32 冒険の日々2
やはり、アイーシャはずいぶんカフィをびっくりさせてしまっていたようだ。
しかし、その依頼こそは、特になんの変哲もない薬草を集めるだけのものだったはず。
あれのなにに問題があったのだろうか?
小首を傾げていれば、カフィは自分の鞄の中から大きな薬草の束をひっぱりだした。
それは、依頼で集めた薬草の一部だ。
なぜか、カフィの判断で「ギルドには出さない」と決めたもの。
「回復薬の材料になる薬草七種、全て効果の高い変異体を一時間もかからずに集めるなんて、どう考えても普通じゃないからね! 薬草の変異体は、一万分の一もしくは十万分の一の確率でしか見つからないものなんだよ。そんじょそこらに生えているものじゃないんだ」
カフィは、厳しい口調で言ってくる。
「えっと、たまたま運がよく見つけられただけで――――」
「運で片づけられる範疇じゃないからね。あんなもの一度にギルドに出したら、天地がひっくり返るほどの大騒ぎになってしまうよ。薬草相場だって大崩れだ。……結局一種類しか出せなかったけど、それだけでもものすごく驚かれていただろう?」
たしかにあれにはビックリした。
たかが薬草の変異体くらいで、どうしてあんなに興奮するのだろう?
(葉っぱが三つ葉から四つ葉になったり、色が変わったりの変異でしかないのに)
アイーシャにしてみたら、騒ぐ方が不思議だ。
「いったいどうすれば、あんなに見つけられるんだい?」
――――別に、難しいことではない。
地面をトントンと足でノックして、大地の神にちょっとお願いすれば事足りるのだ。
『タドミールさまがご所望されたのですから、あの程度のものを即座に集めるのは我らにとっては常識です』
ザラムが当然とばかりにヒヒンといななく。
まあ、集めるばかりでなく、大地の神『ゼリム』が、自ら献上するために地上にでてこようとするのを止めるのは苦労したのだが……。
――――そのときのやりとりを思い出したアイーシャは、こっそりため息をつく。
◇◇◇
『――――ザラムさまばかりズルいです! 私だってタドミールさまのお側に侍りたいのに!!』
思念を繋げたゼリムの開口一番の台詞が、これだった。
ザラムは、バカにしたようにヒヒンと鼻を鳴らす。
『うるさいそ、ゼリム。こういったものは早い者勝ちと相場が決まっているのだ。……まあ、万が一私が遅れをとった場合には、私に先んじた奴らを全員強制排除するから、いつでも勝つのは私だがな』
『ザラムさま、それは早い者勝ちとは言いません!』
『悔しかったら私を排除してみろ』
ザラムに煽られたゼリムは、グッと呻いて黙りこむ。
実は、大地の神は闇の神の配下なのだ。ゼリムがザラムに敵うはずもない。
『……では、ザラムさまの控えでかまいません! 私にもタドミールさまの馬となるチャンスをください!』
ゼリムは、強い思念を伝えてきた。姿は見えずとも、土下座している様子が目に浮かぶ。
(――――えっと、控えの馬になりたいってこと?)
たしかにザラムを馬代わりにしているアイーシャだが、馬は一頭いればこと足りる。
『ゼリム――――』
説明しようとして名前を呼んだのだが、言葉を続ける前に感極まった様子の思念が伝わってきた。
『ああ! タドミールさまに名前を呼んでいただけるなんて! このゼリム、もういつ死んでも悔いはありません!』
いや、あなたは不老不死の神よね?
悔いがあろうがあるまいが、死ぬのは無理でしょう?
アイーシャは呆れ果ててしまう。
『控えの馬なんていらないわ。私はFランクの冒険者なのよ』
『では、ペットの犬か猫でもかまいません! Fランク冒険者はペット不可なんていうきまりはありませんよね?』
ペット可だとしても、飼うかどうかの判断はアイーシャの自由である。
『犬も猫もいらないわよ』
『では鼠でもモグラでもかまいません! そうだ! 豚はいかがですか? ああ見えて豚は清潔ですし、頭もいいのですよ』
豚を連れている冒険者は、見たことがない。
『……お腹が減ったら食べちゃうかもしれないわよ?』
『そ、それはっ! …………いえっ、私などがタドミールさまの飢えを満たせるのならば、いつでもこの身を捧げます!』
ゼリムはキッパリ言い切った。あんまりにあんまりなセリフに、アイーシャは思わず怒鳴りつける。
『冗談にきまっているでしょう!』
一緒にザラムも怒鳴った。
『まったく、調子に乗りすぎです! タドミールさまのお口に入る一番は私に決まっているのに! そうですよね、タドミールさま?』
『どっちも絶対食べないわ!』
間髪入れずに断れば、ザラムもゼリムも黙り込んだ。――――ザラムは、馬の顔にこの世の終わりのような表情を浮かべているので、きっとゼリムも同じ表情をしているのだろう。
(まったく、人をなんだと思っているの? いくらお腹がすいたからといって、神を食べる人間なんているはずがないでしょう)
もっと叱りつけてやろうと口を開いたアイーシャだが……あまりにシュンとするザラムを見て、思いとどまった。
……なんとなく昔を思い出したからだ。
まだアイーシャが神だったときのこと。
ザラムがいてゼリムがいて、他の神々や……あの子もいた日々。
不可能のない永遠に続く毎日は退屈なばかりだと思っていたけれど、そういえばこの二柱は前からこんな感じだった。
(ううん。他の神々も似たようなものだったわ。やたらと私にまとわりついてきて、叱ればがっかりするし、褒めれば喜ぶ。……そうか。変わらないのね。あなたたちは)
退屈して変化を求めていたのは……ひょっとしたらアイーシャだけだったのだろうか?
ほんのわずかな間だったが、アイーシャの中に大きな郷愁が湧き上がった。
懐かしい神々の世界が次から次へと思い起こされ、なんだか泣きたくなってくる。
――――とはいえ、それは一瞬。
なにせ、アイーシャは寿命の短い人間に生まれ変わったのだ。のんびりホームシックになんてなっていたら、あっという間に死んでしまう。
『気が向いたらいつかまた呼んであげるわ。だからゼリム、今は戻りなさい』
アイーシャがそう言い聞かせれば、ゼリムを泣く泣く帰っていった。
もちろん薬草はしっかり出してもらう。
いつかがいつかなんてことは、神ならぬ彼女にはわかるはずもないことだった。