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5.なろうエッセイ・批判系エッセイ(過去作は検索除外しているのでこちらから)

ふせ字を駆使した名指し批判、どうなんだろうと思います。

ここに書かれていることを「小説家になろう」の中で実践した結果、運営から警告を受けたり処分の対象となったとしても、私は一切の責任を負うつもりはありません。その旨、ご了承願います。

 昔から、一部の方々の間でちょくちょく言われていることなのですが。「小説家になろうで他者を批判するとき、名指しで批判するのはNGだけど名前を伏せて批判するのはOK」という通説、いったいどこからきたのでしょうか?


 小説家になろうは、この世の全ての法と倫理を統括する謎の巨大組織ではありません。仮に、この「小説家になろう」で誰かを批判する際に名前(ユーザーネーム)を伏せて批判すれば警告が来にくくなるという事実があったとしても、それをもって「名前を伏せて批判するのはOK」なんてことにはならないと思うのですが。


 まあ、私は名誉毀損や誹謗中傷に詳しい訳ではありません。ですが、「誰かを批判するときに、名指しはNGだから名前を伏せよう」という考え方が相当に問題のある考え方だというのはわかります。百歩譲って、規約等でそう明記されていればアリかも知れないとは思いますが、少なくともこの「小説家になろう」に、そんな規約はありません。……というか、そんなルール、そう簡単に敷くことはできないはずです。


 名指しで批判するよりも、名前を伏せて批判した方が問題になりにくいとは思います。それは、運営の判断だけではありません。名前を伏せることで通報がされにくくなる可能性も十分にありますし、文章から対人攻撃的な要素が薄れ、一般論に寄ることも考えられます。だから、名指しの批判よりも名前を伏せた批判の方が、運営から警告を来る可能性が低くなるのはわかります。


――ですが、それは「誰かを名指しで批判するのはNG、名前を伏せて批判するのはOK」というのとは、少し違うのではないでしょうか?


  ◇


 そうですね。仮に私(市境前12アール)が、ふと通りかかりに見たエッセイや活動報告で以下のような書き込みがされているのを発見したとしましょう。


―――――――――――――――――――――――


 市境前12アールという奴だけどさ。アレだ、昔から「三回ルールは本当にあるのか?」だの「世の中の変化に合わせてレーティングも変わる」だの、やたらと浅いエッセイを振り回して、自分の気に食わない奴をぶん殴ってる奴。……というか、ぶん殴ろうとしている奴? まあ、社会に居場所が無いんだろうね。なろうをテーマにした批判をエッセイにして投稿すれば、それがどんなくだらない批判でも次々と読まれるし、日間ジャンル別ランキングなら上位にもなれる。で、それに味を占めて、勘違いして、何度も投稿しちゃうっていう、まさにありがちなパターンな奴なんだけどさ。まあ、ポイントとか感想欄とか見れば、その寒さもお察しだよね。ああいう恥ずかしい奴にはなりたくわーマジで(笑) ――ホント、市境前12アールとかいう人、まごうことなきゴミですわ。


―――――――――――――――――――――――


……まあ、対人攻撃のための文章はあまり書きなれていませんので、ちょっと出来はアレかも知れませんが(笑)


 確かに、過去に私は、「三回ルールは本当にあるのか?」「世の中の変化に合わせてレーティングも変わる」というような内容のエッセイを書いています。でも、この文章、そのエッセイを批判する文章ではなく、それを書いた私(市境前12アール)を攻撃する文章ですよね?

 もし仮に、なろうのエッセイや活動報告でこんな話題で盛り上がっているのを見たら、そりゃあ私だって通報することを考えます。運営もね、ここまではっきりと名前が書かれてれば、処置をしてくれると思います(してくれないかも知れませんが……)。


――では、もし仮に、この文章から「市境前12アール」という言葉を消して、そうですね、仮に「某12R氏」とすれば、この文章は、私を攻撃する文章では無くなるのでしょうか?


