25 テスト8
どうやらモフセンは、ずいぶん嬉しいらしい。
その後、彼はアイーシャに獲物とそのランクを教えてくれた。
Fランクは主に草食系の小動物。毒性の強くない虫や攻撃性の少ない魚類、爬虫類なども含まれる。
Eランクは少し大型の草食系動物と小型の肉食獣。危険指定のない他の生物。
Dランクは普通の生物のほとんど。
Cランクではじめて魔獣を狩る許可が出る。
「もっとも攻撃力が低レベルのやつだけだがな。それでも魔獣ともなれば魔法を使うんだ。気の抜ける相手じゃないさ」
モフセンは真剣な顔でそう言った。
Bランクになれば魔獣のレベル制限は解除される。ただし、竜や不死鳥、ヒドラなどの幻獣種と呼ばれるものは別だそうだ。
「魔獣と幻獣の区別は難しいんじゃないですか?」
実際明確な基準はないはずだ。
そもそも神にとって、全ての生き物はみな同等。普通の獣と魔獣の違いだってありはしない。
(人間が、勝手に自らの意志で魔法を使う獣を魔獣と呼んで怖がっているだけよね? しかも同じ魔法を使うものでも、自分たちに役立つ馬や牛なんかは、神の加護をもらったのだといって大切にしているし)
人間の基準は本当に意味不明だ。
そしてアイーシャは自分のその考えが正しいことを確信する。
「この世界に当たり前にいるのが魔獣。滅多にお目にかかれなくて、いるかいないかわからないのが幻獣だ」
……なんだそれ?
そう口に出さなかったアイーシャは偉い!
「それって、人間の生活圏にいないだけなんじゃないですか?」
「それでいいんだよ。だって俺たち人間の基準だからな」
モフセンの言葉は、間違っているようだがある意味正しい。たしかに、人間が自分たちで区別するための基準ならば人間本位になるのは当たり前だ。
「…………モフセンさんって、やっぱり賢いですね」
「そうだろ、そうだろ。もっともっと褒めていいぞ」
耳と尻尾が高速で動いた。
可愛いと思ってしまったアイーシャは、なんだか負けた気分になる。
(ああ、でもその分け方だと、私に幻獣と魔獣の違いがわかるかしら?)
竜も不死鳥もヒドラも、アイーシャにとっては身近な生き物だ。どこに生息しているかもわかるし、なんだったら今すぐ呼び寄せることだってできる。
(人間に墜ちた私の命令には従わないでしょうけれど、あの子たちが好きだった歌でも歌ってあげたら、すぐに集まってきそうよね?)
他にも好みの食べ物とか好きな香りとか、集める手段は様々だ。
いるかいないかわからない生き物なんて、アイーシャにはいないのである。
(でも、どのみち魔獣が狩れるのはCランクからだもの。当分関係ないわよね?)
だったらいいかとアイーシャは思った。偶然出会ったふりをして魔竜を狩る予定なのだから、それ以外は下手に目立たない方がいいだろう。
「AランクとSランクはどうですか?」
まだまだ体術のテストは続いている。
暇つぶしも兼ねて、アイーシャは聞いてみた。
「AランクとSランクに獲物の制限なんてないさ。なんでも狩れるのがAランク。SランクはAランクの中でも化け物みたいに強い奴らのことで、ランクというより称号みたいなもんだな」
AランクとSランクにたいした違いはないようだ。
(だとしたら、私の最終的な目標はAランクでいいかな。名誉だけの称号なんて面倒くさいだけだもの)
なにはともあれ、まずは冒険者テストに受かることだ。
「次は魔法の実技テストですよね? どんなことをするのか知っていますか?」
「なんだ、お前そんなことも知らないでテストを受けにきたのか?」
モフセンは呆れかえったようだった。
「仕方ねぇなぁ」と言いながら口を開く。
ちなみに尻尾はパタパタと揺れているから、口ほど嫌ではないようだ。
「魔法の実技は簡単だ。耐久性の高い的に向かって自分の加護の魔法をぶっ放すだけだからな。規定の時間以内に的を壊せれば合格さ。――――って、お前加護なしだろ? いったいどうするつもりだ?」
ハッとしたモフセンの耳が忙しなく上下して、尻尾がダラリと垂れる。まるで我が事にように焦ってくれている。
本当に彼は、優しくていい人だった。
しかし、今さらそんなことで驚かれても困る。
「大丈夫ですよ。まったく魔法が使えないわけではありませんから。生きるのに必要な生活魔法の類いはできるんです」
生活魔法と馬鹿にすることなかれ。派手な攻撃力や強固な防御力こそないが、生活魔法にはほぼ全部の魔法の基礎が含まれている。
煮炊きするための火魔法やお掃除のための風魔法。炊事洗濯には水魔法が必要だし、家庭菜園には土魔法がいる。
(夜の照明は光魔法だし、闇魔法は……あまり使いどころがないかな?)
ザラムが聞いたら泣き出しそうだから、言わないでおいてあげよう。
それにアイーシャには公言できないものの、テストを有利に進められそうな、とっておきの秘策があった。
(秘策っていうほどのものでもないんだけど――――他の受験者が魔法を使って的を破壊するのなら、そのとき生じる破壊の力を私のものにできるわよね?)
他人の力を横取りするようで心苦しいが、そんなことができるのはアイーシャくらい。
利用させてもらっても誰にもわからないし、当然文句もでないだろう。
その的とやらがどれほどの耐久性なのかはわからないが、おそらく問題なく壊せると思っていた。
おろおろと心配するモフセンを落ち着かせようと、アイーシャはニッコリ笑いかける。
「なにのんきに笑っているんだ! ちょっとは焦れ!」
すごい勢いで怒鳴られてしまった。
「モフセンさんは、本当に優しくて親切な人ですね」
「なっ!? アホウ! 俺は親切なんかじゃない! ただ、お前は剣術や体術で俺に勝ったからな! 俺をあんなに簡単に倒した奴が不合格だなんて…………負けた俺がバカにされるじゃないか!」
どんなにガミガミ怒鳴られても、全然まったく恐くない。
「はいはい。ありがとうございます。モフセンさん。モフセンさんの名を汚さないように頑張りますね!」
「俺のためじゃなく、自分のために頑張れ!」
「はい!」
――――アイーシャは、とても有意義で楽しい時間を過ごせたのだった。