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2 闇の神1

 創造神との大ゲンカの末、神の座から堕とされ人間となった元破壊神アイーシャは、ノーティスという王国の伯爵令嬢として生まれた。

 ノーティスは、人間の住む中では一番大きな大陸の西海に面したそこそこ大きな国だ。国土のほとんどは温暖な気候と豊かな自然に恵まれている。


 そして、今からアイーシャが向かおうとしているシャルディは、ノーティスを含む三国の中間に位置する都市国家だった。

 元々は、ノーティス国の一地方。しかし交通の要所にあったため、接する三国それぞれが手中にしようと画策し、結果戦場になりかけたという謂れのある国だ。

 それを忌避した住民たちが冒険者ギルドに助けを求め、紆余曲折の末独立し中立都市国家となった。この時の冒険者の働きに深く感謝した住民たちは、自衛も兼ねて冒険者ギルド本部をシャルディに誘致し、手厚く優遇したのだ。このためシャルディには冒険者たちが多く移住し、いつしか冒険者の国と呼ばれるようになっていった。


(王族や貴族もいないし、試験を受けて冒険者になれさえすれば、後は自分の努力次第でランクを上げて稼ぐことができる国なのよね。……なんと言っても強さの基準がどの神の加護をいくつ受けたかじゃなく、実際の戦績で決まるのが最高だわ)


 いくら強い神の加護を受けたといっても、その加護を生かせる実力がなくては宝の持ち腐れ。創造神の加護を受けた剣術を知らないご令嬢と大地の神の加護を受けた歴戦の騎士が戦えば、百戦百勝で騎士が勝つに決まっている。


(それなのに、シャルディ以外の国では、みんな創造神の加護を受けただけ(・・)の人の方を「スゴイ」と讃えて優遇するのよね。……まったく理解できないわ)


 そんな不合理がシャルディにはない。

 とはいえ、加護なしの自分に対して、本当に平等に扱ってくれるかどうかはわからないが……それでも他の国よりはずっとましなはずだった。


(早く行きたいわ!)


 心ははやるのだが、しかしこのまま一直線にシャルディに向かうというわけにはいかない。

 普通の人間が、あまり空を飛んで旅をしないという一般常識はともかく、取り急ぎ話をつけなければならない相手がいるからだ。


 実は、アイーシャが神殿を出てからずっと彼女についてきたモノがいる。


 アイーシャは夜空にぼんやりと浮かび上がった山の輪郭を確認し、そちらへと進路をとった。中腹辺りを目指して高度を下げ、生い茂る木々を避けて小さな空き地に降りる。

 足が地面に着いたとたん、もわっと湿気を含んだ草木と土の香りが立ちこめた。濃厚な山の空気を肺いっぱいに吸いながら、アイーシャは腰に手を当てる。


「コソコソと私の後をつけるだなんて、いい度胸をしているわね。いつからそんな姑息な性格になったの?」


 アイーシャは、一見何もない空間に向かって話しかけた。

 すると、周囲に広がる暗闇がザワリと蠢き、一カ所に凝集しはじめる。

 闇よりも濃い闇の中から、おそるおそるという感じで白い顔がのぞいた。


「そ、そんな! 誤解です。私は、後をつけるなんてそんな真似は――――」

「していたわよね?」

「う…………はい」


 ジロリと睨みつければ、白い顔がうつむく。黒い髪が顔を隠し、闇の中に見えなくなっていった。


「消えないで! とっとと姿を全部現しなさい!!」


「は、はい~っ!」


 怒鳴りつければ、ピョンと音が聞こえそうな勢いで、ひとりの男が現れた。色白で長い黒髪を持つ優男だ。


「久しぶりね。ザラム。……それとも『闇の神さま』とお呼びした方がいいかしら?」


「や、やめてください! あなたさまに『さま』付けで呼ばれるなんて、寒気がします!」


 そう叫ぶなりザラムは、その場に跪いた。


「我が主、タドミールさま」


 深く頭を下げてくる。


 ……いろいろ言いたいことをのみこんで、アイーシャは大きなため息をついた。


「そんな名前の神は、もうどこにもいないわ」


「…………タドミールさま」


 いないと言っているのに、わからない奴である。

 そういえば、闇の神はヘタレのくせしてへんなところで粘り強さを発揮する奴だった。

 変わっていないのだなと思えば、アイーシャの口からクスリと笑いが漏れる。


 そんな彼女を見た闇の神ザラムは、突如ダーッと涙を流した。


「も、申し訳ありませんでした! 私は、あなたさまの眷属でありながら、あの時なにもできず! タドミールさまを、う、う、うぅっ……喪っ――――」


 うぉぉぉ~ん! とザラムは本泣きをはじめた。


 非常にうるさく傍迷惑である。


(山の中だからいいようなものの)


 いや、やっぱりよくない。なによりアイーシャがうっとうしかった。


「泣き止みなさい。私が神の座を喪ったことは、あなたにはなんの関係もないことよ」

「で、でも! 私は、その後もなんの対処も行えず――――」

「するなとあの子に言われていたのでしょう? あなたが……ううん、他のどんな神でも、私以外の者があの子に逆らえるはずがないもの」


 アイーシャの言葉を聞いたザラムは「うっ……」呻き、今度はさめざめと泣きはじめた。


「うっ、うっ……」


 これまたうっとうしいことこの上ない泣き声である。


「泣き止めと言ったでしょう。それより、あなたはこんなところにきてもいいの? それこそあの子の不興を買うのじゃない?」


 聞けばザラムはぐずぐずと鼻をすすりながら首を横に振った。


「……ヒック。そ、それは大丈夫です。……ヒック。最近創造神さまは、ずっとご自分の(やしろ)に籠りっきりなのです。すっかり外の世界への関心を失われたようで、もう何年もお姿を現しておられません」


 アイーシャはびっくり仰天した。


「え? それは大丈夫なの?」

「だ、大丈夫です。光の神が定期的にご機嫌伺に行っていますから。直にお目にかかることはできなくとも、お言葉はいただけていると言っています」


 とりあえずホッとした。次いで呆れてしてしまう。


「まったくあの子ったらなにをやっているのよ?」

「ご自身の半神であるタドミールさまを喪われたのですから、仕方のないことかと」

「私を堕としたのはあの子自身なのよ」

「まあ、そうなのですが。不本意であられたのだと思われます」


 ため息しか出ない案件だ。

 しかしこればかりは、文字通り神ならぬ身ではいかんともし難いことだった。人は創造神の社に乗りこむこともできないからだ。


(神殿であの子を見なかったのは、いなかったからなのね。ちょっと心配だけど、光の神がついているなら大丈夫でしょう。それよりも――――)


「ということは――――あなたたち、あの子の介入がないとわかった上でも、誰も私に加護をつけなかったのね?」


 加護がつかなかったのは、創造神の意向だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

 アイーシャは、ザラムをジロリと睨んだ。

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