いや、イーヴァは帝国だから、帝王の住処ということだろうか?

 アイーシャは、少し考えこむ。


 ――――イーヴァ帝国は、元々は三つの国だった。

 北の山脈を中心に王政を敷いた山岳民族の国と、南部の肥沃な大地に根ざした農耕民族の国。そして二つの国の祖だと言われている中央の草原に暮らす遊牧民の国が集まって帝国となった。


 山と農地、草原で別々の国を築いていた人々が、ひとつの国家を成したきっかけは、ノーティス王国の侵攻。

 豊かな南の農地を狙った隣国に、元は同一民族だった三国は一致団結して抗戦したのだ。


 戦いが起こればそこには英雄が生まれる。

 三国をまとめ率いたのは遊牧民の長で、見事ノーティスに勝利した長は、そのまま請われて彼らの帝王となったのだと聞いている。


(たしか、百年くらい前の話だと思ったけど? それとも二百年だったかしら?)


 百年も二百年も三百年も大きな違いはないため、その辺の記憶は定かではない。




「――――ということは、カフィさんは遊牧民の血を引いているのですね。どうりで()の扱いがうま(・・)いと思いました」


 …………けっして、オヤジギャグを言おうとしたわけではない。

 なのに、カフィはプッと吹き出した。


「ああ、やっぱりアイーシャだ。今まで王族だってことをカミングアウトして、馬の扱いを褒められたことはないよ」


 ハハ、アハハ、と、カフィは笑い続ける。

 アイーシャは、途方に暮れた。


 いったいなにがカフィの笑いの壺に入ったのかわからない。


「カフィさん?」

「ああ、ごめん。あんまり嬉しかったから。たぶんアイーシャなら大丈夫だと思っていたけれど、もしも俺が王族だってことで態度を変えられたらとどうしようかって、かなり心配していたんだ。……ホント、こんなに嬉しいだなんて……俺は思っていたよりずっとアイーシャが好き(・・)だったらしい」


 真正面から「好き」と言われて、アイーシャはちょっとドキッとする。

 急にザラムの『未婚の人間の男――――』うんぬんの話が頭によみがえった。


(いやいやいや、そんなはずないから!)


 心の中で頭を横に振っていれば、ザラムが物騒なことを言いはじめる。


『……やはり、この男は危険です。タドミールさま、排除してもいいですか?』

『ダメに決まっているでしょう! カフィの『好き』は、幼い子どもに対する親愛の『好き』よ。そのくらい許容しなさい』


 叱りつければ、ザラムは不服そうに尾を振った。

 そう。カフィの好意は庇護すべき子ども(・・・)へのものに決まっている。


「ありがとうございます。私も好きですよ」


 だから笑ってそう返したのだが、カフィはちょっと顔を顰めた。


「カフィさん?」

「うん。ああ……なんだろう? ちょっと変な気分なんだ。君に『好き』と言ってもらえて嬉しいのに、なにかが違うような気がして?」


 カフィ自身、自分で話していてもよくわからないようだ。

 本人がわからないのに、他人のアイーシャがわかるはずもない。

 神だったころならわかったのかもしれないが……今の人間の彼女では無理な話。


「なにが違うんでしょうね?」

「なんだろうな?」


 二人で、首を傾げながら道を進んだ。


 ブルルと呆れたように鼻を鳴らしたザラムが、長い首を伸ばしカフィの髪に噛みつこうとする。

 それを防いでいるうちに、立派な城門へ着いた。


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