ほとけ様におヨメさんさがしのおねがいを。
「わたしね。おにいちゃんのおヨメさんになるのー」
かわいい娘のアンリの言葉にほんの少しだけ心臓がドキリ。子どものいうことだからあまり真剣にとらえなくてもいいとは分かっていても、やはりハラハラしてしまう。
「アンリちゃん。おにいちゃんといもうとはケッコンできないんだゾー?」
おどけた風にそういうと、当然のように「どうしてー?」とかえってくる。
「おてんとさまがそう決めたからなのだー! おてんとさまのいうこと聞かないと、カミナリ様があらわれておへそを持ってかれちゃうゾー!」
こちょこちょとアンリのわき腹をくすぐってあげるとアンリは「キャー」と悲鳴をあげてそそくさとわたしのもとから逃げだした。
「おにいちゃん、たすけてー! ママがカミナリさまになっちゃったー!」
おにいちゃんの背中にかくれると、おにいちゃんはかわいいいもうとをまもろうと、わたしに向かってかまえた。
「カミナリ様め! ぼくがやっつけちゃうんだから!」
去年、小学生になったばかりの息子のユウタはかっこつけたようにわたしのもとにかけよる。
「えいやー!」
ユウタは自分の右うでを剣のようにあつかって、わたしの太ももに向かってななめにふりおろした。
いもうとのアンリから見ればカミナリ様とたたかうカッコいいおにいちゃん。でもやさしいユウタはわたしがいたいと思わないように、たたく時だけ力をぬいてくれる。
わたしは「やーらーれーたー」と大げさに床にたおれてみせた。
「やった! やった! おにいちゃんがカミナリさまをやっつけたー!」
アンリはキャッキャと大はしゃぎ。「おにいちゃん、すごい!」とユウタにギュッとだきついた。
わたしは起きあがって「さすがおにいちゃん。つよいねー」とほめてあげる。
するとアンリがわたしに聞いてきた。
「おにいちゃんがカミナリさまをたおしたんだから、わたし、おにいちゃんとケッコンできるかな?」
どこか期待するような目つきにわたしはついついあとずさってしまう。
「アンリちゃん。きょうだいはケッコンできないんだよ?」
思わぬ助けぶねがユウタからでた。
「そういうきまりがあるんだって。だからアンリはぼくじゃない男の子をさがしてその人とケッコンしないといけないんだよ?」
アンリはむーと不満そうに顔をしかめた。けれども「おにいちゃんがいうなら」と引きさがる。
「でもそれならおにいちゃんのおヨメさんはだれがなるのー? ママー?」
「ふふ。ママとユウタもケッコンできないんだゾー? アンリとパパもだゾー?」
「じゃあだれがなるの? だれがなるの?」
まさかこの年でおにいちゃんのまだ見ないおヨメさんにやいてるのだろうか? なんだか必死そうにぴょんぴょんとはねながら聞いてくるので困ってしまう。
「アンリちゃん。まだきまってないよ。ケッコンする人は自分でさがさなきゃいけないんだって」
「そっか。じゃあ、さがそう! さがそうよ!」
「ふふ。アンリちゃん。おにいちゃんのおヨメさんはすぐには見つからないよ? もう少し大きくなってからじゃないとね」
「じゃあおおきくなったら、すぐにみつかるの?」
「すぐには見つからないかなぁ?」
困った顔をしながらそう答えると「じゃあ、すぐみつかるように、おねがいしよう!」といいだす。
「おねがい! おねがい!」
アンリのその言葉にユウタがピンときたように「初もうでだ!」といいだした。
「おねがいごと、かなえるなら初もうでだよね?」
ユウタの言葉に困った顔をしながら「そうだけど」と言った。
「でも初もうではこの間、パパといっしょに行ったばかりでしょ?」
「もう一回行けばいいじゃん!」
ユウタの言葉に「もういっかいいくのー!」とアンリが便乗した。
「おねがい! おねがい!」
「初もうで! 初もうで!」
アンリとユウタの連呼にさすがに根負けして「分かった、行こっか」と答えた。すると二人は大よろこび。そろってキャッキャとはしゃぎだす。
「じゃあお出かけの準備をしよっか。近くのお寺でいいよね?」
お出かけ用の服に着替えさせて、近くのお寺までおさんぽ。初もうでは神社でやるものだけど、近くに神社を見ないから知ってるお寺に決めた。
ユウタはアンリの手をしっかりにぎって、わたしの前を先に歩く。
「二人とも。走っちゃダメだからねー?」
「はーい!」
元気な返事が二つ。でもきっと返事だけ。いつ走りだすかは分からない。とつぜん走りだしてもいいように、腰をおとして周囲を見わたす。幸い近くに車はなさそう。
お寺には人はあまりいなかった。お正月からもうすぐ一週間になるし、ご近所のお寺だから初もうでの人は多くこない。今いる人は、初もうでに行きそびれた人か、信心ぶかい人か、お墓まいりをする人だ。
