10 盗賊退治3
アイーシャは、ほぼ一本道の洞窟を飛び出してくる盗賊たちを倒しながら進む。
つい力加減を誤って洞窟の壁を何度か破壊したりしたけれど――――許容範囲だろう。
(洞窟そのものを崩壊させていないんだもの。上出来よね?)
うんうん、きっとそうに違いない。アイーシャの力の補給もできるので、この程度の破壊は必要経費と言って言えないこともないような……気もする。
どうせなら洞窟ではなく広い場所で思いっきりグランを振り回したかったなぁ……などと思っているうちに、気がつけばアイーシャは行き止まりの場所に出た。
「あら? ここで終わりなの? 盗賊一味のお頭はどうしたのかしら?」
分かれ道とか隠し部屋とか見逃さないように気をつけていたのだが?
『……百メートルほど手前で、切るのが面倒だからと足蹴にしていた男がそうではないかと思われます』
首をひねって考えていれば、ザラムの思念が答えてくれた。
「まあ、よく見ていたのね」
『人間の分際でタドミールさまのおみ足に触れるなど、羨まし――――天罰ものだとチェックしておりましたので』
相変わらずザラムの心理はよくわからない。
とにもかくにも盗賊一味の討伐は終わったようだった。
いささか、というよりかなり物足りなく思えるのだが……いや、それは不謹慎か。
(自分が弱いことを棚に上げて残念に思うなんていけないわ。今回はたまたま運がよかっただけだもの)
勝って兜の緒を締めよ。
アイーシャは心を引き締める。
とりあえず今回はグランを振るえることが確認できただけでもよしとしよう。暴走させることもなかったし、今のアイーシャではせいぜいこんなものである。
「ああ、でも本当に情けないわね。以前に比べれば動きは『大地の神』より遅いし、力も『風の神』の足元にも及ばないくらいしか出せないわ」
大地の神は神々の中でもっとも遅い神で、風の神はもっとも非力な神だ。
己が力の衰えを思わず嘆いてしまう。
『……どうしてここで大地の神や風の神と比べようとするのですか?』
アイーシャの愚痴を聞きつけたザラムは、呆れたように呟いた。
「ああ、そうよね。いくら自分が弱くなったからって弱い者と比べてはいけないわ。せっかく成長できる人間に生まれ変わったのだもの。もっと高みを目指さなければダメよね」
神々の能力はほぼ停滞している。それぞれ持てる力の最高を極めているため、なかなか上達できないのだ。
(まあ、私や創造神は、自分の力の限界が見えないから、そういう意味で成長とは無縁の世界だったのだけど)
今のアイーシャは自分の現状が見えて、そしてこれから強くなることができる人間なのだ。どうせ比較するならば最高峰を目指したい。
『……いえ、そういう意味で言ったのではなかったのですが……相変わらずタドミールさまのお考えは、突き抜けていらっしゃいますね』
いったい、どこからどこへ突き抜けているというのだろう?
「ザラム?」
『いえ、お気になさらず。我ら眷属はタドミールさまのそんなところも魅力的だと思っておりますから。……それよりそろそろ戻らないとならないのではないですか? 宿場町を襲った盗賊たちも今頃は成敗されているころでしょう。後始末を終え宿に戻ったカフィが、タドミールさまの不在に気がついてしまうかもしれません』
アイーシャはビックリ仰天した。
「まあ、もうそんな時間なの? いけない急がなくっちゃ!」
おおよその感覚だが、アイーシャが宿を抜け出してからおそらく三十分ほど経っている。こんなに弱い盗賊たちなのだから、カフィならあっという間に彼らを倒してしまっているかもしれない。
(町の住人たちと協力しているんだから、倒してハイサヨナラって宿に引き上げてくることはないでしょうけれど……でもでもお人好しで優しいカフィのことだもの。私の様子を気にして急いで帰ってくるのは間違いないわ!)
アイーシャはあたふたしながら洞窟の一室にあった縄を使い、気絶している盗賊たちを縛り上げた。
あらためて数えれば、盗賊の人数は全部で二十三人。腕試しの相手としてはいささか物足らない数だったが、これ以上多いと縛るのに時間がかかるため、ほどよい人数だったというべきなのだろう。
すべて縛って転がして洞窟の外に出れば、馬の姿に戻ったザラムが待っていた。
「お手伝いできずに申し訳ありません。やはり、タドミールさまの振るうグランの一撃は重いですね。攻撃の影響を外に漏らさないよう結界を維持するのに思いのほか力を使ってしまいました。ひと息ついてようやく馬へと変化できたところです」
ザラムの言い分はオーバーだ。
「慣れない結界なんて張るからでしょう? そんな必要なかったのに」
「とんでもありません! もしも結界がなかったならば、今頃この周囲一帯は大規模な崖崩れと地面の陥没で跡形もなく破壊されているはずです!」
いくらなんでも話を盛りすぎだ。
「そんなはずないわ。私は非力な人間なのよ」
「非力な人間は、そもそもグランを持ち上げることさえできませんから!」
持ち上げるくらいなら誰だってできるに決まっている。
「慰めてくれなくてもいいのよ。優しいのね、ザラム。ありがとう」
「…………くっ! ああ、もうっ! タドミールさまは、本当に無自覚すぎます! そのお言葉ひとつかけていただくために、どれほどのものが命をかけることか!!」
……過大表現にもほどがある。
「はいはい。早く帰りましょう」
「タドミールさま! 信じておられませんでしょう!? 本当なのですよ!」
「はいはい」
こうしてアイーシャは人間としての初陣を済ませ、こっそり宿に戻った。