9 盗賊退治2
肯定なのか否定なのか、判断が難しい仕草だ。
「穏やか? ……ああ、まあたしかにそうですね。少なくともティルやダインよりはましでしょう」
ティルもダインも魔剣である。
ちょっとクセのある剣で、ティルは一度鞘から抜くと誰かを殺さなければ納まらないし、ダインは百発百中、斬れば必ず相手を傷つけるまではよいのだが、かなり血まみれになるまで止まらないのだ。
(しかもダインでつけた傷は、絶対塞がらないのよね。他の剣も人間を相手にするには、問題児ばかりだわ)
その点グランは切れ味抜群だが、それ以外はいたって普通の剣である。
アイーシャが自分の選択に納得している脇で、ザラムがブルルと鼻を鳴らした。
「……もっとも、世界で一番固い鱗を持つ魔竜をも真っ二つにできる剣を『穏やか』と言っていいかどうかは疑問ですが」
ずいぶん心配性である。
「大丈夫よ。だってここには魔竜はいないもの。いくらグラムだって、いない魔竜は切れないわ」
つまり、魔竜を切れないグランは切れ味のいいだけの普通の剣だ。
アイーシャの主張を聞いたザラムは、長い首を深く垂れた。
同意を得られたと思ったアイーシャは、意気揚々と片手を上げる。
「グラン!」
名を呼べば、アイーシャの前にパッと一振りの大剣が現れた。
白銀に輝く剣の柄がまるで握ってくれと請うように、アイーシャ手のひらに自身を押しつけてくる。
「久しぶりねグラン。今日は頼むわよ」
声をかけて握ってやれば、剣はブルリと震えた。
歓喜しているかのごとき反応に、アイーシャは気分を高揚させる。
「さて、剣の腕が鈍っていないといいんだけど」
力をなくしたアイーシャだが、剣の握り方や振るい方は覚えている。ただ問題は、人間のしかも子どもになった体で、以前と同じ動きができるかどうかだ。
深く息を吸って剣を構える。
打って出ようと思ったのだが、焦ったようなザラムの声が出鼻をくじいた。
「うわっ! なにを平然と魔剣の召喚なんかしているんです!? ……ああ、もうまったく! ともかく、周囲に結界を張りますので少しお待ちください」
「結界?」
どうしてそんなものがいるのだろう?
考えて――――アイーシャは、ハッとした!
(ひょっとして、ザラムは弱って無様な戦い方をするに違いない私を、誰にも見せたくないのかもしれないわ)
ザラムは、かつて破壊神であったタドミールの腹心だ。過去のタドミールに心酔しているザラムは、口にこそしないものの、きっと今のアイーシャに落胆していることだろう。
それは、周囲からアイーシャという存在を隠したいほどに。
(……そうよ。そうよね。むりもないわ)
ザラムの思惑を推し量り、アイーシャは己を納得させた。
「わかったわ。じゃあ結界をお願いね」
「はい! お任せください。このザラム、持てる力の全てを駆使して頑丈な結界を張らせていただきます!」
……そこまで全力で隠したいのか。
ガックリ落ちこむアイーシャの前で、ザラムの変じた馬がスゥ~と闇に溶ける。夜の闇とは似て非なる、闇の神ザラムの作り出す真の闇が周囲を覆い尽くした。
『――――準備が整いました。タドミールさま』
やがて、声ではなく思念が聞こえてくる。
それを合図に、アイーシャはグランを大上段に構えた。
まずは一閃! 洞窟の入り口を隠す大岩を斜めに薙ぐ!
ほとんど手応えを感じず切れた大岩は、その場に変わらぬ姿で鎮座していた。――――そして、わずかな間の後に、ズッと音がして斜め上半分が横にずれる。それを皮切りに、ゴゴゴォ~! ズズゥ~ン!!と音を立て上部が滑り落ちていく。
同時に、岩を破壊したことで生まれた力が、アイーシャの内に満ちた。
ほとんど上半分が消えた大岩の向こうに、黒々とした洞窟の入り口が見える。
「なんだ。ずいぶん柔らかな岩だったのね。ここまで手応えがないとは思わなかったわ。もしかしたら凝灰岩だったのかしら?」
凝灰岩とは、火山灰が地中や水中で堆積してできる岩のこと。岩としては比較的軽く柔らかな部類に入る。
グランの性能からいえば、どれほど硬い岩でも簡単に切り裂けて当然だが、それも全ては使い手次第。力量のない者が振るってもグランは応えてくれないのだ。
今のアイーシャの力量では、グランの力を百パーセント出すことはできないはずだった。
(少なくても三、四回は切りつけなくっちゃと思っていたんだけど……こんなにあっさり切れるなんて、柔らかな岩に当たってラッキーだったわ)
そう思って見ていれば、洞窟の奥からわらわらと人が飛び出してくる。盗賊一味の留守部隊であることは、間違いないだろう。
「うぉっ!!」
「なんだこれ?」
「岩が……真っ二つに?」
「天変地異の前触れか?」
「それより! そっちに誰かいるぞ!!」
二つに切られた岩を見て大騒ぎをしていた盗賊たちは、ようやくアイーシャの姿を目にしたようだった。
…………どうでもいいが、ずいぶんのんびりとした反応である。
今回アイーシャは自分の腕試しも兼ねているために、彼らがこちらに気づいて臨戦態勢をとるのを待っているのだが、そうでなければこの間に彼らは全滅していたはずだ。
(あれくらいの人数なら、グランの一振りで殲滅できるもの)
きっと彼らは盗賊として三流以下、いや盗賊なんて呼べないほどの格下集団に違いない。
(でもでも油断は大敵だわ。なんと言っても私は弱いのだから)
心を引き締め、アイーシャは洞窟の中に攻めこんでいく!
「なっ!」
「子ども?」
「どうしてここに!?」
戦いの最中に無駄口を叩くとか、やっぱり彼らは三流以下だ。
自分の動きを確かめるように剣を振るったアイーシャは、あっという間に盗賊たちを殴り倒した。
……しかし、これがなかなかに面倒である。
なにせアイーシャは、切れ味抜群のグランを切れないように加減して、なおかつ一撃で気絶する勢いで殴っているのだ。
(普通に切るよりずっと難しいわ。一応殺してはいないと思うんだけど?)
盗賊というからにはろくでもない輩であることは間違いないだろうが、それでも彼らのこれまでの所業がわからないうちは、殺してしまうのはまずいはず。……まあ、骨の一本や二本折れても、そこは勘弁してもらいたいが。
倒した盗賊たちが当分起きそうにないことを確認したアイーシャは、洞窟内部へと侵入した。