那覇発ドッペルゲンガー
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
君は自分のそっくりさんに、出会ったことはあるか?
世の中、自分のそっくりさんは3人いる、と前に誰かに聞いたことがあった。
これが地球上を指しているなら、確かに出会うことは難しいと思う。自分の友人、知り合いから話を聞かされるけれど、証拠映像を見せられない限りは信じがたいかなあ。
そっくりさんで有名な話といえば「ドッペルゲンガー」。
自分と瓜二つのそいつに出会ってしまうと、命がなくなるといわれるのも、確率のあまりの低さが原因の一端にあるんじゃないかと、僕は思っている。
突然、事故にあったり、大病をわずらったりするのと変わらない。もしそうであったなら天命と思ってあきらめろ……なんてノリじゃないかってね。
いずれにせよ、自分の意志に沿わない、自分の身体がそこにあるように思えるのは、気味悪いかもしれない。
そんなそっくりさんをめぐる体験、どうやら俺の友達もしたらしいことを、最近聞いてな。
お前の好きそうな話だろうし、聞いてみないか?
ゴールデンウィーク明けの学校でのことだ。
その年は土日がうまいこと連チャンしての5連休。遠くへ旅行に出かけるクラスメートも大勢いた。
そのクラスメートのひとりが、友達に告げてくるんだ。旅行先で友達のそっくりさんを見たってさ。
二泊三日で沖縄旅行を楽しんだクラスメートは、那覇空港のロビーで椅子に腰かける、友達のそっくりさんを見たという。
イスに腰かけて微動だにしないそっくりさんは、荷物のひとつも持たないまま、じっと一点を見据えていたそうだ。友達一家がそこを去るまで、ずっとその姿勢を崩さなかったという。
もちろん、友達はその日に沖縄へ出かけてはいない。証拠を見せてほしいといっても、写真は撮っていないという。
眉唾もんだが、友達は当初、その話をスルーしていたんだ。
それから一週間。
別の知り合いから、そっくりさんの目撃談を友達は聞く。
この地域の最寄りの空港――とはいっても、乗り換えを含めて2時間近い道程――近くでそっくりさんを見かけたというんだ。
今度は写真を見せてもらう。すでに暖かくなろうとしているのに、真っ赤なパーカーにジーンズを履いた横顔は、確かに友達のものとそっくりだった。
思わず鏡で自分の顔と見比べてしまう。先にも話したように、世のそっくりさんは3人いるという。そのうちの2人が国内で見つかるとは、なんともレアケースといえた。
それに、この短いスパンでの出現。友達の脳裏に一抹の不安がよぎるものの、その時はあえてこの話題を、笑いの種にして場を盛り上げていたのだとか。
そこから更に一週間。不安はにわかに現実化する。
学区内にある路線のひとつ。その最寄り駅でそっくりさんを見かけたと、クラスメートが告げてきたんだ。
話を聞いたと思しき人が、何度も友達にことの次第を確かめに来た。友達にはちゃんとしたアリバイもあって、その時間に駅にいられなかったことを説明する羽目になったとか。
さすがに3人目が現れたなどと、楽観的なことは言っていられない。
友達も周りも、この3度の機会で見た人物が同一人物ではないかと考え出していた。ドッペルゲンガー説がささやかされ出したのもこの時だ。
「オイオイオイ、お前死んだわ」
少数の輩がそう茶化し出すのを聞き流しつつも、友達はかの駅周りに近づかないよう、心掛けていた。
その話を持ってきて以降はクラス内のみならず、学内でもちらほら妙なウワサが出始めていた。
ここのところ欠席者が急増している。不審に思って調べてみると、最初に休んだ人は、あの友達のそっくりさんが目撃された駅の近隣に住んでいた。
知ることのできる範囲で調べると、やはり駅に近い家を持つ人から順繰りに休みへ追い込まれている。原因もインフルエンザなどではないらしいんだ。
それに伴い、そっくりさんの目撃情報も増加した。友達自身が避けていることもあり、いまだ接触は避けているものの、情報はくだんのそっくりさんが、少しずつ友達の家へ近づいていることを告げてきた。
――どうにか家の外に泊まることはできないか?
