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15 冒険者ギルド4

 ギルドの中は想像していたよりもシンプルで機能的な施設だった。広い空間が用途別に区切られていて、冒険者と思わしき人々も整然として規則に従っているようだ。


「一番左端が、俺たちがこれから手続きをする冒険者登録や変更、再発行なんかの事務系の窓口だよ。隣がギルドへの依頼を受付けるコーナー。真ん中の一番広いスペースが依頼の掲示場所兼冒険者の待機場所だ。自分が請け負う依頼が決まった冒険者はその右隣の受注報告窓口で手続きする。依頼を達成した者は右端の階段から地下に降りて達成報告と確認を受け、依頼の報酬を受け取るんだ。それ以外でも独自で狩った獲物を鑑定して買い取りする窓口も地下だよ」


 ひとつひとつ指さしながらカフィは説明してくれた。

 右端の階段には上にいくものもあるので、たぶん二階にギルドの内部組織があるのだろう。


 そう思って見ていれば、ちょうどその二階からギルドの職員らしき人が降りてくる。

 短かい黒髪をアップバングにした背の高い男性で、年の頃は四十代前半くらい。詰襟の黒服をきっちり着込んでいる。


「カフィ! 騒がしいと思ったらやっぱりお前なのか」


 紫色の三白眼が、ジロリとカフィを睨んだ。


「おいおい酷いな。その言い方じゃ、俺がいつも騒動を起こしているみたいじゃないか」

「事実だろう」

「絶対違う!」


 カフィとその男は、ビシバシと視線を飛ばし合う。

 どうやら二人は世に言う『ケンカするほど仲がいい』というお友だちらしい。


(ちょっと年齢差はありそうだけど、まあ数十年くらいなら友情を築くのになんの問題もない年の差よね?)


 少なくとも神々に比べれば、吹けば吹っ飛ぶような年数だ。千年未満ならば無いも同然なのだから。


 黒髪の男は、いまだ開いたままの扉を見、ついで私たちを見て、ため息をついた。


「その子のために扉を開けてやったのか? お前ならもっと静かに開けられるだろうに」


 呆れたように言いながら、片手を扉の方に向ける。

 ブンと、空気の震える感じがした。

 次の瞬間、音もなく重い扉がスッと閉まる。


(あらまあ。ずいぶんうまく気圧をコントロールするのね。この人風の神のお気に入りなのかしら?)


 空気を操り、物を動かす魔法は、風の神の加護を受けた人間ならば多少なりともできることだ。しかし、案外加減が難しく、ここまで静かに扉を閉める力は感嘆に値する。


「いやいや、開けたのは俺じゃないからな。向こうにいる黒馬だよ」


 カフィはそう言いながらザラムを指し示した。

 彼の指の先を視線で追った男は、フンと鼻を鳴らす。


「嘘をつくならもっとましな嘘をつけ。たしかに見事な黒馬だが、ただの馬にあの扉が開けられるはずがないだろう」

「本当なんだから仕方ないだろう。そんなに疑うのならみんなに聞いてみればいいさ」


 カフィに言い返された男は、ジロリと視線を周囲の人間に向けた。


「ほ、本当です!」

「俺は中にいたから、あの馬が蹴ったところは見ませんでしたが、突然扉がバン! と開いて、そこに馬の後ろ足が見えたんです!」

「あの体勢なら、馬が蹴り開けたに違いありません!」

「わ、私は外にいました。扉を蹴ったのは間違いなくあの黒い馬です」


 次から次へと立ち上がり証言する者が出てくる。これだけいれば証人の数は十分だろう。

 それを見た男は、眉間に深いしわを寄せた。


「な、言った通りだろう。ついでに言えば、あの黒馬は間違いなくこの娘――――アイーシャの馬だ。彼女は冒険者登録をするためにここまできて、そして見事自分の馬に扉を開けさせたのさ。つまり登録テストを受ける資格があることを証明したんだ」


 まるで我が事のように鼻高々とカフィは説明する。

 男は、紫色の三白眼を驚いたように見開いた……と、思う。なにせ三白眼なのであまりよく確認できないのだ。


「そうか。これだけ多くの証人がいるんだ間違いないんだろう。……ようこそ、シャルディの冒険者ギルドへ。可愛いお嬢さん」


 アイーシャの前までやってきた男は、彼女と目線を合わせるように膝をついた。


「私は、このギルドのマスターで、ザック・バスターという。お嬢さんが冒険者になりたいということで間違いないのかな?」


 一応優しく笑っているつもりなのだろう、男の目元と口元がピクピクと引きつっている。三白眼が細められ、紫の目がギラリと光った。


(うん。なかなかの迫力ね)


 小さな子どもなら、十人中九人までが泣き出してしまいそうな凶悪顔である。ギルドマスターというよりは、悪の組織の大幹部と言われた方が納得する顔だ。


 黙って立っていればスラリとした色男なのに、このギャップはどうしたことだろう?