「お寺はパンパンしないんだよー? 静かにおててをあわせて、ほとけ様におねがいごとをしよっか」
わたしの言葉に二人はすなおにしたがう。
「おにいちゃんのおヨメさんがみつかりますように!」
「アンリちゃんのおムコさんが見つかりますように!」
二人の声を聞きながら、ほんのひとときだけ自分の世界に迷いこんだ。
アンリはわたしの娘じゃない。夫の姉夫婦の子ども。夫のお姉さんはアンリを産むときに力つきてしまい、残されただんなさんもアンリの年がふえる前に仕事中の事故で亡くなってしまった。残されたアンリをわたしたちが引きとった。
でも小さいアンリはそんなこと、きっと気づいてない。
わたしのことを本当のママだと思ってるし、ユウタのことを本当のおにいちゃんだと思ってる。
そう思ってもらえて正直うれしい。
ユウタよりもアンリの方に気をかけてしまうわたしにとって、そう思ってもらえることはちゃんと家族をやれてるんだという安心感をわたしにあたえてくれる。
「ユウタくんとアンリちゃんがこれからも元気でいてくれますように」
「あー! ママ、このあいだのはつもうでと、おなじおねがいごとしてるー!」
初もうでのときとおなじ願いごとをしたことに気づいたアンリがさっそくそのことにふれた。
「ふふ。おなじお願いごと、二回すれば叶いやすくなるからねー」
そういうとアンリは「じゃあわたしももういっかい!」と手をあわせた。
「おにいちゃんのおヨメさんがみつかりますように! これでおにいちゃんのおヨメさんがみつかるね!」
そのあとわたしたちは近くの公園であそんだ。ユウタのお友だちもちょうどいて、友だちのママさんたちと話しこむ。おにいちゃん子のアンリはユウタの後ろを追いかけて、ユウタのお友だちに混ざっていた。
そして夕方になって、お友だちともお別れをして、三人でおうちに。
ごはんの準備をして、食べさせて、洗いものをしたあとにいっしょにおふろに入って、それから二人を寝かしつける。
リビングのソファーでテレビをつけてリラックスしているところで、夫が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ああ。ただいま」
会社の残業で疲れぎみのわたしの夫。「おふろとごはん、どっちを先にする?」と聞いてみると「ちょっと体を休めたい」と言って、そのままソファーに向かっていった。わたしも夫について行って、そのとなりにちょこんと座る。
「今日ね、アンリがユウタとケッコンしたいって言いだしたの」
わたしの言葉に一度夫はポカンとして、それからクスクスと笑いだした。
「そうか。やっぱり女の子だな」
子ども独特のセリフがツボに入ったみたい。
「兄妹じゃケッコンできないよって言ったけどねぇ。血のつながりがなかったらケッコンできちゃうからねぇ。その気もちのまま大きくなったらどうしようかって悩んじゃった」
「まだ小さいんだし気にしなくてもいいんじゃないか?」
「ちゃんと考えなきゃダメだよ? アンリにはいつかちゃんと本当のパパとママのこと教えてあげなきゃいけないんだから。本当の家族のことを知るのが先か、ユウタを本当に好きになっちゃうのが先か。本当の家族のことを伝えたせいで、むしろユウタのことを好きになっちゃうかもしれないし、ユウタがアンリと血のつながりがないって知ってアンリにグイグイいっちゃうかもしれないし。考えなきゃいけないこと、いっぱいあるんだよ?」
わたしの言葉に夫は「でもなー」とつぶやく。
「もうしばらくは考えなくていいんじゃないか? へたに考えすぎると、かえってアンリとのきょりを作っちゃうかもしれないだろ? 子どもはああ見えて敏感だから、色々と勘ぐられちゃうかもしれない。何も考えない方がいい家族関係を続けられると思うんだ」
「そうだけど……」といいながらも不満そうな顔を向けると。
「大丈夫。アンリはいい子だから。だってあの姉さんの娘なんだから」
その言葉に、わたしは何も言えなくなった。
言い負かされた気がしてむすっとしていると、夫はわたしの肩に手をまわして、優しくよせてくれた。
「あいかわらずユキはやさしいな」
「ふふ。家族に恵まれたからねー」
嫌味っぽくそう口にすると「そりゃあよかった」と頭をワシワシとなでられた。久しぶりの感触にほんの少しばかりこそばゆい。
「あ〜あ。今日のことで色々と思い出しちゃった」
わたしは夫を盗み見るように、それでいていたずら心満載の表情をうかべた。
「久しぶりに兄妹に戻ろっか、お兄ちゃん?」
その言葉にかつてのお兄ちゃんは苦笑いをうかべながらわたしの頭を優しくなでてくれた。
子どもたちに隠れるように兄妹に戻るのはとてもドキドキする。