13 冒険者ギルド2
そして、それから二時間後。
アイーシャたちは、無事にシャルディへの入国を果たしていた。
カフィはどうやらとても有名な冒険者だったようで、入国審査はあってなきがごとし。
「カフィさんのお連れなら、まったく問題ないですよ。シャルディへようこそ、お嬢ちゃん」
ニコニコと笑った門番は、そう言って軽い感じで手を振ってくれた。
いやまあ、面倒ごとなく入れたことは嬉しいのだが、なんだか拍子抜けである。
「ありがとうございました。カフィさん」
それはそれとして、きちんとお礼は言った。伯爵令嬢だったアイーシャは、基本礼儀正しいのだ。
カフィは「律儀だなぁ」と言って頭に手をやった。
「そんなに気にしないでいいからね。それよりこれからどうするの? 長旅だったから宿に直行でもいいけれど、見たいところがあれば案内するよ。……冒険者ギルドとか?」
どうしてカフィは、自分の気持ちをわかってくれるのか? そう思ったアイーシャは、満面の笑みを浮かべてコクコクと頭を縦に振る。
ハハッとカフィは笑った。
「俺も最初にシャルディにきたときは、一目散にギルドに向かったからね。冒険者になりたいっていう人間の気持ちはわかるよ」
どうやら今のアイーシャの気持ちは、誰しも持つものだったらしい。やはり自分は平凡な人間なのだなと、アイーシャはあらためて自覚した。
「行こう。こっちだよ」
轡を持っていない方の手を差し出されたアイーシャは、ためらいなくその手を握る。
『タ、タドミールさまのお手を、こんなにも簡単に握ってしまうだなんて! ……やはりこいつは危険だ。今すぐ排除すべきでは――――』
……ザラムもいつもどおりだった。
シャルディの町の通りは広く、きれいに整備されている。馬二頭を引きながら並んで歩いてもまったく問題ないくらいだ。
「あそこの食堂はおいしいから、後できてみよう」
「この通りの向こうにお薦めの宿屋があるよ」
道すがらカフィはいろいろと案内してくれる。
同時に――――。
「おや、カフィじゃないか?」
「きていたのかい?」
「久しぶり。いい装備が入ったんだ、後で見にこないか?」
道行く人や住人から、カフィに気軽に声がかかった。
「ありがとう。後で顔を出すよ」
「なんだい? ずいぶん可愛い子を連れているね?」
「いつの間に子どもなんてできたんだい?」
「おいおい、勘弁してくれよ。俺がいくつの時の子だよ?」
気安い会話は、カフィがシャルディの住人たちに好かれている証拠だろう。
「みんな、また後でな。今は、この子に早くギルドを見せてやりたいんだ」
ひっきりなしに話しかけられたカフィがそう言えば、住人たちは呆れ顔になった。
「なんだ、まだギルドに行ってなかったのかい?」
「そりゃダメだ。早く連れてってやんなよ」
「あそこは、シャルディの『顔』だからな。お嬢ちゃん、よく見ておいでよ」
なにをモタモタしていたんだと言わんばかりにカフィを急かす住民たち。
「いやいや、引き留めていたのはあんたたちだろう?」
「久しぶりに会った顔なじみに声をかけるのは当然さ」
「そうそう、グズグズしていたカフィが悪い」
「ひでぇ」
ふてくされながらも、カフィは楽しそうだった。
「いい人たちですね」
歩きながら声をかければ、カフィは嬉しそうに笑う。
「ああ。シャルディは俺の故郷じゃないけれど、でもここにくると、帰ってきたなぁって感じになる場所なんだ」
「将来的には、ここに住む予定なんですか?」
なんとなくそう思ったアイーシャは、頭に浮かんだ問いかけをそのまま発した。
「ここに住むか……そうだなぁ。そうできれば楽しいだろうな」
カフィは空を見上げ、ちょっと切ないような笑みを浮かべる。
――――そういえば彼は『運命の人』を探す旅をしているのだった。一族の家憲だということだったが、だとすればその運命の人が見つかったときには、彼は一族の元に帰らなければならないのかもしれない。
(大昔から続く家憲を守っている一族なんて、きっと古くて由緒正しくて、おまけに格式高い家なのかもしれないわ? ひょっとしたら高位貴族かも……)
身分を保障されている貴族の子息ならば、カフィがこのまま冒険者として生きていくことは難しいことなのだろう。
アイーシャは、彼にとって聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
おそるおそるカフィを見上げれば、彼は苦笑して握っている手に力をこめてきた。
「大丈夫だよ。たとえどこに住むにしても、俺は俺だし俺以外にはなりようがないからね」
まるで自分に言い聞かせるような言葉だ。
それでも口調は力強く、アイーシャは少しホッとする。
「ああ、ほら着いたよ。――――ここが冒険者ギルドだ」
カフィの声が明るくなって、アイーシャの視線を促す。
つられて前を見たアイーシャは、思わず「わぁ」と声を上げた。
目の前には、赤いレンガ造りの大きな建物がある。東側の壁一面に蔦がはびこっていて、古さと威容感が半端ない。正面の玄関には縦横五メートルくらいはあるだろう巨大な扉がついていた。
(なんていうか、気軽には開けさせないぞって主張しているような扉よね?)
ひょっとしたら、この扉が開けられないような非力な人間はお断り! というような意味合いを持つ扉なのかもしれない。
まあ、もちろん世の中そんな力持ちの人間ばかりではないので、正面扉の脇には普通サイズの開放的な扉もついていた。きっと一般の人間は、こちらの扉から出入りするに違いない。
ジッと扉を見るアイーシャをどう思ったのか、カフィがポンポンと軽く頭を叩いてきた。
「心配しなくても大丈夫だよ。たしかにこのデカい扉には『冒険者を目指す者は、これを開けて入るべし』っていう決まりがあるんだけど……それは手段を限定していないんだ。魔法を使ってもいいし、道具を使ってもいいし、ぶっちゃけ誰かに開けてもらって入ってもいいんだよ。人脈も力のひとつってね」
そう言いながらカフィは右腕を直角に曲げて力こぶを作ってみせる。要は“俺に任せて”ってことなのだろう。
このくらいの扉なら、片手でらくらく開けられそうな気もするアイーシャだが、ここは素直にカフィの好意に甘えてしまった方がいいのかもしれなかった。
(開けたとたん上から槍が降ってくるとかの仕掛け扉かもしれないものね。全然そんな感じはしないけど……今の私は神の加護を持たない人間なんだから、油断は禁物だわ)
そう思ったアイーシャはカフィの申し出を受けようとする。
しかし――――。
『――――っきぃぃぃぃっ!! 黙って聞いていればずうずうしい! タドミールさまをお助けする大切なお役目をお前なんかにさせるはずないだろう!!』
ザラムが急に暴れ出した。