第38話(1)
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宗介は独り言の様に静かに語り始めた。
「十八年前、アメリカの大学で有名な精神神経学者の講義があると聞き、父親の薦めで講義を聴きに行った。帰国をすると、彼女とは音信不通になり、家に行っても引っ越しをしていて、管理人も引っ越し先を知らなかった」
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宗介の部屋にあった亜矢の私物は全て無くなっており、変わりに宗介の部屋の鍵が置かれていた。大学時代から付き合っていた。結婚も考えており、帰国をしたら彼女の母親に会いに行くことになっていたが、亜矢は宗介の前から消えた。
亜矢が宗介の前から消えて、間もなく八年目になろうとしたときだった。
偶然、街で見かけた。
銀行のATMで金を下ろそうとしていたときのこと。聞き覚えのある懐かしい声。だが、その声は荒々しく、自分が知っている人物とは異なる口調だった。それでも気になり、何気なく目を向け、自分の目を疑った。何度も見返した。視線の先にいる人物は、自分がよく知る人物、その人だった。八年前、突然姿を消した佐々木亜矢だ。
亜矢は宗介が知っている亜矢とは全く異なる風貌をしていた。ブランドものに身を包み、派手な化粧をし、窓口の銀行員に荒々しく抗議をしている。窓口の銀行員は、よく健康相談室へ来ては、宗介がカウンセリングしている若い銀行員だ。
亜矢は、ただただ謝る銀行員に何事か怒鳴りつけた後、銀行を後にした。
宗介はATMに並ぶ列から出ると、亜矢の後を追った。路上駐車された真っ赤な車の前に立つと、亜矢は鞄を漁りだし、苛立たしげに車のキーを探している亜矢に、宗介は声をかけた。
不機嫌に顔を上げた亜矢は、幽霊でも見てしまったかのように目を見開き、真っ赤な唇は震えている。
「亜矢」
亜矢は何も言わずに再び鞄に目を下ろすと、キーを取り出し、車に乗り込もうとした。
が、その腕を宗介はすかさず取った。
「待って。頼む。話しをしたい。なんで居なくなったのか、理由だけでも教えてくれないか」
腕を掴まれた亜矢は、ぴくりとも動かない。顔を背けたまま、じっと立っている。
「ここじゃなんだ。どこか、ゆっくり話せる場所に移動しよう」
そう言って、宗介は亜矢の腕を取ったまま歩き出すと、亜矢は大人しく宗介の後を付いて歩いた。
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