 そんな訳はないですよね。この文章から「市境前12アール」という固有名詞が無くなっても、特定個人を攻撃する文章であることには変わりがありません。「誰が見てもわかる文章」から「わかる人にはわかる文章」に変化しただけで、本質はかわらないはずです。


 とはいえ、「誰が見てもわかる文章」と「わかる人にはわかる文章」では、問題のなりやすさは違うのかなと。少なくとも、固有名詞が無い方が私の悪評が広がりにくくなるのは確かだと思います。

 そうなると、名前をぼかしたことによって、「まあ通報しなくてもいいかな」と思うこともあるのかなと、そんな気もします。


 まあ、通報するにせよしないにせよ、また、運営から警告がくるにせよこないにせよ、その本質は変わらないとは思いますが。


  ◇


……と、ここまで書いてはみたのですが。


 名誉毀損も誹謗中傷も、相手があってのことなんですよ。そりゃあ、民事上や刑事上の責任が発生して云々なんていう話になったらそうも言ってられませんが。ですが、一度の書き込みでそこまでいくことって、そうそうないんじゃないかなぁと。

 少なくとも私は、私のことをゴミと言って盛り上がっているのを目撃したとしても、即決で「よろしい、ならば戦争(さいばん)だ」と言ったりはしないと思います。


 まあ、それが本当に自身にとって有害な内容で、止めるよう要請しても聞き入れられず、運営に報告しても状況が改善しない、もしくは運営は対処してくれたけど別の場所で続けられる等、どうしても穏便に対処することができないような場合は、弁護士や裁判も視野に入れるとも思いますが。まあ、そんなことは余程のことです。


……ちなみに。ちょっとしたことで大事(おおごと)になるとすれば、「個人としては小さいけど全体として見ると大きい」何かに首を突っ込んだ場合だと思います。先ほどの例で「盛り上がっているところを目撃したとして」と書いていますが、多分、盛り上がっている人たちは、そこまで問題のある行動を取っているとは思っていない。でも、それが積もり積もって大きな被害を被ることだってあります。

 問題が大きくなると、名誉棄損や誹謗中傷を行った中心的な人物だけではなく、その流れに乗って盛り上がった人全員に責任があると判断されることもあるはずです。


 真の赤信号は、みんなで渡るとエライことになります。げに恐ろしいのは集団心理だと、心の片隅にでも置いておいた方がいいと思います。


……うん、話が逸れてしましました(爆) 戻さねば!


 と、いう訳で。ぶっちゃけ「こいつはこういうことを書いても怒ったり嫌がったりしないだろうなぁ」と思ったのなら、ちょっとくらいグレーなことも、書いてしまっても構わないと思います。その上で、当の本人から「消して」と依頼を受けたら消せばいいですし、運営から警告が来たら対応すればいいのかなと。


 それとは逆に、自分では問題がないと思っているのに対応を求められたり運営から警告が来る可能性もあると思います。その場合は、ああ、この人(もしくは運営)にはこういうのは駄目だったんだなと、素直に対応するべきかなと。


 相手ありきの話なんだから、問題があった時はスパッと問題を認めて対応すれば、それでいいのかなと。少なくとも、私がエッセイを書く時は、そういう心づもりで書いているつもりです。


  ◇


 とはいえ私も、「反論されたら消そう」なんて思いません。でも、反論せずに削除を依頼するって、ハードルが高そうです。さらに言えば、第三者の指摘では対応するつもりもありません。


……そうやって考えると、結構ハードルが高いですね。運営に通報した方が早いかもしれません(爆)


  ◇


 結局ね、批判というのは、自分の正しさを刃にして他人に切りつける行為なんですよ。なのにこう、正義を執行しているような気持ちのよさがある。うっかりすると「正義は我にあり」みたいな感覚になって片っ端から人を傷つけていきかねない位にこう、(人によっては)酔いしれるほどに興奮する行為なのです。


 でもね、「正義だろうが何だろうが」人を傷つけてはいけないのですよ。


 正しかろうがなんだろうが、名誉棄損や誹謗中傷をしてはいけない。でも、それが良いか悪いかを決めるのは相手です。そうですね、先にも書きましたが、そんなの、投稿しないとわかりませんよね。……でも、何となくわかりません? 相手が、これから書くであろう批判を嫌がるかどうかって。


 正義は我にありと、明らかに嫌がるであろう相手に対して盛り上がる。あいつはヒドい、あれはダメだと指を差す。まあ、わかりますよ。実際、この人ヒドいと感じることもちょくちょくありますから。でもさ、それって一歩間違うと私刑です。ネットリンチです。そんなの、やっていいなんてこと、ありえませんよね?


