31 冒険の日々1
カフィとの旅のBGMは、ザラムの愚痴だ。
『タドミールさまの嘘つき。この男とパーティーを組むことは絶対ないとおっしゃっていたくせに、あっさり前言をひっくり返してしまわれて……しかも、せめて馬ではなく人の姿に戻してくださいとお願いしたのに、それも聞き入れてくださらないなんて――――』
ブツブツブツと恨み言が、際限なくアイーシャの頭に響いてくる。
『嘘つきなんて言われても困るわ。あのときの私は、間違いなくシャルディでカフィと別れるつもりでいたのだし、その後は冒険者となって気ままなひとり旅をするつもりだったんだもの』
馬の姿のことだって、急に馬のザラムがいなくなって見ず知らずの人間が現れたら、カフィが怪しむに決まっている。
『もう少し我慢しなさい』
『もう少しとはどれほどですか?』
『……そうね。少なくとも魔竜の逆鱗を手に入れるまでかしら?』
『長すぎます!』
永遠の時を生きる神のくせに、気が短すぎる。
『あなたにとっては、瞬きよりも短い時間じゃない』
『タドミールさまと過ごせる日々は、一分一秒たりと無駄にできない貴重な時間なのです! それを馬の姿ですごすなんて、悔しすぎです! なにより馬ではタドミールさまを抱きしめることができません!』
いや、神本体の姿であっても抱きしめさせるつもりなんて、これっぽっちもない。
『こうして私を背に乗せるのは、嫌なの?』
『嫌でなどあるはずがありません!』
『だったらいいでしょう。そのうちなんとかしてあげるから』
『必ずですよ!』
ザラムの叫びが、頭にガンガンと響く。いくらなんでも必死すぎである。
アイーシャが困ったものだと思っていれば、カフィが今日の依頼のノルマである沼ヘビ三匹を捕まえて戻ってきた。
「お待たせアイーシャ。スゴイね。アイーシャの教えてくれた通りの穴の中に隠れていたよ。沼ヘビの巣を見つけるのは至難の業だって言われているのに、どうしてわかるんだい?」
それほど難しいことではない。なにせこちらには闇の神ザラムがいるのだ。穴の中の暗闇はザラムの領分で、そこになにがいるかなんて火を見るよりも明らかなのだ。
「たまたまだと思います」
「三回連続は、たまたまとは言えないと思うけど?」
「…………では、次は外します」
「そういう小細工はいらないからね」
カフィは、困ったように苦笑する。
ならばどうしろと言うのだろう? アイーシャは小首を傾げた。
それを見たカフィが、ハァ~と重いため息をつく。
「やっぱり、アイーシャと一緒に旅してよかったよ。君はいろいろ規格外なのに自覚がなさ過ぎるからね」
たしかに、加護なしのアイーシャは、普通の人間よりもかなり劣っているのだろう。しかも伯爵令嬢なんていう箱入り娘だったのだ。知識が偏っている自覚はある。
「ごめんな――――」
「違うから!」
アイーシャが謝ろうとすれば、カフィは焦って彼女を止めた。
「絶対勘違いしていると思うけど、俺の言う規格外は悪い意味じゃないからね!」
「え?」
「君の規格外は、能力の高い方に振り切れているんだよ」
「ええ?」
アイーシャは、パチパチと瞬きをした。そんな覚えは少しもない。
カフィは、頭を抱えこめかみをグリグリと揉む。キョトンとしているアイーシャをチラリと見ると、口を開いた。
「――――たとえば、最初に受けた害虫駆除の依頼」
それは、シャルディを出発した際に受けた依頼だ。
次の町へと向かう街道近くに、攻撃性の高いアリが大規模な巣を作っているので駆除して欲しいと言われたのだ。成果は次の町で報告すればいいということだったので引き受けた。
このアリは、ひとつの巣の中に何匹かの女王アリがいて、それぞれの女王を中心に働きアリと兵隊アリが集団を形成し、集団同士でさらに大きな群れを作るという社会性を持つ厄介な虫。他の虫の死骸から植物までなんでも食べる雑食性で、知らずに巣に近づけば大型の肉食獣だって倒すこともあるらしい。現に旅人が何人も襲われて、被害が出ているという。
(まあ、とはいえ所詮アリだもの、巣の位置さえわかっていれば怖がることはないのよね)
ちょっとした魔法で倒すことができる虫でしかないと思う。
事実、アイーシャも生活魔法のひとつである『クリーン』であっという間に駆除を終えた。
取り立てて話題に上げるような特別なことなどなにもない依頼だったと思う。
不思議そうに首を傾げるアイーシャに、カフィは指を突きつけた。
「君の使った、あの『クリーン』はなにかな?」
なにと言われても、クリーンなのだからクリーンだとしか言い様がない。
「体や部屋を清潔にする魔法ですけれど?」
「どうしてそれでアリを駆除できるの?」
「アリやアリの卵をゴミだと認定すればいいんです。簡単ですよ?」
実際、超簡単に駆除できた。
カフィは、二度目のため息をつく。
「普通の人は、クリーンでアリの駆除なんてしないからね」
……初耳である。
「え? じゃあどうやってするんですか?」
「一般的なのは炎か水系の広範囲攻撃魔法かな。毒系を使う者もいるけれど」
「そんなことをしたら、アリ以外にも被害がでるんじゃないですか?」
炎も水も、アリの巣の周囲の生態系を損ねる怖れがあるはずだ。毒なんて言わずもがなだろう。
その点クリーンは安全安心。キレイにする魔法なので、被害なんてでるはずもない。
「絶対クリーンの方がいいと思います」
アイーシャは、自信を持ってそう言った。
「よくても、普通の人はできないんだよ。……そもそも、アリをゴミ認定なんて、謎すぎる。その方法だと、ゴミ認定しさえすればなんでも駆除できるってことだよね?」
まったくもってその通りである。
アイーシャは「はい」と頷いた。
「いったいどこまで――――いや、やっぱり聞くのは止めよう」
カフィはブルブルと首を横に振る。
限界なんてない……とは、言わない方がいいのだろう。
『やはり私が闇魔法で、文字通り闇に葬り去った方がよかったのではないですか? アリの巣など一瞬で痕跡残さず消滅できましたし、そうすればこの小僧にこんな生意気な口をたたかせることなどなかったでしょうに』
ザラムがカフィを睨みながら言ってくる。
いや、それはそれで問題だろう。
『そんなことをしたら、依頼そのものがなくなっちゃうでしょう? 依頼を達成したっていう証明もできないし。……それにカフィさんだって生意気とかじゃなく、私のために注意してくれているんだと思うわよ』
いささか――――いや、かなり呆れられているようには思うけど。
ザラムは無念そうに黙りこむ。
「それに、その次の薬草採取!」
カフィは、今度はそう言った。