27 テスト10
「これでよかったでしょうか?」
アイーシャが唯一心配なのは、派手な攻撃魔法をまったく使わなかったこと。的を壊す条件に『攻撃魔法で』という指定はなかったから大丈夫だと思うのだが。
「な、な、なんで? なんで的が壊れたんだ!?」
試験官は素っ頓狂な声を上げた。
「あれ? 知りませんか? 熱くなっているコップに急に氷水を入れると割れたりしますよね? あれと同じ原理なんですけど」
「あ、あ、あ、あれはガラスだからだろう!? 強固な防御魔法がかかっている的が割れるはずがないじゃないか!」
思い込みはよくないと、アイーシャは思う。
「強固な防御魔法がかかっているからこそですよ」
「は?」
「おかげであの的は、熱伝導率がものすごく悪いんです」
「ね、熱伝導率?」
「はい。そうすると表面は冷えるのに中は熱いままなんですよね。膨張率に差がついて、なおさら割れやすいんです」
懇切丁寧なアイーシャの説明に、試験官は目をしろくろさせる。
「そんな! そんな馬鹿な――――」
ブツブツ呟いているが、実際に的には大きなひびが入っているのだから、納得する以外ないだろう。
「俺は認めないぞ!」
大声で怒鳴りだしたのは、先ほどからなにをやっても的に傷ひとつつけられなかった、ひとりの受験生だった。
「認めない?」
「加護なしのお前がどうしてあんな強力な魔法が使えるんだ? 絶対なにか不正をしたに違いない!」
「……強力?」
アイーシャは首を傾げた。
「ただの生活魔法ですよ」
「普通のファイアは、あんなに長く強く燃えない! ポッと火がついてすぐに消えるんだ」
「それだと煮炊きできないじゃないですか?」
「火種にするんだよ! ファイアそのもので煮炊きするなんて聞いたことがない!」
…………それは知らなかった。
たしかに、あらかじめ燃える素材を用意しておけば、いつまでも魔法を使い続ける必要はないのだろう。簡単だし、なにより省エネルギーな方法である。
(……人間の魔法って、奥深いのね)
まだまだ精進が足りないと、アイーシャは反省する。
「すみません、勉強不足で。そんな便利な方法があることに思い至れませんでした」
恥じ入りながら頭を下げれば、親切にもアイーシャに教えてくれた男は、口をパクパクと開け閉めした。
「な、な、な…………勉強不足って!?」
「はい。お恥ずかしい限りです」
男は頭をガシガシとかきむしると「うぉぅ~!!」と呻いてその場にうずくまった。
「話が通じねぇ!!」
いや、アイーシャには充分に通じていると思える。
「……俺は、誤魔化されないぞ!」
すると今度はその男の隣にいた男が声を上げた。
「フリーズは、生活魔法とはいえ、水の神の加護を持った者でなきゃ使えない上級魔法だ。加護なしのお前がどうして使えるんだ?」
なかなか鋭いところを突いてくる。
アイーシャは、ちょっと動揺した。
「アハハ、やっぱりバレちゃいました? ……すみません。実はあれフリーズじゃないんです」
正直に告白して頭を下げれば、男はポカンと口を開ける。
「……フリーズじゃない?」
「はい。ただの水を冷やす魔法です。フリーズの方が唱えるのにカッコイイかなって思って、ちょっと見栄を張って、そう言ってしまいました」
うん。やっぱり誤魔化しきれなかったか。
下手に格好つけるんじゃなかったと、アイーシャは反省する。
「う、う、嘘をつけ! あんなに派手に凍ったじゃないか?」
「え? 派手すぎたからバレたんじゃないんですか? ……あんなに急激に凍らせるなんてフリーズじゃありえないですよね? ……実はあれ、過冷却水に衝撃を与えて一瞬で凍らせたんです」
不純物の入らないきれいな水を均一に静かに冷やすと、凍らずに水のまま氷点下の温度にすることができる。この水は僅かな衝撃であっという間に凍るため、今回の的を壊すのに利用させてもらったのだ。
「過冷却水?」
「はいそうです。嘘だと思ったらやってみてください。水のまま温度をマイナスにするのに、ちょっとコツはいりますけれど、それさえできれば簡単ですよ」
アイーシャの言葉に、二人目の男もまたガックリと膝をついた。
「そんな馬鹿な、生活魔法で、加護なしがフリーズと同じ威力の魔法を使うなんて……」
ブツブツと呟いている。
アイーシャはちょっと考えこんだ。
「ああ、でも皆さんは加護があって強い魔法が使えるんですもの。今の方法を使えば私よりずっと簡単に的を壊せますよね?」
「…………え?」
アイーシャの言葉を聞いた全員が、ポカンと彼女を見つめた。