……でも、見かけるのはそんなんばかりなのですが。


  ◇


 普通、批判をするときに相手の名前を挙げないようにするのって、伏字にするという意味ではないと思います。


 主張したいと思わせるに至った出来事から、個人を消して主張を残す。そうして一般論にしてしまえば、「誰が」なんて言葉はいらないんですよ。「○○氏」なんて書かれた文章は、使い捨ての、時が過ぎ去ってしまえば価値が無くなってしまう文章です。


 わかる人にはわかる文章なんて、それ以外の人には価値がないと言っているのも同然です。


 私が過去に書いた「三回ルールは本当にあるのか?」「世の中の変化に合わせてレーティングも変わる」というようなことが書かれたエッセイ、検索除外にはしてありますが、シリーズの中をくまなく探せば、ちゃんと見つけることはできるようになっています。


・タイトル:当たり前でありきたりな、「無理のある運営批判」への反対意見。

・Nコード:N4363FN


……もう三年も前のエッセイで、めっきり聞かなくなってしまった「三回ルール」とか書かれてて、かなり風化してしまった感のある文章ですが(爆)


 このエッセイ、書こうと思い立った事件はありますし、もちろん、そこに関わった人もいます。でも、それを「○○氏」なんて書く必要はありませんでした。

 書かない方が、文章としての完成度は上がるのです。もう風化してしまった文章ですが、それでも、当時の風説を知っている人なら、元の事件を知らなくても読めると思います。


 もしこの文章を見て誰かが傷ついたとしても、それを誹謗中傷とは言わないでしょう。「○○してはいけない」という不特定多数に向けた一般論を見て傷ついたのなら、それはもう、その人の責任になるのです。だからこそ、「○○氏」という、個人に向けた表現は無くした方がいいのです。


……それでも消してと要請を受けたら、どうするかなぁ。仲のいい知人なら消すかもとは思いますが、それ以外は(よほど納得できる理由でもあれば別ですが)消さない気がします。まあ、運営に言われたら対応しますが。うん、やっぱり運営に連絡してもらった方が(以下略


 と、またしてもちょっとそれてしまいましたが(爆)


 無差別に広げないよう表現をあいまいにしながら名指しで批判をするのと、その人の名前を出さなくてもいい所にまで一般論化するのは、全く異なると思います。「○○氏」という表現は前者のための表現で、できるだけ避けた方が良い表現のはずです。


 名前を伏せれば誰かを批判してもいいなんて、そんなルールは存在しないし、そんな風潮はよろしくないと、私は思います。

なお、そんな感じで活動している私の現状は、ポイントとか感想欄とか見れば、いろいろとお察しかなあと思います(笑)


結局は、名前を伏せようが一般論にしようが関係なく批判なんてものはしない方が、少なくともその人個人は平和で楽しく活動できるんじゃないかなぁと、最後にそんな結論をおいておきます。

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[良い点]  美しいエッセイを読ませて下さり、有難う御座います [一言]    結論までスマートで美しいと思いました  批判が生きることがあるとしたら、それは新しい価値観の提示である時のように思えま…
[良い点] 『批判というのは、自分の正しさを刃にして他人に切りつける行為』 本当にそのとおりだと思います。 自戒の言葉として、肝に銘じようと思いました。 学びの多いエッセイありがとうございます。
[一言]  マニュアルの「基本の注意事項とルールについて」で、「特定の団体、個人に対する誹謗中傷」は禁止事項と明記されています。  名指しの「批判」が禁止されているわけではないですが、書いている本人…
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