33 冒険の日々3
そんなやりとりをアイーシャが思い出している間も、カフィは話し続けていた。
「聞いているかい? ――――帽子の羽根飾りを集める依頼で、極楽鳥がいなかったからといって鳳凰を呼ぶ人はいないし、魚を捕る依頼で釣るのが面倒だからと湖に雷魔法を落とす人もいないんだよ!」
アイーシャは目を丸くする。
『本当なの? ザラム』
『此奴の言葉を認めるのは腹立たしいですが、おそらく本当だと思われます』
「――――鳳凰の羽根は、極楽鳥よりキレイだし、雷魔法は痴漢撃退に使う人が多いって聞きました。多少使い方は変わっているかもしれませんが、普通に誰でもできることでしょう?」
私の問いかけに、無情にもカフィは首を横に振った。
「鳳凰を呼べる人がいるなんて聞いたことがない」
「歌を歌うだけなのに?」
「あれは歌だったのかい? まったく聞いたことのない言葉とメロディーで、普通の人には出すことのできない音域もあったようだけど?」
たかが十オクターブくらい、出る人は出るだろう。
「あと、普通の人が使う痴漢撃退の雷魔法ぐらいでは、湖の魚全部に感電させることなんてできないからね」
「……普通の人って、使い勝手が悪い雷魔法を使っているんですね」
たかが小さめの湖のひとつくらい感電させられなくてどうするのだろう?
私の答えを聞いたカフィは、大きな大きなため息をついた。
「本当に、一緒に旅してよかったよ。アイーシャ……君からは目が離せない」
カフィは本当に心配性だ。
次の依頼では、大型の草食獣と小型の肉食獣をまとめて百頭くらい狩るつもりだったのだが……見合わせた方がいいだろうか?
考えこむアイーシャの隣で、カフィも考えていた。
「これは、イーヴァに着いても一緒に行動した方がいいかな?」
そんなことまで言いはじめる。
「カフィさん!」
慌てて声をあげれば、緑の目と目が合った。
「アイーシャは、イーヴァに着いたら冒険者として依頼を受けながら観光をする予定だったよね? それには後で俺が責任持って同行するから、最初の一日は俺に付き合ってもらってもかまわない?」
そういえば、そんなことをカフィに言った覚えがある。
本当は、すぐに天上山脈に向かいたいのだが、正直に話せば反対されることが目に見えているからだ。
「一日くらい大丈夫ですけれど、どこかに行くんですか?」
「ああ。俺の祖父に顔を見せに行くって言っただろう。それに付き合ってほしいんだ」
――――それはずいぶんプライベートな用事なのではないだろうか。
「私が一緒に行ってもいいんですか?」
「もちろんだよ! 祖父だって、大勢いる孫のひとりでしかない俺だけが顔を見せるより、可愛い女の子が一緒の方が喜ぶに決まっている」
そんなものなのだろうか?
「でも、急に行ったらお家の方の迷惑になるのでは?」
「大丈夫! 無駄に広さだけはある家だから。空き部屋もあったはずだし一晩泊まるくらい全然平気だよ」
どうやら泊まるのは確定らしい。
「それに祖父はひとり暮らしなんだ。身の回りの世話をする人はいるけれど、うるさい家族はいないから気兼ねはいらないよ」
それなら一晩くらいなら泊まってもいいかもしれない。
カフィの祖父に会ってみたい気持ちもある。
「ね、いいだろう?」
人好きのする優しい笑顔につられ、アイーシャは「はい」と答えた。
「やった! じゃあ、さっそく手紙を出しておこう。祖父の家で出される食事はどれもおいしいから楽しみにしていて! 特に食後のアップルパイが絶品なんだ」
それはとても楽しみだ。
『タドミールさま、よろしいのですか? 考えるのもイヤですが……未婚の人間の男が未婚の女性を家族に紹介するというのは特別な意味があったように思われますが?』
ザラムが低い声で聞いてくる。
たしかにそういう風習については知っていた。
しかし、
『考えすぎよ、ザラム。今の私は齢十五の子どもなのよ。カフィにとって、そんな対象になるはずがないでしょう?』
馬鹿馬鹿しいと、アイーシャは一蹴する。
『タドミールさまは、ご自分の魅力に無頓着すぎます! 全てを魅了するタドミールさまの御前では年齢なんて関係ないのですよ!』
そんなはずがないだろう。
第一、今の今までカフィからそんな秋波を感じたことはない。
『ハイハイ、わかったわ。変な誤解をさせたり受けたりしないように、言動には気をつけるわ』
『行かないという選択肢はないのですか?』
『ここまできたら、ないわね』
ザラムはガックリと長い首を垂れた。
『…………タドミールさまは食い意地がはりすぎです』
失礼な。
決して絶品アップルパイにつられたわけではない!
ないったら、ないのである!
アイーシャは、プイッと横を向いた。