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16 冒険者ギルド5

 とたん、ざわざわとしていた雰囲気が一気に消え去る。誰もが息を呑む音が聞こえた。


「え? あ? ま、待ってくれ。加護なし(・・・・)で冒険者になろうっていうのか?」


 ザックが三白眼を思いっきり見開いて狼狽える。


「はい! 加護なしでも、ギルドのテストは受けられますよね?」

「そ、それはそうだが……本当に、加護なしで?」


 ザックは、呆然としてアイーシャを見つめるばかり。


「――――ムリだろう」

「加護がないってことは、魔法が使えないってことだよな?」

「身体能力だって、加護があるとないでは大違いだ」

「普通に暮らしていくのだって、加護なしじゃ厳しいのに」

「冒険者だなんて、命を捨てるも同然だ」


 周囲の人々が驚愕の声をもらす。

 アイーシャは黙ってザックを見つめた。

 壮年のギルドマスターは、アイーシャから視線を逸らし彷徨わせたあとで、カフィを睨む。


「…………どういうつもりだ?」


 低い声でそう聞いた。


「どうもこうもないよ。俺は、旅の途中でアイーシャに会って、冒険者になりたいって聞いたからここに連れてきた。それだけの話さ」

「なんで止めない!」

「その必要を感じなかったからだ。俺がアイーシャに声をかけたのは、彼女がいかにもガラの悪そうな二人組の男――――まあ、予想に違わず盗賊だったんだけど――――そいつらに絡まれていたからだ。でも、結果から言えば、俺の行為はまるっきりの余計なお世話だった。彼女は自分の力だけで、そいつらを退(しりぞ)けることができたし、事実そうして旅を続けていた。そんなことができる相手に対して、『加護なしだから、冒険者になるためのテストを諦めろ』だなんてどうして言えるんだ?」


 ザックは信じられないと言わんばかりに目を見開いた――――と思う。

 グッと息を呑み、やがて大きく吐き出す。


 アイーシャは、笑みを深くした。カフィがそんな風に思っていてくれたなんて、嬉しすぎる。


「ありがとう、カフィさん。私、頑張ってテストに受かってみせますね!」

「ああ、頑張れよ!」


 両腕で力こぶしを作って見せるアイーシャの頭を、カフィはわしゃわしゃと撫でた。

 ザックは、バン! とテーブルを叩く。


「ああ、くそっ! 真剣に悩んでいる()が馬鹿みたいじゃないか。……わかった。どのみち君はテストを受ける資格を得たんだ。私に止める権利はない。……ただ覚えておいてほしい。冒険者は、世間一般が考えるほどいい(・・)仕事ではない。華々しく活躍するのはほんの一握り。冒険者になったはいいが、実力が足らずいつまで経ってもレベルが上がらない者は大勢いるし、無茶をして大けがをしたり死んだりする者もいる。毎年多くの冒険者が誕生するが、そのうちの三割は数年の内に冒険者を辞めるし、残った者の中でも高ランクに登れる者は一割いればいい方だ」


 そんなこと当然のことだろう。

 アイーシャだって、なにも高ランクの冒険者になろうなんて考えていない。今の彼女の力では、せいぜいよくてその日暮らしの低ランク冒険者になれるかどうかといったところのはずだと思っている。


(本当に、以前の私に比べたら今の私は虫けらよりも無力なんだもの)


「わかっています」


 しっかり頷いて伝えれば、ザックは一枚の紙を私へと差し出した。


「そこにテストの内容が書かれている。――――午前は基礎知識をたしかめるための筆記テストを行い、午後は実技を行う。剣術、体術、魔法の三種目が試されて、それぞれに最低の合格ラインがあり、それを超えた上でのトータルポイントで合格かどうかが決まる仕組みだ。一番早いテストは明日あるが、さすがに今日の明日では難しいだろう。次のテストは十日後。もしそれでも早すぎるようならその次を受けてもらってもかまわない」


 ザックは丁寧に説明してくれた。


「あの、明日のテストに空きはありますか? できれば早めに受けたいのですが」


 後になればなるだけ、その分滞在費がかかる。当面のお金の心配がいらないくらいの額を持ってはいるものの、余計な支出は控えたかった。


(そして、一日でも早く冒険者になって、お金を稼ぐ手段を手に入れるのよ!)


