30 あらたな旅立ち2
「そんな! カフィさん、私はFランクなんですよ。私とパーティーなんて組んだらカフィさんもFランクパーティーになってしまいます!」
アイーシャは、慌ててカフィを止める。
冒険者パーティーのランクは仲間の中で一番低いランクを持つ者を基準に決められるのだ。結果、アイーシャとカフィのパーティーのランクはFとなり、受けられる依頼もFかひとつ上のEランクに限定される。
カフィがアイーシャとパーティーを組んで、得することなんてなにもない。
『ううむ、やはり以前危惧した通りだ! ……こいつ、人間の分際でタドミールさまとの同道を申しこむなど、殺しても飽き足らん!』
一方ザラムは、物騒な気配を漂わせはじめる。正直面倒なので黙っていてもらおう。
『ザラム! 控えなさい』
『しかし、タドミールさま!』
『私に二度同じ事を言わせるつもり?』
『…………っく、わかりました』
ザラムは長い首を下に向け、気配を消した。これで当分は大人しくしていることだろう。
「Fランクかぁ。久しぶりに薬草採取とか面白そうだね」
カフィは、のんきに笑っている。
ザックは呆れたような顔をした。
「カフィさん! 私は本当に心配いらないんです。ザラムもいますし、危険なことをするつもりは全然ありませんから!」
そう、ほんのちょっぴり魔竜を狩るだけの安全極まりないことしかしないつもりなのだ。危険なんて欠片もありはしない。
「そうだね。俺もアイーシャの安全は特に心配していないよ。合格も見届けたし、なにより君には不思議なくらい人を安心させるなにかがあるからね。なにも根拠がなくても君なら大丈夫だと思えるんだ。……事実、ついさっきまで、俺はここで君と別れるつもりだった」
飄々とカフィはそう話す。
「だったらどうして!?」
「君がイーヴァに行くって言うからさ。……実は、君がテストを受けている間に俺宛に実家から手紙が届いたんだよ。――――祖父の命がそろそろ危ないから、一度家に帰ってこいってね」
アイーシャは、目を見開いた。
「おじいさまが?」
「ああ、でも大丈夫。べつに今日明日すぐにどうこうというわけではないらしいよ。ただ意識がしっかりしている間に別れを済ませておけっていうことみたいだ」
たしかに最期の別れをするならば、きちんと話せる間の方がいいだろう。
アイーシャは、チラリとザラムに視線を向ける。控えろと言ったばかりだが、カフィの言葉が本当かどうかの裏付けはほしい。
ザラムは小さく首を縦に振った。手紙が届いたのは本当らしい。
「どうせ同じ方向へ進むのなら旅は道連れ――――俺がひとり旅に嫌気がさしているってことは前に言ったよね? ここへくるまでの旅はとても楽しかった。だから俺は、またアイーシャに話し相手になってほしいのさ」
ニコニコと笑って頼まれたら、断りづらい。カフィとの旅が楽しかったのはアイーシャも同じで、それがもうしばらく続くのは嫌ではないからだ。
「……でも、やっぱりカフィさんをFランクパーティーの一員にしてしまうのは、申し訳ないです。カフィさんならきっと私以外でも楽しい旅の道連れが見つかりますよ」
カフィはとてもいい人だ。親切で優しく明朗快活。おまけに強くてカッコイイ。
好き好んで加護なしFランクのアイーシャとパーティーを組む必要はない。
「う~ん。なかなか手強いな」
カフィは困ったように頭をかいた。
「俺は君がいいんだけど?」
「…………同情ですよね?」
「違うよ! 君に同情なんて必要ない!」
まあ、アイーシャも同情なんてほしくないのだが。
「だったらどうして?」
先ほどと同じ質問を繰り返した。
カフィは考えこむ。
「理由が必要かな?」
「え?」
「君と一緒に旅したい。行き先が別々なら諦めるけど、そうでないなら離れたくない。この気持ちに明確な理由が必要かい?」
…………アイーシャはちょっと黙りこんだ。
(どうしてかしら? ……あまり理由を突き詰めない方がいいような気がするわ)
なんだかとんでもない箱を開けてしまいそうな気がするのは、気のせいか?
そう思ったアイーシャは、首を横に振る。
「……そうですね。なくてもいいのかもしれません」
結局そう言った。
カフィは晴れやかに笑う。
「パーティーのランクなんて気にする必要はないよ。アイーシャとなら、どんな冒険もきっと楽しいに決まっている。…………一緒にイーヴァに行こう。」
人間相手にここまで心地良い敗北感を覚えたことははじめてだった。
…………いや、はるか昔にあったかもしれない。
破壊神だったアイーシャの興味を惹いたひとりの人間。
神を神とも思わぬ傲岸不遜な男。
やることなすこと型破りで、いつも楽しそうに笑う人間だった。
……カフィの、一緒に行こうと誘ってくる笑顔が、今はもういない男と重なる。
「ええ。一緒に行きましょう」
なぜか泣き出しそうになりながら、アイーシャはそう答えていた。