第17話(3)
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ゆっくり項垂れるようにその場にしゃがみ込むと、何かを囁いた。
「……え?」と歌穂が訊き返す。
「……愛って、何だよ」
「……」
要は重たそうに頭をゆっくり持ち上げると、歌穂を見上げた。
「未成年に手え出して、金もらって、不倫して……。罪を犯してまで得た物が、お前の言う愛っていうものなら、俺は一生知りたいと思わないよ」
「同意した上で付き合ってるのよ。誰にも迷惑かけてないわ」
その一言は、要の心を鋭利な刃物でえぐるような言葉に聞こえた。歌穂から放たれた言葉だとは信じたくない。要は目を見開き、絶望と悲しみが入り混じった顔で歌穂を見つめた。
「本気で、そう思ってるのか?誰にもばれてなきゃそれでいいのか?違うだろ?そういう考え、止めろよ!」
静まり返った部屋に、時計の秒針音がカチカチと響いている。要の耳の奥では、自分の心臓音が激しく聞こえるだけで、歌穂からは何の心の声も聞こえない。聞こえたとしても、今の要には、その言葉をどうやって受け流したらいいかなど思いもつかなかった。しかし、受け流すことなど、出来るわけが無い。信じがたい真実に、やり場のない怒りや悲しみで占領された頭で、どうしたら歌穂を説得できるかを要は必死に考えていた。
「帰るね」
歌穂は何の感情もない、静かな表情で言った。
「歌穂」
歌穂は要の呼びかけには答えず、帰り支度を始める。
「歌穂」
要は歌穂の後ろ姿にもう一度呼びかけた。歌穂は鞄を肩にかけると、くるりと振り向くと何事もなかったかのような、いつもの清々しい笑顔で要の顔を見た。
「当分、来ないね。カナちゃんのこと、だいぶ動揺させちゃったみたいだし。カナちゃんが落ち着いた頃、またご飯作りに来る。じゃあ、また明日。学校でね」
歌穂は要の脇を通り過ぎ、立ち止まることも振り返ることもなく、玄関のドアを静かに出て行った。
要は力なくソファの上に座り込んだ。妙な虚脱感が全身を襲い、眩暈がした。そして、今日ほど自分の力を忌々しく思ったことはなかった。自分の母親が、自分に対し「気味の悪い子供」と言い放ったときよりも、何倍も何十倍も悲しい気持ちが、心を占領している。気がつくと、自分の頬が濡れていることに気がついた。歌穂に何を言われようと、何も見えなかったと押し通せばいい話だった。しかし、見えた物が見えた物だけに、そうそう見過ごすことが出来なかった。これが歌穂ではなかったら、どうだったろう。自分はここまで熱くなり、悲しい気持ちになっただろうか。いや、ならなかったであろう。いつものように、「我、関せず」で、見なかったことにしていただろう。今回もそうすれば良かったのだ。そうすれば、この先も、心許せる相手と、穏やかで幸せな時間を過ごせたのだ。そう思った途端、要は今まで気がつかない振りをしていた自分の感情に、目を向けることが出来た。
そうだ、俺は歌穂が好きなのだ。
頬に流れた涙を拭うこともなく、視界の滲んだ両目で、自分の両手を見つめた。悲痛に満ちた痛々しい表情。もう、何も考えたくなかった。
ゆっくりソファから立ち上がると、風呂に入った。シャワーで全てを洗い流すかのように、冷たい水を頭から浴びた。
ろくに身体も拭かず、髪も濡れたまま。下着を着ただけで、何をする気にもなれなかった。寝室へ行きベッドの中に入ると、静かに目を閉じた。次に目を覚ましたときには、今日の出来事が全て夢だったらと祈りながら、そのまま眠りについた。
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