 心にカツを入れたアイーシャは、願いをこめてザックを見つめる。

 三白眼を閉じて考え込んだギルドマスターは「そうだな。いたずらに先送りをして、期待を長引かせても結果は変わらないな」と呟いて、静かに頷いた。


「わかった。明日受けられるように調整しよう」

「ありがとうございます!」


 やはりザックはとてもいい人だ。

 そうと決まれば今日は早めに休んだ方がいい。


(なんといっても、私の体はまだ子どもなのだもの。早寝早起きは子どもの基本よね)


 アイーシャが椅子から立ち上がれば、続いてカフィも立とうとする。

 しかし――――。


「カフィ! お前は少し残れ」


 そこにザックの鋭い声がかかった。


「えぇ~?」


 ものすごく不満そうに、カフィは聞き返す。


「えぇ、じゃない! 時間は取らせないから、いいから残れ!」

「ちぇっ、仕方ないなぁ。ごめんねアイーシャ、先にギルドを出て待っていてくれる? 目の前の食堂で好きなものを頼んで食べていていいからね。請求書はギルドマスターにって、カフィが言ってたって伝えるといいよ」

「おい!」

「アイーシャを一人で待たせるんだ。いいだろそれくらい?」


 カフィにジロリと睨まれたザックは、眉間にしわを寄せる。


「わかった」


 しかし、その表情のまま頷いてくれた。白紙にサラサラとサインをすると、『この子の支払いは私個人に請求するように』と書いて渡してくる。


「えぇ? 俺の分は?」

「調子に乗るな!」

「ちぇっ」


 仲のよい二人の様子に、アイーシャはついつい笑ってしまった。


「ありがとうございました。バスターさん、明日はよろしくお願いいたします」


 礼を言ってアイーシャはその場をあとにする。ザラムの元にいって、馬留から手綱を外した。


『タドミールさま! ああ、もうっ! あのように、たかが人間風情がタドミールさまに気安く話しかけるなど……私は、何度この建物ごと奴らを押し潰そうと思ったかわかりません! 伏してお願いいたします。今からでも奴らを皆殺しにさせていただけませんか?』


 とたんに頭に響いた声に、アイーシャは呆れる。


『どうどう、よく我慢をしたわね。とってもいい子だったわよ。だから、この調子でずっと我慢をしてね。……っていうか、今言ったようなことをしたら、もう一生口をきいてあげないわよ』

『そんな! タドミールさま』


 声なき会話を続けながら、アイーシャは出口へと向かう。

 ちょうど扉に手をかけ押したところで、カフィに呼び止められた。


「あっ、アイーシャ!」

「はい、なんですか?」


 半分扉を開けた(・・・)状態で、アイーシャは振り返る。


「そういえば、この後はシャルディに入ったときに見た食堂に行く予定だった。あそこの名物料理は絶対食べてほしいからね。目の前の食堂では、その分お腹を空けといて!」


 そういわれればそんな約束をしたのだった。


「わかりました。じゃあ飲み物だけにしておきますね」


 いったいどんなおいしい料理が食べられるのだろう。期待でワクワクしながら、アイーシャは扉をくぐり抜ける。


「うん。ちょっと残念だけど、そうしてね。俺もすぐ行くか――――へっ?」


 スッと扉が閉まったところで、カフィの声は聞こえなくなった。

 なんだか語尾がおかしな風に上がっていたような気がしたが……いや、気のせいだろう。


 アイーシャは、ザラムと出てきた正面扉(・・・)を振り返り、少し首を傾げる。


「ま、いっか」


 戻って聞き返すより。目の前の食堂で乾いたのどを潤したい。緊急のことならば、カフィはすぐに追いかけてくるだろう。


『ザラム、あなたは食堂の外で待っていてね』

『ええ!? そんな、タドミールさま!』


 文句たらたらなザラムを宥めながら、アイーシャは食堂に向かう。

 ギルドの正面扉が開く気配はなかった。

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