第6話.アリスとお見合い
第6話.アリスとお見合い
「お嬢様。お食事の用意ができております」
「わかりました、今行きます」
使用人のふみが、食事の準備が出来た事を伝えてきた。急に声をかけられても表情を崩さずに返事できるようになったのは、進歩ではないだろうか。
「あと、本日はご主人様もいらっしゃいますので、食堂の方へお願いします」
「はい」
有栖川貞子の家は、少し家庭環境が特殊であった。父親は仕事が忙しく滅多に帰って来ないし、母親も子供に興味が無いようで家にいる事が少ない、俺の相手はほとんど使用人が行なっていた。しかし今日は久しぶりに夕餉のおりに父親が帰っているという事である。
珍しい洋風のテーブルに、厳しい顔をした男が一人、先に着席していた。このお髭を生やした男こそ、俺の父親にあたる人物である。
「貞子。席に着きなさい」
「はい、お父様」
向かい合うように椅子に座る。客人をもてなす時にも使う長いテーブルだが、座っているのは今日は二人だけだ。
いかにも洋食が出てきそうな雰囲気だが、今日も和食である。これなら和室で御膳を据えても同じだろう。そうも思ったが、猫も杓子も洋風が良しとされる気風がある時代なのかもしれない。
ところで貞子って名前で呼ばれる事が少ないので、へんな感じがする。有栖川って呼ばれるのは慣れて来たのだが。
「学校はどうだ」
「はい、先生方にも良くして頂いております」
来たぞ「学校はどうだ」ナイスな質問だ。どうだってなんだよ!具体的に聞いてくれよ。心の中をモヤモヤさせつつも、適当な返事を返しておく。
「そうか」
父親は短く返事をすると、自分の食器に視線を戻した。
「ところで、お前に見合いの話がある」
「お、お見合いですか!?」
「そうだ」
縁談が来るというのは、予想外だった。まだまだ、この身の上になって日が浅い。男と良い仲になるなんて想像もできない。顔から血の気が引いたようで、やけに涼しく感じた。
「ちなみに、お相手は……」
「我が家と繋がりの深い秋本家の長男だよ。陸軍の将校をやっているそうだ。明後日に会食を予定しているから、準備しておきたまへよ」
準備しておきたまへじゃないよ!どうするんだコレ、いやどうするんだよ。
「あの、明後日は大切な学校の行事が」
「学校なんぞ休みなさい。わしから言っておくから」
「あの、明後日はお腹が痛くなる予定がありますから」
「薬を持たせてやるから。安心して行って来なさい」
「あの……」
なんとか回避出来ないかと言い訳を探していると、ぎょろりとお父様の目玉がこちらを見た。目力に圧倒されていると、箸を置いて諭すようなトーンで話し始めた。
「先方のある事だから、わかるね。お前一人の話ではないのだからね」
「は、はい……」
「うん。写真を貰っているから、後で見ておきなさい」
「はい、かしこまりました」
そう返事をすると、父親は満足したのか食事に戻った。婚姻というのは家と家の繋がりでもある、家柄がどうのと言うのが厳しい時代だ。知らないところで知らない力が働いているのだろうことは想像できる。
しかし、俺はなんともないように装いつつも、心の中はパニックだ。お見合いって、何を着ていけば良いんだ。いやそうじゃなくて、そもそもお見合いなんぞやりたくねえよ!
ともかくその場は返事をしてしまった。どうしても回避する方法が思いつかなくて、了解してしまったのであった。
……
その夜。
自室に戻って、見合い相手の写真を見る。軍服に軍帽。階級章を見る限り少尉であるようだ。年の頃は二十代前半、ピンポイントで当てるなら二十三か二十四くらいだろう。
「確か攻略キャラの一人に居たような気がする、名前もなんも覚えてねぇなぁ」
顔立ちを見る限り、俺様俺様している。まずタイプじゃない。というか結婚なんて考えられない。
「断る方法を考えねば!お父様と当家にダメージがない方法で、波風立たなくて自然に解消できるパターンのやつ」
うーん。と小さく唸りながら写真を眺めていると、知らぬ間に意識を手放していたのであった。