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21 テスト4

 モフモフの耳と尻尾がピンと立つ。



「…………加護なし?」

「ええ。だから私は攻撃魔法なんて使えないんです」


 信じられないと言うようにモフセンの首が左右に動く。


「本当ですよ。ね?」


 アイーシャが同意を求めた試験官は、ゆっくり首を縦に振った。


「マスターからはそう聞いている。それに試験会場には、不正に魔法を使った場合にすぐにわかるように魔力感知の装置が設置されている。装置が異常を報せていない以上、この子が魔法を使ったとは思えない。……とても信じられないことではあるが」


 最後の一言は余計である。

 どうして信じられないのだろう? 実際に目の前にある現実より、自分の思い込みの方が信じられるとか、人間の思考回路は複雑怪奇だ。


「……ともかく、君は合格だ。剣術のテストはもう必要ないから会場から出てもかまわない。他の者のテストが終わり次第体術のテストに移るから、それまでに戻ってくればいい」


 試験官にそう告げられたアイーシャは、キョトンとして目を瞬かせた。


「合格? この後、対戦相手を変えてもう何戦かするのではないですか?」

「君には必要ない。最高点を与えると私が約束する。……というか、刃を潰した剣でここまで切れる(・・・)相手に、これ以上なにをテストすればいいんだ?」


 いや、聞かれても困るけど。


「……剣捌きとか?」

「はじめの合図が終わるか終わらないうちに、相手の胸甲の板を切ったのにか?」


 試験官の視線がモフセンの胸甲に向けられる。

 その視線に気づいた獣人の青年は、板のなくなった胸甲を焦ったように隠そうとした。

 はっきり言って、なんの役にも立たない行為である。


「このテストで確認したかったのは、板を壊すか落とせるかの技量だ。それ以上を確認する意味はないし、私はしたくない(・・・・・)……頼むからこれ以上私の常識を覆さないでくれ!」


 なぜか試験官から涙目で頼まれてしまった。

 そうまで言われては仕方ない。アイーシャは、他の人の剣術も見てみたかったのだが、諦めて会場を後にする。




 無念さが歩みに現れていたのだろう、トボトボと出てきたアイーシャを見て、ザラムと自分の馬を連れたカフィが急いで歩み寄ってきた。

 試験会場には本人以外入れないので、カフィには外で待ってもらっていたのだ。

 馬の姿をしているザラムが入れないのは言うまでもない。


「アイーシャ! ずいぶん早いな。…………どうだった?」


 カフィは心配そうに聞いてくる。


『タドミールさま、やはり、中の様子をうかがい見ることまで禁止されるのはあんまりです! もう、何度会場を壊して乱入しようと思ったことか!!』


 いつも通りのザラムの言葉に、アイーシャはちょっと癒やされる。


「一勝しました。剣術のテストはもう受けなくても合格だから、外で休んでいるようにと言われました」


『ザラム、私の言うことがきけないの? いい子で待っていてと言ったでしょう?』


 カフィには言葉で、ザラムには思念で、アイーシャは答えた。


「一勝? たしかに一勝は合格ラインだが、普通は得点を重ねるためにもう何戦かは戦うはずだろう? ……次の体術のテストに備えて体力を温存させろっていう配慮なのか?」


 カフィは不思議そうに考え込む。


『もちろんご命令には従います。だからこれほど我慢しているのです! でも、私がお側にいなければ、タドミールさまがまた常識外れのことをされるのではないかと……それだけが、私は心配で!』


 ずいぶん失礼な言い分である。


『そんなことするはずないでしょう?』

『本当ですか? 本当に、普通に一勝されただけなのですか?』

『…………っ』


 思わずアイーシャは口ごもってしまった。


 一勝したのは間違いない。

 普通に与えられた剣を持って戦っただけで、グランもティルもダインも召喚していないのだから、普通に一勝したと言えるだろう。

 その後、板を切ってみせたりしたが……あれは試験官の言葉に従っただけだから、問題ない……はずだ。


『そうよ。普通に一勝しただけだわ』


 改めて思い返し、そう結論づけたアイーシャは思ったままに答える。

 黒い馬の黒い目が、疑り深そうに彼女を見つめていた。


「……まあいいか。別にトップで合格しなくても冒険者にはなれるんだし、ここで無理して体術テストで合格ラインに届かないことの方が問題だよな。……うん、試験官の判断は間違っていないと思う」


 カフィは自問自答の中で納得する答えを見つけたようだった。アイーシャ自身はあまり納得できていないのだが、カフィが納得したのならきっとそれでいいのだろう。


「よし。疲れただろう? 次のテストまでの間に甘い物でも食べないか? もちろん俺が奢るよ」


 まったく疲れていないのだが、甘い物は大好きだ。


「ありがとうございます。ごちそうになります」

「そうと決まれば善は急げだ。こっちだよ!」


 カフィは、当たり前のようにアイーシャの手を引いて歩きはじめた。


『おのれ! 何度もタドミールさまのお手に気安く触れるなど、万死に値する!!』

『ダメよ! ザラム!!』


 とたんカフィを呪いはじめたザラムを、アイーシャは全力で止める。


『そんな! タドミールさま、せめてあそこ(・・・)を腐らせる呪いだけでもやらせてください!!』

『ダメに決まっているでしょう! だいたいあそこ(・・・)ってどこよ!?』


 不毛な念話をしながら、アイーシャたちは歩いて行く。



 ――――その後、アイーシャは一時間ザラムを無視し続けた。

 懲りない闇の神が本当に反省したかどうかは不明である。


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