第1話.アリス大地に立つ
第1話.アリス大地に立つ
「おつかれ様です!」
スタジオから、大きな声で挨拶をして外にでる。
俺は中村神一、いわゆる有名声優ってやつだ。今日は件の「大正浪漫と女学校のプリンス」の収録だった。いわゆる乙女ゲームである。
俺はその中の一人。神宮寺龍之介の声を当てている。イケメンインテリ作家で、病弱ですぐに倒れるという設定だ。
ちょっと盛りすぎじゃないのかとも思ったが、ともかくあくまで二枚目の感じでやってくれという話だった。
大きな声で挨拶をするのは、仕事の後に絡まないでくれという意思表示でもある。こんな仕事をしておきながら、実は人付き合いが苦手なのである。
それに今日は、新作オンラインゲームの解禁日でもある。真っ直ぐに家に帰って、巣篭もりゲームをすると心に決めているのだ。
「家を俺が待ってるぜ!……いや、俺を家が待ってるぜ?」
ぶつぶつと独り言を言いながら、バイクに跨った。ヘルメットをかぶって、公道に踊り出した。グンと加速すると、対向車が大きくラインをはみ出して、こちらの方へ寄って来た。
「うおああーっ!?」
光の濁流に呑まれて意識を手放した。
……
「……じょ……ま」
何か聞こえる。真っ暗闇の中、誰かの声がする。
「お嬢様!」
「えっ、何!?」
パッと気がつくと、俺は石造りの橋の上にいた。隣には何か和服というかちょっとおしゃれな割烹着を来た少女が立っていて、俺を心配そうに見つめていた。
「お嬢様、おかわりありませんか?」
「ああ。なんか、ふらっとしたけど」
そう答えると、割烹着の少女は不思議そうな目をして、何か言いかけて口を閉じた。
何だこの子は。
というか、俺はどうなったんだっけ。バイクで家に向かっていたんだけど……なんか良く思い出せない。自分の手のひらを見る、いつもより白くて細い指が五本並んでいた。爪も綺麗に整えられている。
「んー?んん?」
なにもかもに違和感。自身の身体を見ると、赤い着物にブーツ。まるで女の子の服装である。石橋の欄干から、身を乗り出して下を見た。そこには、ちょっと可愛い女の子が映っていた。
「なんで!?なんで女の子!?」
「お嬢様!どうなさいましたか、危のうございます」
飛び降りるとでも思ったか、心配そうに割烹着の子が駆け寄ってくる。この声には聞き覚えがある。
「って君、石原さんの役の子じゃん!」
大きな声を出したためだろうか、女の子はビクッと身体を震わせた。今日の収録で一緒だった石原ももちゃんが声を当てていたのが、この少女「ふみ」である。
「いや、あの。ふみちゃんだよね」
「はい、ふみです」
「と、いう事は……」
ふみが仕えているのは、大正浪漫と女学校のプリンスで最大最悪の悪役令嬢、有栖川貞子だ。
「という事は、俺は、有栖川貞子?」
「はい、お嬢様」
悪役令嬢に転生してしまった。しかも、よりによって俺が攻略キャラクターに声を当てているゲームの悪役令嬢に。そもそも俺は男だぞ、女の子に転生ってありなのか。
「どうすんだよ、これから……」
思わず、声に出てしまった。
……
「大正浪漫と女学校のプリンス」
先進国へ追いつけ追い越せの明治時代を超えて、日本は国内の工業化と産業化は目覚しい発展を遂げた。
そして人々の心のうちも、それに伴って変化した。それが花開いた。短いながらも、国民が新時代への変貌へ期待を抱いた時代である。
そんな封建主義からの過渡期にあった時代。
大正高等女学校のお嬢様達がそれまで考えられなかった「自由恋愛」のうねりに呑まれながらも新世界を切り開いていくラブストーリー。
ちなみに売り上げは爆死した。