20 テスト3
(私はきちんと挨拶したのに、無作法な人ね)
モフセンの声を聞いたアイーシャは、少しムッとする。
試験官はなぜか呆然としていて、モフセンに注意できないようだった。
仕方ないのでアイーシャは、自ら彼に注意する。
「テスト終了後は、戦ってくれた相手に頭を下げるのが礼儀ですよ」
ところが、アイーシャの親切に対し、モフセンは声を荒げて怒鳴り返してくる。
「そんな礼儀うんぬんの話じゃねぇ! なんで剣の中に刃を潰してねえやつが混じっているのかって聞いているんだよ!!」
……いつの間にそんなものが混じっていたのだろう?
「モフセンさんの剣がそうだったのですか? ひょっとして、それで動きが遅かったのですね」
アイーシャは納得して頷いた。
試験官の「はじめ」の合図を聞いても、彼はあまりに動きが鈍かったのだ。ゆっくり動くのは人間の貴族限定かと思ったが、獣人もそうなのかと思ってしまったくらい。
きっと彼は、自分の剣の刃が潰れていなかったために、公平な試験ができないと申し出ようと思っていたのだろう。
(私ったら、そんなことにも気づけずに勝負をつけてしまったのね。それでは怒られても仕方ないわ)
「では、剣を変えてもう一度テストをやり直しますか?」
アイーシャは、それでもまったくかまわない。
「は? いや、なに言っているんだ? 俺じゃねえよ! お前の方の刃が潰れてねえだろうって言っているんだよ!!」
(…………私?)
「私の使った剣の刃は、ちゃんと潰してありますよ」
「嘘をつけ! だったらなんで俺の板が切れたんだ!?」
「だって、そういうテストなんでしょう?」
アイーシャは、コテンと首を傾げた。まだ呆然としている試験官をジッと見る。
「――――は?」
「このテストは、潰した刃でどれだけ早く相手の板を切れるかを競うテストですよね?」
「そ、そ、そ、そんなわけあるかぁ~!!!!」
奇しくも試験官とモフセンの声が重なった。
非常に大きな声で、アイーシャはびっくりしてしまう。
――――その後二人はアイーシャの使った剣を手に取って、何度も何度も刃を確認した。
「……間違いなく潰れている」
当たり前である。
特に試験官の方は、自分たちで潰した剣を用意したくせになにをそんなに驚く必要があるのだろう。
「本当にこれで切ったのか?」
間違いないのでアイーシャは頷く。
「…………もう一度切ってもらってもいいだろうか?」
そう言って試験官は、会場の隅に置いてある予備の板をおそるおそるといったふうに指さした。
「こんな剣で切れるもんか!」
「いいですよ。何枚切りますか?」
今度は、アイーシャとモフセンの声が重なる。
「――――は?」
それで聞き取りにくかったのだろう。試験官は訳がわからないというような顔をした。
アイーシャは、モフセンをギロリと睨んで黙らせると、もう一度質問を繰り返す。
「板を何枚切ればいいのかと聞いたのです。まさかそれを全部切るわけではないのでしょう?」
別に全部切って切れないわけではなかったが、予備がすべてなくなってはギルドも困るだろう。
「――――は? あ、ああ。そうだな。……だったら三枚くらい――――というか、そんなに何枚も切れるものなのか?」
アイーシャは「コツを掴めば簡単ですよ」と頷いた。
なにせ必要なのは速さとブレのなさだ。
アイーシャは、片手で刃を潰した剣を握り、パッと一閃させる。
「はい。切れました」
「――――は?」
どうやら試験官の口癖は「は?」らしい。しかも、少し間を空けたタイミングで発する必要性のある「は?」だ。
「だから切れたと言ったんです。どうぞ確認してください」
アイーシャは剣を使って板の方を指し示す。
なのに、なぜか試験官は動かなかった。
先に動いたのはモフセンで、彼が板に触れた瞬間、上からきっちり三枚がカタタと崩れて落ちる。もちろんどの板も真っ二つになっていた。
「…………本当に、切れている」
切れと言われたから切ったのだ。
そんなに驚かなくてもいいと思う。
「……う、嘘だ! 嘘だ、こんなこと! 刃を潰した剣で板が切れるはずがない! こんな魔法みたいな」
モフセンは、そう叫ぶとハッとして動きを止める。
「――――っ! そうか、お前、魔法を使ったんだな! このテストでは魔法は禁止されているのに。言えっ!! どんな魔法を使ったんだ!?」
ずいぶん失礼な奴である。
「魔法なんて使えませんよ。私は『加護なし』なんですから」
ムッとしてアイーシャがそう言えば、モフセンの大きな口がパカンとあいた。