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28 テスト11

「ずっと簡単に?」


 みんな半信半疑ながら、熱い視線でアイーシャを見つめている。


「ええ、もちろん。私の『ファイア』より火の神の加護をもらった人の『フレア』の方がずっと高温でしょうし、偽物の『フリーズ』も本物の『フリーズ』より威力は弱いと思いますもの。どちらか片方の温度をうんと上げるか下げるかすれば、もう片方は生活魔法の威力で十分ですよね?」


 ハッとして立ち上がったのは、最初にアイーシャの『ファイア』に文句をつけた男だ。


「フレアー!」


 彼は火の神の加護持ちだったようで、燃えさかる炎の攻撃魔法を自分の的にぶつけた。

 それは、今まで何度も繰り返していたこと。

 当然的は壊れなかったが、続いて男は手を伸ばした。


「ウォーター!」


 誰でもできる水を出す生活魔法を、男は放つ。

 彼の手から飛び出した水が当たった的に、ビシッ! とひびが入った。そのまま真っ二つになった的が、ガラガラと崩れ落ちていく。


(うん。やっぱり私の的より壊れ方が派手よね)


 アイーシャは、うんうんと頷いた。


「やった! さっきまでどんなに攻撃してもダメだったのに! ……俺は、的を壊したぞ!!」


 男は両手で拳を握り、天に向かって突き上げる。


「フレアー!」

「フレアー!」

「フレアー!!」


 とたんテスト会場のあちこちから「フレアー」の声が上がった。

 続いて「ウォーター!」の声が聞こえるのは当然で。


「うぉぉぉ~!」

「やった!!」

「割れたぞ!」


 歓喜の声が会場中に満ちた。

 それを呆然と見ていた、フリーズの魔法を見破った(?)男が立ち上がる。


「熱を加えるのと凍らせるのは、順番が逆でもかまわないのか?」


 彼は真剣な表情で、そう聞いてきた。

 もちろんまったく問題ないはずなので、アイーシャは頷く。


「アイスショック!」


 男はすぐさま氷系の衝撃魔法を放った。

 続けて二回同じ魔法を使った後で、大きく息を吸う。


「ホットウォーター!!」


 男が唱えたのは熱湯を浴びせる魔法だった。

 水の神の加護がなければ使えない上級生活魔法のひとつだ。


 アイスショックを与えてもなんの変化もなかった的の表面に、ピシピシピシと細かなひびが入る。

 しばらくすると的はガラガラと崩れた。


「や…………やった!!」

「的が! あの的が、あんなに簡単に!?」

「俺も水の神の加護持ちだ! 俺もやってやる!」

「俺だって!!」


 今度は「アイスショック」の大合唱が起こる。

 あちこちで的を壊せた歓声が響いて、アイーシャも嬉しくなってしまった。


(まあ、あんなに弱い的だもの。当然よね)


 心の中で納得していたのだが、そんなアイーシャの前に仏頂面のモフセンが現れる。


「――――ズルい!」

「え?」

「なんか、ズルい! あれじゃ火の神と水の神の加護を持った奴だけ得して、他の神の加護持ちは損しているみたいじゃないか!」



 …………いや、損しているとか言われても困る。

 第一アイーシャは加護なしで、彼の言う損得は、する以前の問題なのだが?


「モフセンさんは、もう的を欠けさせましたよね?」


 たしかそれだけで基準はクリアできているはずだ。


「他の奴らがあんなに派手に壊しているってのに、満足できるもんか! あいつらのほとんどは、さっきまで的にまったく歯が立たなかったんだぞ!!」


 なんとも負けず嫌いな男である。だからって、アイーシャに文句をつけるのは間違いではなかろうか。


「……モフセンさんは、なんの神の加護を持っているんですか?」


 そうは思うが、モフセンにはいろいろ教えてもらった恩がある。仕方ないから、アイーシャはそう聞いてみた。


「風だ! 俺たち獣人は身体能力を上げる神の加護を受けやすいからな。たいてい風の神か土の神の加護を持っている。俺は風の神の加護を持っているから、あんなに素早く(・・・)動けるんだ!」


(…………素早く?)


