第26話(2)
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「僕はどうしてたらいい?」
「別に。普通にしてて。利き手を貸して。それから、俺が手を放すまで黙ってて」
「分かった」
「じゃあ、いくよ」
「うん」
祐介は右手を要に差し出した。要は一度深く息を吐き出すと、男子の手にしては小作りな祐介の手を、手袋を外した両手で包み込んだ。
触れた瞬間、最初に入ってきたヴィジョンは以前と同じ、血の海のヴィジョンだった。余程強烈な記憶でない限り、古い記憶が一番最初に見えることはない。殺害現場だ、強烈な記憶以外、何物でもない。最初に出て当然の記憶だと思いながら、要は祐介の記憶の旅を続けた。
堀田達との会話、養父達とのなんて事のないありふれた日常生活、老人と古武術の稽古をやっている風景、要との遣り取り、始めて会話したときの事。これについては、要も懐かしく感じた。その後に見えてきたヴィジョンは、本人が言っていた通り、「少年Kくん」を捜している記憶が流れ込んできた。様々な記事やTVを見ている。
そろそろか、と要は思った。と、同時に、祐介の記憶に違和感を覚え始めた。
古い記憶というものは、良い記憶にしろ悪い記憶にしろ、当人は忘れていても潜在意識の中では残っている。だが、祐介の記憶は、不自然なほど穴ぼこだらけだった。
刑事との会話も、確信につこうとした質問以降、すっぽり記憶が消えている。まるで、ノートにたくさん落書きしたものを、ノート提出日に慌てて乱雑に消していったように、綺麗な消え方ではない。所々、消し忘れのように鉛筆の筋が見えている。
記憶を遡れば遡るほど、それは酷くなっていった。要はそのまま集中して祐介の過去を遡っていく。
もうすぐだ、と思った途端、突然記憶が途切た。
どういう事だ?記憶喪失だったからか?
そのまま触れ続けていると、再びヴィジョンが見えた。
病室の天井を見て、知らない医師を見ている。それが、最後のヴィジョンだった。そこから先は、ぷつりと何も見えなかった。
要は、目をうっすらと開け、祐介の手を放した。所要時間は三分弱だった。
久しぶりに長いこと人に触れ、人の記憶の中を彷徨ったことで、少々疲れが出た。子供頃とは、やはり違う。何とも複雑な気分だが、確実に力は弱くなっていると感じた。
要は前屈みになると、両手で額を抑え、肩で息をした。その様子に、祐介は「大丈夫?」と不安げに訊ねる。要は何も言わずに、ただ片手を小さく上げて、大丈夫だと合図した。
大人になってから、これだけ長い時間、人に触れたことがなかったせいか、途切れ途切れの記憶の旅。自分の力が弱まったせいなのか、それとも、祐介の記憶喪失も関係しているのか、要には分からなかったが、自分が見たものを頭の中で整理する。目が回り、気分も悪くなるが、祐介の記憶は、悪事に関する記憶が一切無かったせいか、普段よりも幾分楽だった。
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