第3話.アリス姉妹を得る
第3話.アリス姉妹を得る
道中、何名かの女の子に声をかけて自分の教室と座席を教えて貰い、なんとか着席する事ができた。ノスタルジックな木製の校舎で、ピカピカに雑巾掛けされた廊下が美しい。
そんな時、人をかき分けるように二人組の生徒がこちらに向かって来た。
「ちょっと、どいて下さらない?泥臭いわ」
「あぁ、有栖川さん、有栖川さん。もし、有栖川さん」
「えっ?ああ、俺か」
振り向くと狐顔と狸顔の女生徒が並んで立っていた。こいつらは確か……。
「やっと、気がついて頂けました。ご機嫌よう有栖川さん」
狐顔の方がそう言った。
そうだ、この二人は悪役令嬢、有栖川貞子の取り巻きの女達だ。いわゆる意地悪な二人組。名前は、なんだっけ。忘れてしまった。とにかく返事をしなければ。
「ご機嫌よう、キツネさん、タヌキさん」
思わず、そう挨拶を返すと一瞬空気が凍った。ぴしりと音が鳴った気がする。引きつった笑みで、キツネさんが続けた。
「あ、あら、有栖川さん。今日は少し雰囲気が違いますわね」
「そうかしら。あー、ちょっと風邪気味で」
だめだ、少し違和感を覚えられてしまったようだ。とにかく誤魔化す事に必死になる。
「こほん、こほん。ごめんなさいね」
「そうでしたの。なら、あんまりお話にならない方が良いかしらね」
「ええ。また具合の良い時にお相手して下さいね」
「わかりました」
そう言って二人組は去って行ったのだが、彼女らは去り際に一人の女の子の足を踏んだ。明らかにわざと踏みつけたのだ。
「痛っ」
「あら、ごめんなさい。そんなところにいらしたのね」
なんて言いながら、キツネとタヌキは堂々と教室を後にしたのだった。その踏まれた少女こそ、本作の主人公だ。実家が農家で、何だかんだあって東京の親戚に預けられて、この学校に通い始めたという設定である。
家柄がどうのというのがまかり通っていた時代の、お嬢様が通う学校である。それはもう隠されもしない、イジメのようなものが横行しており、主人公は当然その餌食になるわけだ。その時のイジメの主犯格がこの有栖川貞子とキツネとタヌキの三人組なのだが。
当然、そんなことをした場合は有栖川は地獄へ落ちるルートを辿るわけだ。それは避けたい。なぜこんなゲームの世界に入りこんでしまったのかはわからないが、とにかく地獄落ちは回避しよう。
そんな風に思い立った俺は、足を踏まれてコケてしまった少女に、手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
ゆっくりとその手を取って、彼女は立ち上がった。手のひらに感じるその柔らかさと温かみに、不覚にもドキッとさせられる。
「あの子ら、ひどいね」
ジッと、少女は有栖川を見つめる。
「あ、あの。有栖川様、お姉様とお呼びしても宜しいでしょうか」
「えっ!?いや、なんで!?」
「私、最近こちらに住まいを移したばかりで、右も左もわからなくって」
「うん。知ってるけど」
「だから、こんな風に親切にして頂いた事は始めてですから。お姉様とお呼びしたいのです」
「いや、飛躍しすぎじゃん!」
「……だめ、ですか」
いや、まてよ。この子に親切にしていれば当然主人公補正がかかって、幸せルートに一直線じゃないか?ここは一つ、彼女に乗っかった方が得策では。
そうと決まれば、飛びっきりの作り笑顔を用意して、彼女の方を向いた。
「良いよ。好きに呼んで、私が貴方の学校生活を見てあげる」
「お姉様!」
叫びながら抱きついてくる少女をひらりとかわした。突然お姉様と呼んで、さらに抱きついてくるというのはどうなんだ。そんな事を思いながら、にじり寄ってくる主人公ちゃんを手で静止ながら言う。
「貴方のことはなんて呼んだら良い?」
「私は森山くま、と言います。なんとお呼びになられても結構です」
「じゃあクマさん」
「はい!」
満面の笑みで応えるクマさん。
大丈夫か、この子。