第5話.アリス絶望する
第5話.アリス絶望する
俺は中村神一、令和のスーパースター声優だったのだが、故あって今は有栖川貞子という女学生に転生してしまった。
年頃の女子に生まれ変わる。なんてドキドキする!そう思った時もありました。
でも、実際に心が踊ったのは最初の一日二日。今は、絶望している。大きな声では言えないのだが、まずおトイレについてである。これがもう、非常に大変。
なぜか、それはこの服装。毎日お洒落な和洋折衷の着物を着て、過ごしているわけなのだが。どこがどうなっているのか、今でもよくわからない。
着付けは専属の髪結いがやってくれるので問題ないのだが、途中で着崩れしてしまったり、裾を汚してしまったりすると、もう絶望である。しかもこれでも機能的になったのだと言うので、開いた口が塞がらない。
外でトイレはしない!って心に決めて出かけるものの、そんな上手くはいかないのが人生だ。
ともかく四苦八苦しながら、女袴と付き合っていたある日のこと。学校からクマさんと一緒に帰っている時に、妙な男に声をかけられた。
「もし、お嬢さん」
声に気がついて振り返る。
ひょろりと細長いシルエットの、紺色の着物を着た男が立っていた。
「はい?」
この声、この容姿は。
青白い特徴的な顔は神宮寺龍之介、俺が声をあてていたインテリ作家の龍之介だ。ついに出たな。
「……君はいつもここを通るのかい」
「はあ、まぁ。そうです」
「名前はなんと言うのかな」
「有栖川です」
往来の真ん中で、堂々と他人に名前を尋ねるその度胸に、少し怯みながら返事をする。
「有栖川、そうか。アリス、アリスか美しいね」
ゾワっと背中になにかが這ったような感じがした。自分の声で美しいと囁かれる恐怖。俺ってこんな声だったっけ。
「それでは私たちはこれで」
「まぁまて、君のために一句詠もう」
「結構です」
「これも何かの縁だ、そうは思はないかい」
しつこい!この野郎、どう言い返してやろうか。一瞬考えていると、隣から凛とした声が響いた。
「お姉様は嫌がっておいでです」
ずいっと、クマさんが龍之介の前に立ち塞がるように出てきてそう言ったのだ。ありがとうクマさん。しかし龍之介は怯まない。
「君はなんだい?」
「私は、お姉様の妹です」
「へぇ、妹と言うよりは騎士だね。それもまた、良い」
どうも言葉選びが恥ずかしい。
意味不明だし、俺そんなセリフ当てていたのか。龍之介は回り込むように、こちらの顔を覗き込んだ。
「君とは、初対面とは思えないんだ。どこかであった事はなかったかな」
「ありません。もう行きますよ、クマさん」
「はい、お姉様」
彼を置き去りにして、足早にその場を離れる。去り際になんだか独り言を言っていたようだが、それは無視する。
しかし、本来なら龍之介が絡むのは主人公であるクマさんのはず。俺に絡んで来たと言う事は、シナリオが少しづつズレて来ているのだろう。
これは、まずいのか?
ハッピーエンドを目指すなら、クマちゃんに彼氏ができないとダメなんじゃないだろうか。俺が悪役令嬢っぽく振る舞ってないからズレたのか。でも破滅はしたくないぞ!