 アイーシャは首をひねった。とてもそうは思えない。

 しかし、今はそこを気にしている場合ではないのだろう。


(まあいいか。モフセンさんに的を破壊してもらえば、その分私の力も貯まるんだし)


 事実、アイーシャの元には先ほどから破壊の力が集まりまくっている。


「えっと、それでしたら、あの的から風の力だけを抜くことができますか?」


 アイーシャは、軽いアドバイスをすることにした。


「力を抜く?」


 モフセンは首をひねる。


「そんなことしたことないぞ」

「だったらやってみてください。自分の元に風を引き寄せる感覚です」


 今度は、モフセンは眉をひそめた。

 それでもとりあえずやってみようと思ったのだろう。両手を前に突きだすと左右交互に自分の方に招き寄せるような身振りをはじめる。


「こい! こい! こい!!」


 大声で唱えはじめた。

 なんとなく間抜けな仕草だが、そこは指摘してはいけないのだろう。


 努力の甲斐あってか、的から風の力が消え去りはじめた。


 やがて、完全に抜け去った感覚がする。

 元々魔法を重ねがけしたことでそれぞれの力を相殺し、残った力で微妙なバランスを保っていた的の防御魔法が大きく歪んでいるのが、アイーシャには見える(・・・)


「今です! サクッと攻撃しちゃってください」

「は? へ? サクッと?」

「はい。もうあの的の防御魔法は無いも同然です。あれだけ崩れているんです、今さら風の魔法をもらってもうまくとりこめないのは間違いありません。お得意の風魔法をぶっ放してやってください」


 モフセンは目をパチパチとさせた。

 きっとアイーシャの言ったことの三分の一もわかっていないに違いない。


 それでも、風魔法をぶっ放せ! というシンプルな部分は誤解しようがなかった。


「ウィンドカッター!!」


 風の刃を生む魔法攻撃を、的に向かって放つ!

 的は――――バラバラになって吹き飛んだ。まるで板きれのようなその様に、見ていた全員が口をパカンと開ける。


 しかし、その数分後。


「こい! こい! こい!!」


 奇妙な身振りと同時に「こい! こい! こい!!」の大合唱が起こった。


「う~ん? 変化がわかんねぇなぁ」

「お嬢ちゃん、俺の的はどうだ?」

「もう攻撃してかまわないか?」

「ぶっ放すタイミングを教えてくれ!」


 いや、それくらい自分で計ってほしいのだが。


(ま、いいか。私がもらえる破壊の力のお礼だと思えばいいわよね)


 アイーシャは、全員の的をジッと見た(・・)


「右から三番目から五番目までオーケーです。ひとつ飛んで七番目と八番目。九番目はもう少しですのであと十数えたら魔法を放ってください」


 アイーシャの指示に従った人々が、次々に的を壊しはじめる。


「ストーンハンマー」

「ウィンドカッター!」

「トルネード!」


 声と同時に面白いように的が破壊されていった。


(うんうん。いい感じ)


 次々と破壊の力が体に入ってくるのを感じて、アイーシャは上機嫌になる。


「やったぁ~! やったぞ!! ありがとな!」


 そんな彼女の肩を、歓声を上げたモフセンが叩いてきた。


「お礼には及びませんよ。今回の的は最初からあってないような防御力でしたもの。きっと冒険者ギルドが全員受かるようにテストを簡単(・・)にしてくれたんですよ」


 そうとしか思えない的だった。


「そうか? その割には、最初は全然壊れなかったみたいだけど?」

「創意工夫も大事だってことじゃないですか?」

「う~ん? そうなのかなぁ?」


 モフセンはまだ納得がいかないようだったが、最終的には「まあいいか」と頷く。


「今回は、前代未聞の合格率になるぞ」


 その言葉にアイーシャも頷いた。

 同意を求めてギルドの試験官の方を見たのだが…………なぜか彼は魂が抜けたように惚けている。


「夢だ。これは夢に違いない!」


 ブツブツと呟く姿は、どこか哀れっぽい。


(試験がもうすぐ終わるから気が抜けたのかしら? 試験官ってたいへんそうだものね。ご苦労さま)



 いつの世も、人の優劣を決める仕事はたいへんなのだ。

 かつて神として世界の命運を分ける様々な篩い分けを経験してきたアイーシャには、よくわかる。

 彼女は、試験官に心の中で(頑張って!)と声援を送った。

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