友達はそう考え、ドッペルゲンガーのことを話した上で親に談判するも、オカルトに懐疑的な両親ということもあるのか、即却下されてしまったらしい。
万に一つ、ドッペルゲンガーの話が本当なら……と気が気でならなかった。
家に帰る時間を極力遅らせ、少しでも奴から離れる時間を作れたらと、家の人が寝静まったころに、外へ繰り出して少しでも遠くへ向かおうとしたこともあったらしい。
けれども、とうとう友達は出会ってしまう。
夜中、自転車に乗って遠く遠く、橋を越えて隣町へ向かおうとしていたんだ。
その橋の歩道。欄干に取り付けられた街灯たちが点々と照らす中、そのひとつのサークル内にたたずむ人影があった。
遠目に見えたその顔に、友達はすかさずブレーキ。引き返そうとする。
間違いなく、自分自身が立っていた。
友達は下がろうとするが、できない。
自転車は鍵でもかけられたように動かず、足はサドルに固定されて、全然動かせなかった。無理に横へ倒れようとしても、車体はびくともしてくれない。
声をあげようとしても、伝わるのはのどの震えだけ。自分は全く声を出していなかった。
もう無我夢中で逃げようとする友達に対し、ドッペルゲンガーは冷静だ。明かりの中にいるうちから、一歩、また一歩とゆったりとした歩みで、友達へ近づいてくる。
そこから、友達は信じがたい目に遭う。
自転車が動いたんだ。しかも、バックしようとする自分のあらゆる働きかけや、物理法則に反して、ハンドブレーキをあげた自動車のように、ゆるゆると前へ。
――ドッペルと鉢合わせる!
友達のなお強まる抵抗は、彼らの勢いをいささかも緩めることはできない。
それどころか、両者が加速した。
ドッペルは思い切り、こちらへ向かって走り、自転車もまたそれに合わせてぐんとスピードをあげた。
明かりと明かりの間の暗闇。ドッペルの表情もうかがえないまま、奴と友達を乗せた自転車は、かするかと思うすれすれで交差をしたんだ……!
一瞬、目の前がまっ黄色に染まる。
友達の自転車は、乗った勢いを殺すことなく、これまでの友達のリクエスト通り横倒しになってしまう。
とっさにジャンプしかけて大きいケガを避けた友達は、信じられない心地で身体中を触ってみる。
自分は生きている。多少、打ち付けた痛みはあるが、それだけだ。
振り返るも、ドッペルはもはやいない。かといって、自転車で奴が走っていったであろう先を、追っていく度胸もない。
友達はおっかなびっくり遠回りをして、家へ戻っていったそうなんだ。
翌日の学校は欠席者が一気に復帰した日となった。
話を聞くと、昨晩まで医者にも分からない高熱と重い倦怠感に悩まされていたが、夜中にぱっと体調がよくなったとか。
他の数名にあたっても、ほぼ同じ証言。そして快復した時間は、ちょうど友達があのドッペルとすれ違った時だというんだ。
その後、図工の時間でハサミを使った友達は、ふと思ったらしい。
ハサミの似たような形状を持つ、二つの刃。それは自分とドッペルだったのではないかと。
重なっていたはずの刃が、ものを切ろうと大きく開く。その結果、開いた先にあたる那覇であいつが現れたんだ。
距離を詰めてきたのは、ものを切ろうとして刃と刃の間が縮まってきたため。自分があそこで逃げられなかったのも、切るために固定されたからだ。
ひょっとして自分とドッペルは、そのハサミのような動きでもって、学校内に蔓延していた得体のしれない症状を断ち切ったのかもね。