24 テスト7
そしてその後アイーシャは、なぜかモフセンから冒険者の常識を聞かされることになった。
「――――なんだ、お前そんなおとぎ話を信じていたのか? 剣術も体術もすげえのに、やっぱりお子さまなんだな。いいか、お前が読んでいた話は全部ファンタジー。子どもだましの夢物語だ。そんな本に出てくるような英雄なんかいない!」
きっぱり言い切られたアイーシャは呆然とする。
「いないんですか?」
「ああ、考えてもみろよ。片手で山を砕いたり、足の一蹴りで湖を作ったり、ひと息で竜を吹き飛ばしたりできる人間を見たことあるか? そんなことできるのは神さまくらいのもんだろう?」
たしかに人間がそんなことをしたという話は聞かない。
ただ神の間では当たり前に誰でもできることなので、人間だってちょっと頑張ればできるのではないかと思っていたのだ。
「竜も討伐しないんですね?」
「当ったり前だろう。だいたい竜なんてここ百年くらい誰も見たことがないぜ」
「魔竜もですか?」
「魔竜かぁ。魔竜は数十年に一度くらい目撃情報があるな。だけど討伐されたって話は、とんと聞いたことがないぞ」
アイーシャは愕然とした。
「討伐したらダメなんですか? 私、お世話になった人に魔竜の逆鱗を贈るって約束しちゃったんです」
「魔竜の逆鱗~!?」
モフセンは、なぜか素っ頓狂な声を上げた。
「お、お前、その歳で、もうそんなモノをやる相手がいるのか?」
身を乗り出して聞いてくるモフセンの顔は……なんだか赤い。
別に贈り物をするのに、年齢は関係ないと思うのだが?
「はい。とてもお世話になった人なんです」
だから値の張る魔竜の逆鱗をぜひ贈ってやりたい。
「そ、そうか。なんか子どものくせに淡々としている奴だなと思ったけど、意外に情熱的なところもあったんだな。――――いや、別に討伐したらダメだって決まりはないが、誰も討伐しないというか、できないというか、絶対無理だろうっていうか」
モフセンは、ブツブツと呟くが「ダメではない」と聞いたアイーシャは、それ以降の彼の言葉に耳を傾ける必要性を感じなかった。
「討伐してもいいんですね!」
「は? 俺の話をちゃんと聞いていたか、討伐自体はダメじゃないが、誰もできな――――」
「ありがとうございます! モフセンさん!!」
討伐自体は禁止されていないのだ。それさえ確認できれば、あとはどうでもかまわない。
これで、カフィに魔竜の逆鱗を贈れるのだと、アイーシャは心を躍らせた。
(数十年なんていう短い間に一度ってことは、結構頻繁に現れているってことよね? 偶然見つけた私が運良く討伐しても、きっとそんなにおかしなことではないと思ってもらえるに違いないわ。魔竜の鱗は硬いけどグランならトマトみたいにサクッと切れるし、お手頃簡単討伐ね)
もちろんその前に、冒険者のテストに受からなければならないのだが。
「そうだ。モフセンさん、教えてください。冒険者の人ってほかにどんな生き物を討伐するんですか?」
聞くは一時の恥。
この際だからいろいろ聞いてみようと、アイーシャは思う。
「お前、そんなことも知らないで冒険者になろうと思ったのか?」
「はい! いろいろ教えてください。モフセン先生!」
モフセンは呆れ顔をしたが、アイーシャが「先生」と呼べば満更でもない表情を浮かべた。
「仕方ねえなぁ。博識で大人なこのモフセンさまが教えてやるか。……いいか、冒険者にランクがあるように狩る獲物にもランクってもんがある。これは強さの目安で、同じレベル以下の獲物なら、きちんと対処すれば一人で倒せるってことを意味している。反対に自分のランクより上の獲物は、ひとりでは絶対倒せないから気をつけろ。ランクを無視して無茶する奴はたいてい長生きできない。冒険者として、長くうまくやっていきたいなら、これだけは忘れちゃいけないことだ」
フンフンとアイーシャは頷く。
しかし――――、
「自分より上のランクの獲物は、ひとりで狩っちゃいけないってことですか? それって罰則とかあるんですか?」
「罰則なんてねえよ! よく考えてみろ。たまたまひとりで行動していたときに、運悪く自分より上のランクの獲物に出会ったとする。そんなとき一番いいことは一目散に逃げ出すことだが、なかにはそれができない場合もある。逃げ場がなければ戦わなきゃならないわけで、そんなとき『決まりだから俺は戦えません!』なんて言っている場合じゃないだろう?」
言われてみればその通りだ。意図せず自分より上のランクの獲物に出会う可能性は皆無ではない。
「だから、ランクの制限は冒険者ギルドの推奨であって規則じゃない。当然罰則もないが、よほど運でもよくなきゃ、ランク以上の獲物とかち合った冒険者は死んじまうからな。自ら進んで従わない奴はいねえよ」
フンフンとアイーシャは頷く。
「ランクの高い獲物を狩るためには、早くランクを上げた方がいいってことですね」
「ランクを上げるんじゃねえ。実力をつけるんだ。実力さえ上がればランクはそれについてくる」
意外にまともなことを言われて、失礼ながらアイーシャは驚いた。
「モフセンさん、賢いんですね」
「おう! もっと褒めていいぜ」
モフセンの耳がピコピコ動いて尻尾がブンブン振れた。