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14 冒険者ギルド3

 ブルル! と首を左右に振り乱し、アイーシャから手綱を抜き取ったザラムは、クルリと後ろを向くなり後ろ足でギルドの正面扉を蹴り開けようとする!


 アイーシャは、ちょっと焦った。なぜなら、ザラムがあの勢いで蹴ったのなら、扉ごと建物が半分くらい吹っ飛んでしまいそうだから。


『ザラム! 扉を壊したら、三日間口をきいてあげないわよ!』


 さすがに建物半壊はまずいと思ったアイーシャは、即座に思念を放った。

 間一髪、その脅しが効いたザラムは、なんとか力を制御したようで、ババァァン! と勢いよく開いた扉は、多少ガタガタと震えはしたもののどこにも吹き飛ばずに開く。建物も、無事である。


 ……まあ、よく見れば扉の左右に馬の蹄の跡がくっきりついているような気がするが……うん。きっと元からあった模様なのだろう。

 さすがシャルディの冒険者ギルドの正面扉、凝った意匠である。


「……馬が蹴り開けた?」

「へ? いったいどうなっているんだ?」


 ホッと安堵していれば、ザワザワと人々の驚愕の声が耳に入ってきた。

 扉を開ける手段は選ばないと言っていたはずなのに、驚きすぎなのではないだろうか?

 思わずムッとすれば、「プッ」と吹き出す声が隣から聞こえた。


「アハハ、スゴイ。さすがアイーシャだ。まさかザラムに蹴り開けさせるとは思わなかったよ。うん、ホントにザラムはいい馬だな」


 声の主はもちろんカフィである。彼は心底楽しそうに笑っている。


「馬に蹴らせるのは、いけなかったのですか?」


 アイーシャは、まだヒソヒソと話している人たちを見ながらそう聞いた。


「いやいや、そんなことはまったくないよ。ただ、この扉は見た目どおり重いからね。普通の馬の一頭や二頭が蹴ったところで開くとは誰も思っていなかったのさ」


 まあ、たしかにザラム以外の馬では難しいのかもしれない。


「でも、これが冒険者になるための第一歩だというのなら、人間だってひとりで開けられる人もいるのでしょう? 馬にそれができないなんて決めつけるのは間違っていると思います」

「それはそうかもしれないけれど……いや、やっぱり無理だよ。神馬だったら別だけど。ザラムは神馬じゃないだろう?」


 神馬ではなく、()である。

 なのでアイーシャはコクリと頷いてカフィの言葉を肯定した。


「だったらザラムが規格外にスゴイ馬だったってことさ。みんなが驚くのも無理のないことだから機嫌を直してくれないか?」


 カフィにそんな風に言われたら、アイーシャが怒り続けられるはずがない。


『タ、タドミールさま、怒っていらっしゃるのですが? ひょっとして私が勝手に扉を開けたせいですか!?』


 カフィの言葉を聞いたザラムは、泣きそうな思念を送ってきた。黒い馬の黒い瞳に、みるみる涙が盛り上がってくる。闇の神のくせして、ザラムはアイーシャのことに関してだけは涙もろい。


『大丈夫。あなたに怒ったわけではないわ』


 アイーシャは、ザラムの首をポンポンと叩いてやった。


『それに元々そんなに怒っていたわけでもないし。……こんな子どもの()にだって開けられそうな扉を馬が開けたからって、大げさな反応をするからちょっと驚いただけだわ』


 だからアイーシャは、機嫌を損ねてはいないと伝えるために、カフィにも小さく頷いてみせる。

 カフィは、ホッと息を吐いた。


「それじゃ、いつまでも扉を開けっぱなしにもできないから、中に入ろうか。――――ようこそシャルディの冒険者ギルドへ」


 左手を胸に、右手を建物の中へと向けながら、カフィは優雅にお辞儀する。


「……えっと、ザラムは?」


 建物の中に入るなら、馬は馬留に繋がなければならないだろう。

 しかし、カフィは「大丈夫」だと言ってアイーシャの手を引いた。


「一緒でかまわないよ。冒険者の中にはテイマーっていって魔獣を従えて戦力にする奴もいるからね。そういう奴は自分の従魔と離れたがらないから一緒に屋内に入るのが常識なのさ。魔獣がよくて普通の馬が悪いなんて筋が通らないだろう? まあ、普通の馬は魔獣の気配を怖がって入りたがらないものなんだけどね」


 カフィはチラリとザラムに視線を送る。

 ザラムはもちろんそんなものを怖がるはずもない。どちらかといえば、心配なのは魔獣の方がザラムに怯えるのではないかということだ。


「カフィさんの馬も怖がっていませんね?」

「こいつはギルドに慣れているからな」


 カフィは優しい手つきで自分の馬の鼻を撫でる。

 ブルルと甘えるように鳴く馬は、主人の手に自ら顔を押しつけた。


『そういえば、この子はザラムも怖がらないわよね?』

『馬ごときが、闇の神である私の気配を察することなどできるはずありませんから。知らないということは、ある意味幸せなのですよ』


 ヒヒンとザラムは馬鹿にしたように笑った。


『だったら、その神の力で他の魔獣にも一切あなたの気配を察せられないようにしなさい。もちろんできるわよね?』

『……タドミールさまのお望みのままに』


 ひどく不服そうではあったが、ザラムは頷いた。きっと内心では魔獣なんかに侮られたくないとか思っているのだろう。しかし、そんなプライドより余計な騒ぎを起こさない方がずっと大事だ。


 幸いにして、足を踏み入れた冒険者ギルドの中に魔獣の姿はなかった。元々テイマーは数が少ないそうで、いる方が珍しいらしい。

 そのせいかもしれないが、アイーシャたち同様馬を連れ込んでいる冒険者がいるらしく、中には数頭の馬がいた。みんな壁にある馬繋ぎのフックに繋がれている。


 当然アイーシャとカフィもそれぞれの馬を繋いだ。


『タ、タドミールさま、私もご一緒したいです!』

『いいからそこでいい子にしていなさい。多少のことがあっても手出ししてはダメよ!』


 強めに言い聞かせれば、ザラムはしゅんとしながらも従う。

 心配そうに見つめてくる黒い瞳から目をそらし、ギルド内部を見渡した。

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