 カフィは「あちゃー」と呟いて額に手を当てた。

 周囲の人々も、オロオロしながらアイーシャを見ている。きっと、文字通り小さな少女が泣き出さないかと心配しているのだろう。


 しかし、アイーシャは十人中の残り一人だった。

 男――――ザックの細い目を見て、にっこり笑う。


「はい! ご挨拶ありがとうございます。バスターさん。私は、先ほどカフィさんにも紹介していただきました、アイーシャと申します。冒険者になりたくて、シャルディに連れてきてもらいました」


 ハキハキ元気よく答えるアイーシャに、周囲から信じられないといったどよめきが起こる。


「あのマスターに、女の子が泣かないなんて」

「怯えてすらいないぞ」

「ひょっとして目が見えないのか?」


 失礼な。視力は両眼とも無限大である。見ようと思えばどこまでだって見える。


「そ、そうか。で、では登録テストの申し込みをしなければならないな」


 ザックはなぜか体を小刻みに震わせながらそう言った。


「わ、私が案内しよう」

「お願いします! ありがとうございます!」


 ギルドマスター自ら案内してくれるなんて光栄だ。親切な申し出に笑って頭を下げれば、ザックは「うっ」と呻いて目頭を押さえた。


「俺が……この俺が、少女からお礼を言われるなんて――――」


 ジ~ン! と音がしそうな様子で感動している。


「バスターさん、どうかされたんですか?」


 心配したアイーシャがたずねるのと、カフィが「アハハ!」と笑い出すのが同時だった。


「アイーシャ、ザックはね、昔保護した子どもに泣かれて以来ずっと子どもに対して自然な対応ができないでいるんだ。笑おうとすればするほど顔が強ばって、結果怖がらせて泣かれている」


 それは気の毒な話だ。


「大丈夫。私は怖くないですよ。少なくともフレイムよりずっと怖くありません」


 フレイムは火の神だ。熱血漢でいい奴なのだが、いかんせん、どうしてここまでと思えるほどキッとつり上がった真っ赤な目と酷薄そうな薄い唇の持ち主なのだ。ツンツンと立ち上がった赤い角のような短髪も相俟って、悪鬼のごとき迫力がある。


 当然、神仲間以外のほとんどに怖れられていた。


(自分の神仕にまで畏怖されていたわよね? もっとフレンドリーになりたいのにって、いつも嘆いていたわ)


「フレイム? そうか。私より怖い顔の人間もいるのだな」


 同情心たっぷりにザックが呟く。

 残念ながら、人間ではなく神である。


 自分と同じような境遇のものもいると知ったザックは、少し元気になったようだった。まだクスクスと笑っているカフィをジロリと睨みつけた後で、事務系手続きの席に案内してくれる。


「――――登録名はアイーシャだけでいいのかな?」


 大きなテーブルにカフィと並んで座らされたアイーシャは、テストの申込書を持ってきて目の前に座ったザックに質問された。


 冒険者になるためには、本当の名前や身分、出身国などの個人情報は必要とされない。冒険者ギルドは、どんな前歴を持つ者も平等に受け入れることが信条で、隠すも隠さないも個人の自由、自己申告制を旨としているからだ。唯一、罪を犯し刑期を終えていない者だけは受け入れないのだが、そういった者は闇の神ザラムの刻印が体に刻まれているため、申告の有無に関わらず冒険者登録の段階で弾かれる仕組みとなっている。


「はい。女性で十五歳。出身国はノーティス王国です」


 この程度の情報なら知られてもかまわないだろう。そう思ったことをアイーシャは答える。どのみち見た目からも察せられることなのだから隠す方が不自然だ。


「十五歳なら加護判定の儀式は終わったばかりだな。どの神の加護を受けたんだい?」


 基本情報のひとつとして当たり前のようにザックは聞いてきた。

 カフィが表情を強ばらせ…………アイーシャは、ニコリと笑う。


「どの神の加護も受けていません」

「…………は?」

「私、加護なし(・・・・)なんです」


 アイーシャの声は、冒険者ギルド内に大きく響いた。


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