第42話(2)
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
※少し長めです。
宗太郎は声を上げて笑ったが、その笑い声には「楽しさ」は何一つ感じられない、ただの「笑い」とよく似た行為をしただけだった。
「なぜ、そう思うんだね?」
「祐介と宗介さんの記憶で、腑に落ちない点がいくつかあったんです。二人の記憶は、所々、消えている箇所がある。それも、とても特徴的な消え方をしているんです。そして宗介さんに至っては、記憶を書き換えられている」
「人は、全ての記憶を覚えているわけではないんだよ。年を取るにつれ、記憶は消えていく。痴呆症やアルツハイマーといった病気もある。記憶が消えるなど、当たり前のことだ。それに、記憶の書き換えも良くある話しだ。人間は誰しも、自分が都合の良い風に、記憶を書き換えることは多々ある」
宗太郎は穏やかな口調で言った。それに対し、要は微かに首を横に振る。
「確かに、記憶の書き換えも珍しい事じゃないし、記憶が消えるのには、幾つかの原因があります。記憶喪失もその一つです。事故や何らかのショックを受け記憶喪失になってしまった人、脳の手術をして記憶が無くなってしまったという人もいる。前行性健忘症など、色々な病気もある。でも、二人は病気じゃない。全く別のものです」
宗太郎は何も答えず、黙って要を見ているが、その笑顔は完全に消え、冷酷で何の感情も持たない瞳が、ゆっくり瞬きを繰り返しているだけで、その他は何の動きも見せない。
要は宗太郎の冷酷な瞳から逸らすことなく、真っ直ぐに見返した。
「普通の人が、忘れてしまったように思える記憶。でもそれは、ひょんな事で思い出せる。その記憶が、完全なものでなくても。心地よい風が吹いたときに、それを懐かしいと思う心、どこかで嗅いだことのある匂い、どこかで聴いたことのある音楽。どこでだったかはっきりと覚えていなくても、デジャブのように思えるそれらは、潜在意識が覚えているから。心が刻んだ歴史の中に残っている。だから、懐かしく感じる。本人が忘れてしまったと思っている記憶は、俺には色褪せて見えるだけで、ちゃんと消えずに残っている。じゃあ、なんで本人は忘れたと感じるか。ただ、その記憶以上に他の記憶が印象強くて、すぐには思い出せないだけ」
「なるほど。そうかもしれないね。それで?」
「祐介も宗介さんも、まるで無理矢理削り取られたかのように、記憶が消えている」
「祐介は記憶喪失になっている」
「それとは別です」
「君は、記憶喪失者に何人触れてきた?」
「……祐介、一人です」
「では、記憶が消えている箇所というのは、一時的な記憶喪失に陥っていたのかも知れない。宗介に至っても、そう言えることが起きているかのも知れない」
「記憶喪失での消え方とは、明らかに違う」
「どうやって?」
「半透明なんですよ」
「半透明?」
「ええ。記憶喪失の場合、完全に真っ白なんです。祐介の事件前の記憶は、本当に記憶喪失で消えていた。きっと、祐介にとって忘れてしまいたいほど、辛い記憶だったんだ。でも、事件直後以降の、二人の消えている箇所は完全に真っ白じゃない。ノートの落書きを消しゴムで消したように、微かに痕跡が見えるんですよ。そこに何か書かれていた。その落書きを見るには、鉛筆の芯を横に寝かせて、撫でるように落書きの上を走らせると、落書きが浮き出てくる。半透明の記憶も、それと同じように、何かの切っ掛けで思い出せるものだ」
「なるほど」
「同様に、見えてしまっても、再び消しゴムで消すことが出来る。何度でも。それが祐介の場合、音楽だった」
そう言うと、要は鞄から一枚のCDを取りだした。そして、近くにあったベンチに鞄を置き、中からCDウォークマンと小さなスピーカーを取り出すと、再生ボタンを押した。小さなスピーカーからは、小さな音で音楽が流れ始めた。決していい音とは言い難く、音は割れ、安っぽい音楽に聞こえる。
「スマホアプリで探したんですけど、俺が求めてる曲が無くて。音は悪いですけど。これは、ベートーベンのピアノ・ソナタ月光です。でも、重要なのは今流れている一曲目のこの曲ではなく、二曲目のアレグレットと三曲目のプレスト・アジタート。二曲目の終わりから三曲目にかけてが重要なんです」
終始黙って立っていた宗介の腕が、ビクリと動いた。要は鋭い光をそのままに、宗介を見た。
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