19 テスト2
午前のテストはカフィの言った通り簡単な問題ばかりだった。
(思い出せる限りの魔獣の名前と特徴を書け、なんていう明らかなサービス問題もあったけど。……おかげで紙が足りなくなって十枚ほど余計にもらってしまったわ)
アイーシャの他には追加でもらっている人はいなかった。少し心配だが、禁止事項になっていなかったので大丈夫だろう。
昼食をカフィにたくさんおごってもらい、ザラムにも約束どおりにんじんを食べさせたアイーシャは、意欲満々で午後一番の剣術のテストに挑んでいた。
「――――え~? 俺の相手はこのお嬢ちゃんだってかぁ?」
まいったなぁと目の前で天を仰ぐのは、くじ引きでアイーシャのテスト相手に決まった獣人の青年だ。
獣人とは、文字通り獣の特徴を持った人間を示す呼称で、彼らは大陸の南にある南方諸島に多く住んでいる。人間の中には獣人を自分たちとは違う生き物だと主張し差別する者もいるのだが……正直意味がわからないと、アイーシャは思っていた。
獣の特徴を持つかどうかは、髪や肌の色が違うかどうかと同レベルの差異で、ぶっちゃけ繁殖可能なのだから同じ種族でいいはずだ。
少なくとも神の前では、たいした違いはない。
獣人は身体能力が高く、敏捷性を高める風の神の加護や、筋力増加のできる大地の神の加護を授かる者が多い。このため、冒険者になる者も珍しくなく、今回のテストにも三人参加していた。
「なに言っているんだ。もう勝ったも同然なんだからラッキーだろう?」
「こんな小さなお嬢ちゃんに勝ったって、評価してもらえそうにないだろ」
同じ獣人仲間からかけられた声に、青年は口を尖らせてふてくされている。
「そんなことはない。相手が誰だろうと一勝は一勝だ。もちろん戦いの内容も見させてもらうが、勝敗を重要視するのは当然だからな」
見かねたギルド側の試験官がそう言って青年を宥めた。
「よっしゃ! そういうことなら頑張るかな」
とたんやる気を出した獣人の青年は、ピョンと跳ねてクルリと一回転。見事な着地をアイーシャの前で決めてみせる。
「ごめんな、お嬢ちゃん。でも刃を潰してある剣だから多少痛くてもそんなに酷いケガはしないと思うぜ」
謝罪の言葉を口にしながらも、青年はまったく悪いとは思っていないようだった。三角耳が楽しそうにピコピコとゆれ、長い舌でペロリと唇を舐める。
アイーシャは、今の流れで、なんで青年が謝ったのかまったくわからない。
「あなたが謝る必要はないと思います」
だから思ったそのままを言ってみた。
「ハハ、気の強いお嬢ちゃんだな。その強がりがどこまで続くか楽しみだ」
よくはわからないが、どうやらアイーシャは「強い」と褒めて貰っているようだ。
「ありがとうございます。ご期待を裏切らないよう頑張りますね」
「ハハハ、そのすまし顔……泣かせてやるよ! 小さいからって誰からも優しくしてもらえると思っていたら大間違いだからな」
当たり前のことを叫んで青年は剣を構える。
彼の言った通り、テスト用の剣は刃を潰してあった。なんでわざわざ刃を潰すなんてことをするのだろうと、アイーシャは思っていたのだが……つい先ほど答えが閃いたところだ。
(……きっと、切れ味の鈍くなった剣でどこまで切れるか確かめるためのテストなのよね)
我ながら冴えている。
刃などいくら潰そうが、剣は使い方次第でいくらでも切れるのだ。必要なのは、剣を振る際の速さとブレをゼロにおさえること。やりようによっては、棍棒で大岩を真っ二つにすることだって可能だ。
(さすが冒険者ギルドのテスト、奥が深いわ)
受験生は全員ギルドで支給された胸甲をつけている。この胸甲には前後に四角い板がついていて、この板を壊すか落とすかすれば、その者の勝ちとなるそうだ。
「アイーシャさんといったかな。棄権するなら今のうちだよ?」
試験官が心配そうに聞いてきた。
アイーシャは不思議そうに首を傾げる。
「私は元気ですよ。体調はどこも悪くありません。どうぞはじめてください」
どこか具合が悪いように見えたのだろうか? 元気だということを強調するために、アイーシャは剣を高く掲げてみせる。
試験官は、大きく息を吐き出した。
「仕方ない。――――それではこれより午後の部をはじめる。剣術テストのやり方は先ほど説明した通りだ。最初の対戦はアイーシャとモフセン!」
獣人の青年の名はモフセンというらしい。
フサフサ揺れる尻尾を見ながら、ピッタリの名前だなとアイーシャは思った。
「手加減なんざしないぞ。俺は人間が大嫌いだからな!」
モフセンがそう叫ぶのと、
「では――――はじめ!」
試験官が開始の合図をするのが同時で。
――――そして、勝負は一瞬で終わった。
コン! と軽い音がして、真っ二つになった板が地面にはねる。
「へ? え? ……えぇっ!?」
モフセンが板のなくなった自分の胸部を、信じられないように見つめている。
「ありがとうございました」
アイーシャはペコリと頭を下げた。
剣の試合をした後は、互いに礼をするのが一般的だと聞いたことがあるからだ。
(世間知らずの私だけど、こういうお話はお兄さまたちがたくさんしてくれたから知っているのよね)
少々得意になるアイーシャだ。
「――――は? あ、なんで? こんなんあり得ないだろう!? なんだって真剣が混ざっているんだよ!」
モフセンの怒鳴り声が周囲に響いた。