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第4話.アリスとキツネとタヌキ

第4話.アリスとキツネとタヌキ


「それでは、クマさん。もう授業が始まるようですから、席にお着きになって頂けますか」

「はい、お姉様」


とにかくお嬢様っぽい言葉使いを心掛けて、クマさんを自席に誘導する。ほどなくして女性教員が教室に入室して、授業が始まった。

はじめての授業だ。

しかも女学校、いわゆる女子校ってやつである。思わず胸がときめいてしまったが、顔には出さないように努めた。


しかし、驚くべきはそのカリキュラムだった。家事、裁縫、手芸。そういったいわゆる花嫁修行とでもいうような科目が熱心に取り入れられていたのだ。もちろん数学や外国語、漢文などの学習もあったが、割合は少なかった。

(おれ)は目をネコのように細めて、針に糸を通し、指に針を突き刺しながら苦行を消化する。

そして、放課後。


「有栖川さん、今日はずいぶんお疲れのようですわね」

「え、ええ。ちょっと頭がぼうっとしてしまって」


教諭から解放されたと思ったら、すぐにキツネとタヌキに絡まれた。さすが取り巻きだ、どこからともなく出現して衛星のようにつきまとうのだろう。


「今日はもうお帰りになられますの?」

「そうします」

「では、行きましょうか」


ぴったりと彼女らが、俺の両脇に配置された。ちっとも笑わないキツネに対してニコニコのタヌキさん。キツネは口が悪いが、タヌキは殆ど何も喋らない。実はいいやつなのかもしれない。


「お姉様……」


いざと思ったところで、後ろからぼそりと声がした。ちらりと振り向くと、クマさんが恨めしそうな目でこちらを見ている。


「あら、貧乏人の娘が何のご用事かしら」


キツネさんのきつい声が、冷たく響いた。その言葉を聞いたクマさんは、ジッと下を向いて固まってしまった。


「キツネさん。そんな言い方は無いでしょう」


あんまり可哀想だったので、そう言った。すると、その言葉を聞いたキツネ顔の彼女はプルプルと震えて、叫んだ。


「わ、私は。キツネじゃありませんわ!」


あ、やっちゃった。


「ああー有栖川さんの馬鹿ーっ!」


彼女はうわあっと、大きな声で人のことを罵倒しながら走り去っていった。冷静なようでパニックになると取り乱すタイプのようである。


「あ、あ……あの」


タヌキ顔の彼女も言葉にならない声を出した後、一つお辞儀をしてキツネの子を追いかけて行ってしまった。取り残された俺とクマさんは呆然と立ち尽くす。


「行っちゃいましたね、お姉様」

「これは、私が悪いのかな。私が悪いよね」


そう言ったところで、俺の手を「はしっ」ととって、真っ直ぐな目でこちらを見つめながらクマさんは言った。


「お姉様は何も悪くありませんわ」


何事も無かったように手を振り払って、話を続ける。


「ところで彼女、結局なんて名前だったのかしら」

「えっ、木津宮(キツノミヤ)さんですか?お名前をご存知だから、あのようにお呼びになったのかと」

「いや、違うけど……」


キツノミヤって名前で、キツネ顔。そりゃそうなるか。俺が呼ぶ前から千回はみんなからそう呼ばれてたんだろうな。

ごめんキツネちゃん。


「ところで隣の子は、あーあの静かな方は何てお名前なの?」


タヌキだから田沼とかそんな名前だろうか。安直すぎる気もするけど、このゲームならやりかねない。


「彼女は荒井さんです」

「そっちか!」


思わず声が出た。荒井(あらい)さんか!タヌキじゃなくて、そっち(アライグマ)系なのね。なるほどね。


「ねぇクマさん。アライグマとタヌキの違いっておわかりになりますか」

「えっ、あの。アライグマってなんですか?すみません、学が無いので」


そういえばアライグマは外来種だった。大正時代のこの頃には一般的な動物ではなかったようである。アライグマとタヌキの違いについて知るのはいつの日だろうか。


そんなことを思いながら、帰路についたのだった。

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