29 あらたな旅立ち1
結果から言えば、アイーシャは無事に冒険者テストに合格した。これで今日からFランク冒険者だ。
「おめでとう!」
「ありがとうございます。カフィさん」
合格発表の場にはカフィもいて、最初におめでとうと言ってくれた。
『タドミールさま、私からもお祝い申し上げます。――――タドミールさまが合格することは当然で、冒険者ランクなどという人の枠組みで至尊のタドミールさまが評価されることは業腹ですが……タドミールさまがそれを望んでいらっしゃる以上、言祝ぐことに躊躇はありません』
相変わらずザラムは面倒くさい。
『つまり?』
『おめでとうございます!』
最初から素直にそう言えばいいものを。アイーシャは内心大きなため息をつく。
「まったく、予想以上だな。加護なしがトップ合格したってだけでも想定外だってのに、一緒に受験した奴らのほとんども合格させたなんて」
呆れたようにそう言うのはギルドマスターのザックだ。紫の三白眼にどっぷり疲れが滲んでいる。
そう。モフセンをはじめとした今回の受験生は、剣術と体術で合格点に届かなかった数名をのぞき、全員が合格だったのだ。合格率は、なんと驚異の八十%超え。魔術テストで不合格が出なかったのは、いまだかつてなかったことだそうだ。
(あんな的を使うんですもの。当たり前よね)
驚く要素などなにひとつないことだと思う。
「……まあいい。合格者の本当の実力が試されるのはこれからだからな。今回のテストでなにも学ばなかった奴らは、早々に脱落するだけだ」
ザックは厳しい視線を合格者たちに向ける。冒険者テストに合格しても、冒険者としてやっていけるかどうかは今後の頑張り次第。それは冒険者に限らずどんな職業にも共通して言えることだろう。
(私も気を引き締めなくっちゃね)
もらったばかりのFランクの冒険者カードを見つめながら、アイーシャは心を新たにする。
そんな彼女にザックが話しかけてきた。
「さて、とんでもないお嬢ちゃん。君はこれからどうするのかな? もし君がこの国シャルディを拠点にして冒険者活動をはじめるのなら、うちのギルドは大歓迎するぞ。…………まあ、俺の胃痛は酷くなりそうだがな」
ハハハとザックは苦笑する。
別に彼の胃痛とアイーシャは無関係だと思うのだが?
それはともかく、とても親切な申し出だと、アイーシャは思った。きっと彼女が年端もいかない少女だから気にかけてくれるのだろう。
「ありがとうございます。でも、私は行き先をもう決めていますから」
「ほう? ちなみにどこか聞いてもかまわないかな?」
「はい。イーヴァ帝国に行ってみようと思っています」
正確にはイーヴァ帝国のさらに北、天上山脈と呼ばれる山が目的地だ。
そこに魔竜が棲んでいる。
「イーヴァ帝国?」
カフィが驚いた声をあげた。そういえばイーヴァ帝国はカフィの故郷だった。
「どうしてイーヴァに?」
「カフィさんのお話を聞いて行ってみたくなったんです。別にどこでもよかったんですけど、どうせならカフィさんの故郷が見たいなって」
(…………ごめんなさい。嘘です。偶然魔竜を狩った体にするには、イーヴァを通らなきゃならないので言い訳に使わせてください!)
アイーシャは、心の中でカフィに手を合わす。
「そうか。イーヴァに――――」
アイーシャの話を聞いたカフィは、考えこむように顎に手を当てた。
「もちろん、冒険者として依頼を受けてお金を稼ぎながらの旅なので、ゆっくりのんびり行くつもりです」
本当はザラムに乗って一直線。速攻で魔竜を狩って逆鱗を採ってきたいのだが、そういうわけにもいかないだろう。
モフセンの話では、普通の人はあまり魔竜を狩らないのだとか。それなのに冒険者になりたてのアイーシャが即日狩ったなら、いらぬ騒ぎを起こしてしまうに決まっている。
(たぶん一ヶ月くらいは我慢した方がいいわよね?)
その一ヶ月間。
イーヴァ帝国への旅の途中で最初は草食系の小動物を狩る予定だ。
次は少し大型の草食系動物と小型の肉食獣。
その次は弱めの魔獣を狩って、最後はたまたま出会った魔竜を、生き残るためにしかたなく、偶然、思いもよらずに、運良く狩る。
――――それが、アイーシャの考えた『逆鱗ゲット計画』の概要だった。
(うんうん、我ながら完璧な計画よね)
モフセンに聞いた冒険者ランクごとに狩ることのできる獲物のランクを思い出しながら、アイーシャは自分の計画を自画自賛する。
次のランクに上がるためのポイントがどのくらい必要なのかわからないし、その都度昇級試験を受けるのも面倒なので、ランクはFのままいくつもりだが、きちんと順を追って強くなりましたよという言い訳にはできるはず。
(きっとそんなに目立たないわよね? だって魔竜ってホントに弱いんだもの)
人間は滅多に狩らない生き物だから、きっと強さを計り間違えているに違いない。
(そうね……今度人間の町に大量におびき寄せて、みんなで狩ってみたらどうかしら? 案ずるより産むが易し。魔竜なんてたいしたことないって、みんなわかってくれるはずだもの)
アイーシャは、より良き未来に思いをはせる。
すると……なぜかザラムがブルリと体を震わせた。
『……タドミールさま。なにか物騒なことをお考えになりませんでしたか?』
『あら、そんなことないわよ』
きちんと否定したのに、ザラムは疑り深そうな視線をアイーシャに向ける。
そのとき、考えこんでいたカフィが決心したように顔を上げた。
「アイーシャ」
「はい」
「俺も一緒にイーヴァに行こう」
「……え?」
「俺とパーティーを組んでくれないか?」
「えぇぇっ!?」
アイーシャは、ビックリ仰天した。