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22 テスト5

 体術のテストは、当たり前だが自分の体のみで行われた。ナックルダスターや手甲の類いも全部禁止。ギルドの用意した綿製の道着を着せられて、靴は履かずに裸足で参加する。


 屋内の広い一室に草を編んだクッション性のある床材を敷いた場所が会場だ。


「なんで? なんで? なんでまた俺の相手がお前”(・・)なんだよ!?」


 怒鳴っているのはモフセンだ。理由は、剣術のテストに続いて、アイーシャの一回戦の対戦相手になったから。


 なんで? などと言われても、アイーシャの方が聞きたい。




「……純粋なくじ引きだ」


 試験官が目を逸らしながら答えた。


「絶対、嘘だろう!」

「…………」


 黙りこんだ時点で肯定しているも同然である。しかし、組み合わせの決定権はギルド側にあるため、抗議したところで対決相手は変わらなかった。

 アイーシャ的には、相手はモフセンでも全然かまわない。


「いやぁ~カワイイ女の子(・・・・・・・・)で、よかったじゃないか!」

「そうそう、お前ならさっきの対戦でやっつけられ慣れているからな」

「……犠牲者はひとりで十分だ」


 モフセンの獣人仲間が、次々と声をかけ彼の肩を叩く。


「ヒデェ! 俺が負けるの前提かよ? 今度は剣は使わないんだぞ」

「だからさ。刃を潰した剣であれだけの切れたんだぜ。手刀でも完璧真っ二つにできると思わないか?」

「そんな相手に素手で立ち向かう勇気は、俺たちにはない!」


「俺だって、ねえよ!!」


 モフセンと彼の仲間は、とても仲がいいようだ。


「大丈夫です。手刀は使いませんよ」


 アイーシャはモフセンを安心させようとしてそう言った。


「本当か?」

「はい。実は知り合いから、できるだけ相手に触れないで体術のテストに受かってほしいと、懇願されているんです」


 もちろんそんな懇願をするのはザラム以外にいない。


『タドミールさまが触れたと思うと、その相手を全て消滅させてやりたくなるのです。今の私は、カフィの存在を我慢するので精一杯なので、これ以上そんな相手を増やさないでいただけますか?』


 真面目な顔で頼まれると、断りづらい。見ていなければわからないだろうと思ったのだが、なんでも微かに気配がうつるのだそうで、ザラムには一発でわかるということだった。





「……触れないで受かる?」

「はい。できる範囲で努力すると約束してしまったので」

「そんなことができるのか?」

「できますよ」


 具体的に言うなら、拳圧だ。別に拳に限らないが、手足を振り抜くスピードで周囲の空気を動かし、相手に衝撃を与える業だ。


「…………やってみてもらっていいだろうか?」


 試験官が怖々という感じで頼んできた。

 まあ、試しに撃ってみるくらいいいだろう。


「お相手は?」

「こいつで!」


 全員一致でアイーシャの前に差し出されたのは、やっぱりモフセンだった。


「ちょっと待て! なんで俺だよ!?」

「いや、お前はやられ慣れているだろう?」

「俺は、あのカワイ子ちゃんにぶっとばされるとか嫌だから」

「うんうん。そういう趣味はない」

「俺だってヤダよ。そんな趣味も絶対ねえ! ……っていうか、俺がぶっ飛ばされること前提なんだな?」


 やはりモフセンと仲間はとっても仲がいいようだ。

 試験官や他の受験者の人たちも、モフセンたちを生温く見守っていた。


「あの? そんなに酷くはしないですよ」


 モフセンを安心させようと思ったアイーシャは、彼らに声をかける。


「酷くしないって?」

「ええ。体術のテストは相手を十秒以上床につけたら勝ちなんでしょう? ちょっと転ばせて目を回させるくらいでかまいませんよね?」


 そう尋ねれば、試験官が驚いた顔をする。


「そんな加減ができるのか?」

「簡単ですよ。まあ十秒が十五秒になるくらいの誤差はでると思いますが」


 神だった頃はナノ秒の単位でコントロールできていたのだが、今のアイーシャではそんなものだろう。我ながら情けない限りである。


 しかし試験官は感心したように頷いた。


「よし、やってくれ!」


 そう言って前へ突き飛ばされたのは、当然のようにモフセンだ。


「くそっ! 結局こうなるのかよ。……チクショー、やってやる! だが俺だって黙ってやられてやるつもりはないからな。俺が勝つ可能性だってあるってことを覚えておけよ!」


 たしかに勝負は終わってみなければわからない。


「追い詰められた鼠は猫に噛みつくって言いますものね」

「俺は鼠でも猫でもねえ! 狼の獣人だ!」


 …………それは失礼した。てっきり狸だと思っていたアイーシャである。

 しかし、鼠も猫も狼も狸も四本足の動物であることは間違いない。


(だったら、同じよね?)


 少なくとも神の視点で見れば、余り大きな違いはない。

 とりたてて謝る必要もないかと判断したアイーシャは、体術のテストに集中することにした。ちょうど試験官が開始の合図をするところで、右手を高々と上げている。



「はじ――――」


 め、と言う前にモフセンが動いた。


 一応彼のために弁護したいのだが、きっと彼は意図して早く動いたわけではない……と思う。この手合わせは本番ではなく、アイーシャが相手に触れずに勝てるかどうかを確かめるのが目的なのだ。モフセンがズルをしてまで勝ってもなんの益もない。


(さっさと終わらせたいとか思っていて、それで早く動いてしまったのよね?)


 先ほど「やってやる!」とかなんとか元気に叫んでいたけれど、それはこの場を盛り上げるためのパフォーマンスだろう。彼のサービス精神の表れだと思う。


(だって、モフセンさん遅い(・・)んですもの)


 こんなに遅い動きでは、フライングなんていくらしても、なんの役にも立たないだろう。

 そう言い切れるほどに、彼の動きは遅かった。

 アイーシャの目にはスローモーションかと思えるような動きで、彼の拳が迫る。

 当然、余裕を持って躱させてもらった。


「え?」


 え? じゃないだろう。

 あんな拳、当たる方が難しい。


 アイーシャは軽く手を握ると、ヒュッ! と手加減しながら一閃させた。

 その動きに伴って、空間が軽く軋む。

 周囲の空気を吸い込んで軋んだ空間は、元に戻ろうとする際に局部的に暴風を生じさせた。

 アイーシャは、もう一度手を振ってその暴風を一点へと追いやる。


 もちろん狙いはモフセンで、読みどおり彼に集中した暴風は屈強な獣人青年を吹き飛ばした!


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