第38話(2)
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セルフサービスのカフェへ入ると、二人は店内の一番奥の席に座った。
宗介は少し興奮気味の気を落ち着けようと、コーヒーを一口啜る。亜矢も俯いたまま黙っている。その様子を、宗介は終始、上目遣いで観察するように見ていた。
カップをテーブルに戻すと、宗介は声を落として話を切り出した。
「今までどこにいたんだ?ずっと捜していたんだぞ」
亜矢はテーブルの上に置かれた宗介の手を見つめた。
「捜していた割には、幸せそうね」
宗介は自分の左手に目をやり、右手で覆うようにした。
「別に隠さなくても良いじゃない。いつ結婚したの?」
亜矢は赤い唇を歪ませ、笑った。卑屈な笑いだった。宗介は目を伏せて答えた。
「二年前だ」
「そう」
「亜矢は?」
その質問に答える変わりに、亜矢は鞄から煙草を取り出した。慣れた様子で火を付けると、宗介に気を使うどころか、宗介に向けて煙を吐き出す。宗介は眉を微かに寄せたが、煙を手で払うことはしなかった。
「今の事なんてどうでも良いじゃない。八年前の話しが聞きたいんでしょう?」
テーブルに両肘をついて、煙草をくゆらせる。
宗介は真っ直ぐ亜矢の目を見て、深く顎を引いた。
「八年前、あなたがアメリカへ行ったその日。あなたのお父様が私の所へ来たのよ」
「……なんだって」
血の気が引いた。組んだ手に力が入らない。蒼白した宗介の顔を見て、亜矢は鼻で笑った。
「あなたに私が相応しくないって。興信所で私の家のことを調べたそうよ。母子家庭であること、母親が水商売で生計を立てていること、母親には何回も離婚歴があること。私がずっと虐待を受けていたこと。そういった親に育てられた子供は、いつか自分に子供が出来たとき、同じ事を自分の子供にする」
「そんな。君は自分が虐待を受けていたからこそ、受けている子供の気持ちを分かってやれるって。だから児童心理学の勉強していた。なぜそれを言ってやらなかった?」
今度は怒りで血の気を帯びた顔をした宗介を、亜矢は冷酷な瞳で見つめた。
「言ったところで、私が生きてきた環境も歴史も、変える事なんて出来ない。私の母親が生きてきた時間だって、変えることは出来ない」
少し声を荒げた亜矢は、宗介から目を逸らし、落ち着かなく煙草をくわえた。
「それでも私は母が好きよ。大学まで通わせてくれた。それも、あなたのお父様が嫌った水商売で稼いだお金でね。大事な母親を貶されて、金目当てで結婚したいんだろうとまで言われたわ。この金をやるから、二度と宗介の前に現れるなってね」
亜矢の言葉が、どこか別の国の言葉に聞こえた。
信じがたいとう顔で弱々しく首を振る宗介を、亜矢は煙草をくわえたまま笑う。
「その時のお金はあっと言う間に無くなった。でもね、私には切り札があった」
「切り札?」
「そう。だから、未だに私にお金をくれるの」
笑みを浮かべたその顔は、目を見開き狂喜の笑みに変わった。
「私たちが結婚した方が、ずっとお金もかからなかったでしょうにね」
そう言うと、声を立てて笑った。
「……切り札って、なんだ」
大声で笑っていた亜矢は、すぐに笑いを止め、品定めでもするかのように宗介を舐め回すように見だした。
「もともと、あなたの責任なんだから、あなたが払うべき金なのよね」
独り言のように呟くと、短くなった煙草を灰皿に押しつぶす。
「子供よ」
「子供?」
「そう。あなたと、私のね」
そう言うと、テーブルに両肘をつき手を重ねる、その上に顎を乗せた。蛇のように素早く舌なめずりをする亜矢は、もはや自分が知る亜矢ではなかった。
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